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感性思考からみる着物を着る魅力

着物は日本の民族衣装である。
日本人のアイデンティティを示す衣装である。
それでいて、日本人の纏う雰囲気の魅力を何倍にも引き上げる衣装となっている。
観光地はさておき、街で着物の人を見かけるとついつい目で追ってしまった経験はないだろうか。(かくいう私は観光地でもよくしてしまう経験であるが)
また、普段はただ仲の良い友人と思っていた異性の着物姿がとてもとても魅力的で、そこから意識してしまうということもあるだろう。

ゲレンデ効果はいつの時代も雪山が起こすドラマである。しかし着物には『場所を選ばず街のどこでも日常的にゲレンデ効果を起こす力がある』のではないか、と個人的には思う。

なぜそう感じるのか。
なぜ着物を纏う人は人を魅了するのか。
日本のみならず世界で絶賛される着物文化。

その魅力を感性思考で考えてみる。

<着物の力>

まずはじめに、着物を着ることにはどんな魅力があるのか。なぜ海外の方には着物が人気なのか。それは〝ただ日本人らしいから〟なのか。

何かの集まりに着物を着ていくとその会の格が上がるという。運営の方からは「素敵なお召し物ですね」と言われ、「わざわざお着物でお越しいただきありがとうございます」と言われることもある。〝着物を着る〟ことは着るという行為自体にひと手間がかかっており、準備を含めてその会に想いを寄せていたのだと印象を与えることがある。
これは羽織るだけで済むスーツではなかなかないことである。

私も以前、友人の結婚式に着物で出席したことがある。新郎のお父様からは、「会に華を添えてくれてありがとう」と、大変喜ばれた経験がある。
着物を着て行ったことで特別な空間に演出がかかり、友人のみならずそのご家族にまで喜んでいただけた。良き思い出として刻まれていたら光栄である。余談であるが、集合写真ではお父様が私の隣に来たがってくださり「君がこの会のベストドレッサー賞だ」との称号もいただいた(笑)

私が感じる感性思考での魅力。
それは
①おしとやかになる(動作)
②大人の魅力が増す(品格)
③穏やかになる(心)

ということである。

この3つはそれぞれが互いに関係しあっていることである。
おしとやかな雰囲気は大人の品格に通じ、おしとやかで丁寧な動作が穏やかな心にしていくのではないかと感じる。

<おしとやかになる>

なぜ〝おしとやか〟になるのか。それは着物特有の形により、動作に制限がかかることで生まれてくる。

①小股歩き

裾がひらかないため大股では歩けない。小股で早く歩こうとすると今度は草履や雪駄の鼻緒が食い込んで痛い(笑)着崩れをおこすとだらしなくみすぼらしくなるため、自然とゆっくりと丁寧に動くようになる。

②膝で拾う

床のものを取る際は腰を曲げるのではなく、背筋を伸ばしたまま膝を曲げて沈み込むように手を伸ばす。帯があり腰を曲げると着崩れしてしまうためだが、結果おしりを突き出すような動きにはならず上品さが残る。

③袖を手繰る

手を伸ばして何かを手に取るとき、裾が垂れてしまう。そのため、逆の手を添えて裾を手繰る。裾が周りのものに触れてしまわないように気にするしぐさが周りを配慮したしぐさになる。

このように、着物には一見生活には不便だと感じる部分がある。しかし、だからこそ、その不便さによりおしとやかな動作が生み出されている。

<大人の魅力が増す>

大人の魅力とは何か。
私は『品格』であり、『懐の深さと色気』だと感じる。
おしとやかな動作の中には、心の余裕と上品さが感じられる。心の余裕は包み込む雰囲気を与え、人としての懐の深さを醸し出す。上品さは丁寧な生き方から磨かれ、育ちの良さを感じさせ、色気を纏わせる。

<穏やかになる>

穏やかな心というのは満たされている心の状態の時にこそ生まれてくる。穏やかな心の対照的な心、それは〝焦りや不安、不足感などの不安定な心〟である。

不安定な心を生み出す原因の一つが人との比較である。『自分は人より劣っている』『あの人は凄い、でも自分は、、』そう思うことが穏やかな心を乱していく。

ただでさえ身近な方々と比較をしてしまうのに、現代はSNSの普及で、さらに充実した人々の生活情報が入ってくる。(意識か無意識かは別として)比較が穏やかな心を奪い、焦りや不安、不足感などの不安定な心を生み出す。

だからこそ、誰もが魅力を引き上げられる着物を纏う価値がある。

着物を着る人はまだまだマイノリティだからこそアイデンティティとして心を満たすことが出来る。
心を安定させ、穏やかな心になっていく。

<まとめ>

着物はその人の魅力を何倍にも引き上げる。
最初は緊張して立ち居振る舞いに戸惑うことも多いが、人を成長させ人生を豊かにするものである。

忙しない現代に生き心が乱れやすい現代人にこそ、着物を着る機会をつくってみてほしい。

かくいう私も、着慣れてしまい雑な生き方にならないよう十二分に注意して生きようと心に刻む。

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