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四十にして「惑わず」ではなく『くぎらず』

この記事を書いた今日は、10月20日。

じぶんにとって特別な日です。

というのも、40歳だった6年前の今日、会社員時代が終わったのでした。

(ちなみに同じ月の5日、スティーブ・ジョブズさんが亡くなりました)

それから数か月後より、全国の交流の場をめぐる旅を3年以上も続けました。冒頭の写真は、その旅のひとコマです。なんとも晴れ晴れとした嬉しそうな表情ですね。直前までの会社員時代が嘘のような、背中に羽が生えたかのような40代男性の姿です(笑)。


そんな独立記念日の今日。この記事のきっかけをくれたのは、わが家である「ギルドハウス十日町」に住み始めたばかりの20代女子でした。

彼女いわく

「たしか『四十(しじゅう)にして惑(まど)わず』という言葉がありますよね。ハルさんってまさにそんな感じです」

とのこと。

恥ずかしながらその言葉《四十にして惑わず》を知らなかったので、さっそく調べてみました。それによると、かの有名な儒家の始祖『孔子』の弟子たちが残した書物『論語』にある言葉だったそうです。

そしてその意味は、40歳にして自分の生き方に迷いがなくなる、と。

前述の女子からしたら、40歳にして独立し、全国を旅して、数年でソーシャルな隠居にたどりつき、迷いなく生きていると、そう見えたのかもしれません。


ところが、この言葉には別の解釈があるようです。つまり「惑わず=不惑」ではなく「くぎらず=不或」だと。実は当て字が違っていたんじゃないかと言われています。

真偽はさておき、じぶんにとっては後者の「くぎらず=不或」のほうが腑に落ちる気がします。


「くぎらず=不或」

40歳にして自らを限定せず可能性を広げる、ということです。


じぶんは40歳にして独立し、全国を旅して、数年でソーシャルな隠居にたどりつきました。それまでにはなかった領域に踏み出し、自らの働き方や生き方の可能性を広げたように思います。


じぶんが言うのもなんですが、100歳まで生きうるような長寿にして高齢が主になりつつある現代の日本社会では、40歳なんてまだまだ半人前。そんな未熟な年齢で自らの可能性をくぎっていたらこの先の人生、つまらないと思いませんか。

ましてや20代や30代ならば、なおさらのこと。
たとえ50代や60代でもそうです。


今日は10月20日。
四十にしてくぎらず羽ばたいた記念日。

これから迎えるであろう50歳、60歳、70歳 … 100歳!残りの人生にもまだまだいろんな可能性が広がっているように思います。

ただの隠居でなくソーシャルな隠居。
その大冒険は、まだ始まったばかりです。

よかったらサポートをお願いします。もしくはギルドハウス十日町へ遊びにいらしていただければうれしいです。