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『元傭兵デリックの冒険』より「力鬼士(リキシ)の洞窟」#4

【前回】

……風は向こうから吹いてくる。あの、異様な節回しの歌のする方から。風は生臭く、磯臭い。

「ど、ど、どうしましょう」「あっちはヤバい。土の力鬼士どものいる方もヤバい。別の抜け道を探そう」デリックとヴァシリーは踵を返す。暗闇に目が慣れては来たが……いや、妙に明るい。苔やキノコの光じゃない。壁自体が光っている。それは二人を導くように、別の道へ伸びている。

デリックは息を呑む。「……これは、魔法ってやつか……実際に見るとはよ」

魔法。そうとしか言えない。おとぎ話の夢物語でも、あんなものを見たあとでは実在を信じるしかない。もしそうでなくても、目の前が明るく見えて進みやすくなっていることは事実なのだ。神の奇跡かも知れない。魔法より有り得そうもないことだが。「これを辿ってみるぞ」「はい」

光の道は、風や歌や臭い、力鬼士たちとは別の道を指し示している。多分、安全そうな方向へ。光は先へ行くほど強まり、ぽっかりと大きな、天井の高い空間に出た。外ではない。家屋の中でもない。自然の洞窟だ。鍾乳石が垂れ下がり、石筍が立ち並んでいる。「嫌な予感、は……しないが……」

来たか。誰じゃ」奥から嗄れた老人の声。広間に殷々と響き、ヴァシリーは幽霊かと身を震わせた。意を決してデリックが進み出る。「迷い込んだ者だ。出口を探している。あんたは誰だ」「この洞窟に住む者じゃ。古くからな。今はいつじゃ」「……使徒到来紀元で1022年だが……」

と、石筍の陰から人影が現れた。ローブをすっぽり纏った小柄な老人だ。杖を突き腰を曲げ、顔には皺が深く刻まれている。「1022年。ふむ。200年ほど寝ておったかの」老人は長いあごひげを撫で、呟いた。「あんた、魔法使いか?この光とか……」老人は小首をかしげた。「魔法?」

「まあ、お前たちから見ればそうかも知れんな。わしは地蔵(ゲノーモス)じゃ。そなたら土矮夫(ドワーフ)どもよりは上等なおつむをしておる」デリックとヴァシリーは、顔を見合わせた。おとぎ話の存在だ。からくりの技術に長け、様々な知識を先祖たちに与えたという精霊。実在したとは。

「なんでもいい。俺たちはここから脱出したい。できれば力鬼士どもの発生源を潰したいが、無理そうだ。あんたにはできるか」デリックは地蔵にまくしたてた。「力鬼士、のう。そんなものが湧いておったか。わしの眠りを覚ましたのもそいつらじゃな」「そ、そうだ、多分!やっちまってくれ!」

地蔵は頷く。「よかろう。情報を伝えてくれた礼に、外へ送ってやる」彼が杖で地面を突くと、硬い地面がどろりと溶け、沼のようになった。「この中へ飛び込めば、外へ出られる。わしはここが気に入りじゃで、離れはせぬ。侵入者どもを追っ払ってくれようぞ」「あ、ありがとうございます!」

ヴァシリーは涙を流して感謝した。わけがわからないことばかりだが、ようやく生きて還れるのだ!「ありがとよ、地蔵さん。この洞窟には誰も近寄らないようみんなに伝えとくぜ」「ああ、言わんでよい。余計近寄りたくなるじゃろ」「そりゃそうか。よし、忘れ物はないな。行くぞ!」「はい!」

どぼん! 二人が溶けた土に飛び込むと、目の前が真っ暗になり……

目を覚ますと、穏やかな森の中。青空と白い雲。夢か。

「……気がついたか、ヴァシリーさん」「は、はい」二人は洞窟の、鉱山の入口に転移していた。泥まみれだが命はある。何よりだ。「ゆ、夢だったんでしょうか。力鬼士だの魔法だの、地蔵だの……」「革袋の中に、やつの体液がある。夢じゃなかったな」デリックはもう、深く考えないことにした。

「さ、帰ろう。往復分の準備はしてある。あんたのぶんの食料も、多少な」デリックは近くに隠しておいた背嚢を引き出し、水筒とパンを取り出した。「ちょっと遅いが、昼飯にしようぜ」「あ、ありがとうございます!」ヴァシリーは涙を流し、丁重に礼をして、水筒とパンを受け取った。

デリックは頬杖を突き、これからのことに考えを巡らせる。力鬼士、魔法、地蔵。長老たちがそれを知っているか、否か。この鉱山が廃坑になったのは200年も前ってわけじゃない。その時に何があったか。もっと調べてみる必要がありそうだ。……いや、あまり首を突っ込めばよくない。妻もいる。

証拠品として例の体液を出しても、証拠にはならん。ましてや地蔵など。これはまあ、すっかり忘れてしまったほうがいいだろう。誰か吟遊詩人に噂話や伝承として、酒場でこっそり教えてやるか。いや、誰も近づかないようにしないと、またヴァシリーみたいなのが出る。そうならないようにせねば。

「ああ、頂きました。生き返りました。デリックさんも、どうぞ」「ん、ああ。そうだな」ヴァシリーから水筒とパンを返され、受け取る。俺は世界を救うような男じゃない。家庭を持ち、慎ましやかにカネを稼ぎ、時々人助けをしてやるぐらいの男だ。身の丈にあっている。パンと水、時々は肉と酒。

「この体液、誰にどう売ればいいんでしょう」「ああ、俺の店で買う。そういうのをさばいてくれるツテがあってな」「何から何まで……」「商売は信頼が第一だ。たまにこうして身を張るのも、張り合いが合っていいさ」そうだ、今の俺は商人だ。冒険商人のように遠出するでもなく、半端だが。

「……さ、腹ごしらえは済んだ。麓の村まで歩くぞ。馬を預かって貰っている。あんたの噂もそこで聞いたが」「ヒュブラですか。確か温泉が湧いてたはず」「そうそう。今夜はそこでリフレッシュして、朝一番でアドラノンへ帰ろうや」笑い合って、腰をあげる。伸びをして深呼吸。その時。

ズズズズズ……!ズズズズズン……!

地鳴りがし、地面が揺れ動く。「じ、地震だ!」「やばい、さっさと逃げるぞ! きっと地蔵と力鬼士が戦ってるんだ!」二人は顔を蒼くし、飛ぶように駆け出した。グラグラグラ……!背後で洞窟の入口が崩落する。鉱山全体が鳴動し、地割れが生じ、凹み、地の底へ飲み込まれてゆく!

デリックとヴァシリーが、妻と娘の待つアドラノンの町に帰ったのは、それから二日後のことだった。二人は結局、洞窟での話を誰にもしなかった。

ヴァシリーは力鬼士の体液と宝石の原石(町で鑑定したところ本物だった)を売ったカネで暮らし向きを建て直し、仕立て職人として再起した。デリックは長老議会からカネを受け取ったが、詮索はしなかった。何も言うなという無言の圧力を感じた。デリックもヴァシリーも、それでいいと思った。

町を、家族を、友人を守ればいい。デリックはそういう男だ。

【『元傭兵デリックの冒険』より「力鬼士(リキシ)の洞窟」終わり】

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