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泣いていたら分からない『ミュウツーの逆襲』④

④ミュウの存在と目的

ミュウツーについての考察は概ね前回までの①~③で出来たと思うので、今回はミュウについて考えていきたいと思います。
しかし、この映画においてミュウという存在はとにかく難しいです。というのも理由は明白で、このキャラクターは一言も喋らないからです。ですのでこのキャラクターについては他のキャラクターによって語られることや、前後のシーンからそれらしき仮説を立てていくという方法になります。また今回は首藤氏のコラムからの引用が多くなるかと思います。

まず、この映画においてミュウというのはどのような存在であるか確認しましょう。この映画の冒頭の一番始めの台詞から探索に来た調査員によってミュウについて言及されます。

「幻のポケモン、ミュウか・・・」
「神秘の力を持ち、大洪水を引き起こしたとか。荒地の作物を実らせ、人々に分け与えたとか。様々な伝説が語り継がれています。」
「天使か悪魔か・・・気まぐれなだけか・・・」
「永遠の命があるとも言われています。」

この会話からも分かるように、いわばミュウはこのポケモンの世界においての神の存在である、というのが本項の仮説というか結論になるので、この仮説をもとにミュウの行動について見ていくことになります。大洪水といえば旧約聖書の『創世記』におけるノアの大洪水伝説が有名ですが、大洪水は堕落した人間を見た神の怒りで引き起こされたものですし、このような洪水伝説は他の世界各地においても存在します。豊穣の神についても同様で、このポケモンシリーズにおいてはしばしばこういった神話的モチーフが登場します。これについていつか考察をしたいと思いますが、残念ながら僕は神話学については門外漢で圧倒的に知識が不足しているので、ここではさらっと「こういうものだ」ということだけ解説すると、神話学における神は命を生み出すだけでなく、命を奪う存在でもあるということです。イメージとしては『火の鳥』における火の鳥であるとか『もののけ姫』のシシ神のような存在がこの映画におけるミュウであると考えると分かりやすいかと思います。
ミュウは永遠の命を持っている存在とされ、そのまつ毛の化石によって永遠の命についての研究をし、ミュウツーという生命を生み出したことによって災厄が訪れるというストーリーラインは、神の力を求めてついにその力を手に入れ神の領域を侵した人間に神罰が下るという神話的構造を持っているとも解釈できるかと思います。
ちなみに、上記のことからも、この映画というかこのポケモン世界に登場するミュウはすべて同一個体だと考えるのが自然かと思います。
また、ゲームやその他の設定からの引用ですが、「ミュウは何でも記憶できる高い知能を持ち、全ての技を習得し扱う事ができる。その事から、ミュウの持つ遺伝子には全てのポケモンの情報が含まれているといわれており、ポケモンの先祖なのではないかとの仮説が立てられ、研究されている。」という自分の形を模して全てのポケモンが作られたという設定も神的なモチーフであるキャラクターだということが分かると思います。また、ミュウのデザインのモチーフがエルンスト・ヘッケルの反復説の図(下図)における脊椎動物の初期胚となっていると言われていることからも神的存在であるという設定を裏付ける証拠となっています。

アバンにおいてミュウはここより他にはミュウツーの夢?の中でしか登場しませんが、こちらについては②で解説した通り、ミュウはミュウツーと同一個体であり、その記憶や感覚がシンクロしているという設定になっていると思われます。



さて、ミュウがどのような存在であるか分かったところで、この後は突然ミュウツーの前に現れたミュウの目的について考察していきます。

では、ミュウが再登場をするシーンはどこでしょうか。それはミュウツーが嵐を作り出すシーンにミュウが目を覚まし飛び立つシーンがインサートされます。前述した通りミュウはこの世界の神です。神の業として大洪水を引き起こすということが語られていましたが、それと全く同じことをミュウツーがやっていること察知してミュウは目を覚まします。つまり自分のコピーであるミュウツーが神である自分の真似事をしていることに対してその様子を見に来たというのがミュウツーの城にやってきた理由だと考えられます。
首藤氏のコラムにおいてもこのミュウの目的についてもかなり語られているので引用します。

「最強のポケモン・ミュウツーが、我こそ最強のポケモンマスターであることを表明するために、優秀なポケモンマスターを集めてポケモンリーグを開く。その時点で、サトシはピカチュウの協力もあって優秀なポケモンマスターのひとりだった。当然、サトシはバトルに参加する。
そこに、ミュウが現れる。『ミュウツー、でかい顔するな……所詮、おまえは、俺のコピーでしかないのに……』
かくして、ミュウツー、ミュウ、サトシを含むポケモンマスターの三者入り乱れての壮絶な戦いで、勝ったのは誰か……?」

上記のようなプロットが組まれていたのは明言されており、一番卑近な例えをするのであれば、「最高学年になってすっかり部活を仕切ってるミュウツーの様子を見に来た嫌なOBの先輩」がミュウです。


城に着いたミュウは特に目標もなさそうにそこら辺の目に付いた風車で遊んでいる(めちゃんこかわいい)と、そこへどうにか城にたどり着いたロケット団を見つけ、興味を持ちます。これは特に本筋に関係ないので真意は分かりませんが、人語を話すニャースに興味を持ったのか、もしくはドラマCDでミュウの第一発見者であるムサシの母ミヤモトが娘の写真として幼い頃のムサシを見せている場面があったので、それを覚えていたためムサシに興味を持ったという可能性もあります。まあ別にそんなことはなく、たまたま目に付いたから付いて行ったという可能性も大いにあると思いますし、そこら辺が気まぐれで無邪気なミュウの性格が描写されているシーンとして見てもいいと思います。

ロケット団の3人について行き、そこでミュウツーがポケモンをコピーしていることを見て、そのコピーポケモン達について行きます。
ミュウはミュウツーがこのようにポケモンをコピーしていることをおそらくテレパシーによって察知していたと考えられるのでまたその様子を見に来たというところだと思います。しかしテレパシーではミュウツーが何を思い、何をしようとしているのかは分かりかねるので、その様子を高見の見物しようというのがミュウの考えという訳です。ちゃんと見るとこの映画に於いてミュウは可愛さに擬装されていますが、ある時点までミュウツーのやることに対し高見の見物をして値踏みするような態度をとっていることが分かります。それはミュウは自分が本物でミュウツーは自分の二番煎じ、猿まねをしているだけの存在として見下しているからに他なりません。
その態度がミュウツーを更に腹立たせていくことになっていきます。


次にミュウが登場するのはオリジナルポケモンを解放したサトシがミュウツーに殴りかかるも吹き飛ばされるのを助けるシーンです。
ここでなんとなくミュウが善、ミュウツーが悪というわかりやすい対立構造に錯覚してしまいますが、ミュウは善でも悪でもないので、ただたまたま飛んでいったサトシを気まぐれで助けたに過ぎません。その後のサトシを心配する様子もなく、自分で作ったクッションで遊んでいる様子からもそのことは分かるかと思います。

ミュウツーはミュウを倒すことで自分が最強のポケモンであることを証明出来ることを願っていたので、まさにこの状況は渡りに船で、ミュウに攻撃を加えます。しかし、ミュウはそんなミュウツーの攻撃を歯牙にもかけず嘲笑しながら躱して煽ります。ミュウツーがミュウを目の前に
「たしかに私はお前から作られた。しかし強いのはこの私だ。本物はこの私だ!」
と感情を高ぶらせていく中、ミュウは気もそぞろで全く話を聞いていません。とにかく煽りまくりです。

首藤氏のコラムではこのシーンについて以下のように説明してありました。

「脚本第1稿『ミュウツーの逆襲』は、ミュウのコピーであるミュウツーを、オリジナルのミュウが「所詮、おまえは、コピーにすぎない」といたぶるセリフがいっぱいあった。それが、ミュウツーの劣等感をゆさぶり、なおさらオリジナルのポケモンに対して敵愾心を燃やしていく。
つまり、脚本第1稿には、ミュウにはセリフがいくつもあったのである。
それも、ミュウツーを傷つける針のようなセリフである。
そして、ミュウツーの存在を問いかける、まるでディスカッションドラマのようになっていた。ミュウの容姿は、哲学的とは呼べないものだ。まして暴力的な性格はとても予想できない。無邪気で、どことなく可愛げで、たいした武器になるようなものを持っているように見えない。そんなミュウが、べらべらと、ミュウツーの自尊心をいたぶるようなセリフをしゃべるのは、ある意味、残酷で効果的かもしれない。だが、無邪気に相手をいたぶる声も思いつかない。そんな時、監督が言った。
「ミュウツーの前を、何もいわずに無邪気に飛び回っているほうがいいんじゃないか?ミュウは何もしゃべらないほうがいい……そのほうが、ミュウツーの気持ちが余計いらだつ」
確かにそのとおりである。無邪気に、ミュウツーの前を飛び回るだけで、ミュウツーの怒りを増長させる演出に自信があるのなら、ミュウとミュウツーが、べらべらしゃべりあうよりずっと効果がある。『ミュウツーの逆襲』の2稿は、ミュウのセリフを全部削り、ときおり「ミュウ」と自分の名前を呟くだけにした。」(中略)
「事実、ミュウの動きは、ミュウツーを怒りを誘うのに充分だったと思う。
さらに言えば、ミュウツーの城の下水道に忍び込んだロケット団の後ろに見えかくれするミュウの表情は、好奇心がいっぱいで、よくできていた。
まだこの時点で、ミュウは、ミュウツーが何をしているのか分かっていない。ただ、自分の遺伝子と似たものが存在して、なにか大それたことを始めそう(大あらしを起こすなど……)なのを感知して、ミュウツーの城にやってきたのである。ミュウは、ミュウツーのやったことはどうでもいい。
だから、オリジナルのポケモンとコピーのポケモンの戦いは傍観している。
ただし、自分のコピーは許せない。だから、コピーのミュウツーを嘲笑するような対決の仕方をする。


こうして、ミュウツーとミュウの追いかけっこが始まり、ミュウツーの攻撃を躱し続け戦おうともしません。
そうしているうちにミュウツーの一撃がミュウにヒットします。
ここでミュウが始めて反撃をします。ここがミュウがミュウツーを攻撃した始めてのシーンとなりますが、これは一体なぜでしょう。それは、攻撃を食らって初めてミュウツーという存在が自分という存在を脅かす脅威になり得るというのが分かったからです。

バトルフィールドに戻ってきたミュウにミュウツーが語りかけます。

ミュウツー「どちらが本物か決めるのはここからだ。ミュウと私のどちらが強いか。元のお前達と私達のどちらが強いか。」
ミュウツー「本物より我々は強くなるように作られている。」
冒頭でミュウは喋らないと述べましたが、ここでニャースの翻訳により唯一ミュウが台詞を喋ります。
ミュウ「本物は『本物』だ。技など使わず、体と体でぶつかれば、本物はコピーに負けない。」
ミュウツー「本物は本物だ、だと?」
ミュウツー「いいだろう、どちらが本物か技無しでも決めてやる!」

以上からミュウもまた、ミュウツーを目の前にして自己存在の価値が揺らぎ始めたということが分かります。それを取り戻すためには自分は「本物」としてコピーであるミュウツーを消さなくてはいけないと考えた訳です。これについても首藤氏は上手く説明していたので引用します。

「ミュウが、ミュウツーに言いたかったこととは、つまり、『コピーは所詮コピーだ。私は、人間に作られたコピーの存在など許せない』
誰だってそうだろう。自分のコピーが存在し、自分以上に活躍するのを、許せるだろうか?」


これを皮切りに競技としてのポケモンバトルではなく、もっと原始的な生存や自己存在を賭けた同じ生物同士による「殺し合い」が始まります。

ここから哲学的な台詞、抽象的な表現、全く理屈は分からないけどなぜか感動するあの名シーンなど、怒涛の情報量のラスト20分を経て、なぜ『ミュウツーの逆襲』は傑作と呼ばれる映画となったのか。
それらについて次回詳しく考察していこうと思います。

⑤ラストシーンについてに続く。



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