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構造 structure

構造という概念について思い巡らしたことを書き留めておく。

不可逆性と構造

今日は「極端な財政出動によって米国は〝構造的〟なインフレを抱え込んだ」という話をきいた。ここで気になったのは、「構造的」はここではどういう意味で使われているのか、ということである。

私が推測するに、この「構造的」は不可逆的へと言い換え可能であろう。したがって、不可逆的な変化とは、常に構造的な変化である(xが不可逆的である⇒xが構造的である)。なぜならば、不可逆的な変化とは或る水準・閾値(しきいち)・分水嶺(ぶんすいれい)を超えてしまって、元に戻らない変化のことを指すが、そこでは水準の前と後とが明確に区別されているからである。かつ、構造が構造である要件とは何と言っても複数の部分を持ち、それらの部分が質的に異なっていて、区別できることだからである。したがって、不可逆性を持つことは構造性を持つことを含むと言えるだろう。

例えば、テクノロジーの進歩は不可逆である。我々は一度、例えば火や車輪や筆記や測量や電気や金属加工や通信や金融の知識と技術を手に入れ、それらを教育に組み込んで継承したり、車両や機械装置や携帯端末などの道具として社会に広く普及させれば、もうそれらのテクノロジーなしに暮らしていくことはできない。この場合は「構造的なテクノロジー依存が生じた」とか「構造的なテクノロジー進歩が生じた」と言い換えることができるだろう。例えば、構造 structure の同義語のひとつとして基盤 infrastructure が挙げられるが、それはこのような意味でもある。

産出基盤としての構造

構造という単語のややこしいところは、構造(例えば制度)を産出するメカニズム(例えば国会での立法手続き=法令作成手順)のことも構造と呼ばれることにある。なぜならば、産出された個別の構造(構造トークン)に個性があったとしても、それらを規定し生産する構造(構造タイプ)には変わりがないという指摘がしたいからである。例えば、現に存在する婚姻関係も構造と呼べるし、どのような婚姻関係が可能な婚姻関係かを判定する規則も構造と呼べる。抽象的に述べれば、構造Sが構造s1, s2, s3, … を産出するとすれば、もはや個別のs1やs2をどのように解釈したりまた改造したところで、構造Sそのものに影響を与えることはできない。ここでもまた対立があり、それはSと諸々のs1, s2, s3, …との間との構造(=タイプ‐トークン構造)である。

構造と機能

構造は機能と対照的なものとしても扱われる。機能(はたらき)とは、構造の外部との関係ないし外部への影響である。外部への関係である機能と内部の構造とは区別して扱われるし、相互に独立なケースもある。すなわち、同じ構造でも外部との関係で異なる関係を持ったり、影響を与えることもあるし、異なる構造でも機能としては同じであるとみなされることもある。構造がもたらす働きとしては、例えば、市中に回収不能な量の資金が供給されているインフレ状態は、市中の経済的な主体に物価や賃金を通じてさまざまな影響を及ぼすし、また、上記で述べたような別の構造(=子となる構造)を生み出すというのも一例になる。

ここでは、先にみた親構造(構造タイプ)と子構造(構造トークン)との区別とは独立に、構造と非構造(=機能)との区別が生じてくる。すなわち、構造と機能との二元論である。二元論を立てた場合、構造にしたがって諸機能が現れるのか、機能の束にしたがって構造が形成されるのかという、どちらが主導権を取るのかという課題が生じやすい。しかしなかなか決着がつかない場合、その反動として、一元論的かつ統一的に本質的な特徴や魂、あるいは目的のようなものを設定し、そこから構造も機能も説明してしまおうという学者の色気、一種の本質主義=内容主義志向も生まれてくることがある。だが、それは無理難題な場合が多い。

区別と構造

およそ、あらゆる区別は構造であり、構造とは区別の言い換えである。或る研究によれば、西欧人には自分たちと動物とを明確に区別した「構造」を作る必要があったという。なぜならば、麦作地帯に生まれた彼ら彼女らは米作地帯に生まれたアジア人と違って非常に小麦の生産性が悪かったために、自分たちで育てた動物の屠殺(とさつ)をみずからやらざるを得なかったが、動物の殺生(せっしょう)には抵抗を感じる者が多かったため、信仰の力、教義の力を借りて、動物たちは神が人間に与えた賜物 gift であるから(すなわち一方では神の似姿 image である人間とは絶対的に異なるものだから)当然殺して食べる権利があるのだと正当化することで食糧危機を乗り切らなければならなかったからである。例えば、家畜を殺すことはそのような教義によって正当化されたし、自分たちと異なる言葉を喋る人種を残酷に取り扱うこともそのような教義によって正当化することができたのである。

とはいえ、西洋人のこのような残酷な線引は彼らの残虐な行為の背景にはあって一因ではあったかもしれないが、区別や二項対立自体は他の民族文化にもあり、しかも相当な複雑性を持って運用されていることを指摘したのがレヴィ・ストロースであった。


「構造」は二項対立を実体化したような便利な概念であり、その使われ方にもまだしっくり来ない点があるのだが、いったんここでメモを留めておこう。

(2,222字、2024.04.08)

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