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『元傭兵デリックの冒険』より「力鬼士(リキシ)の洞窟」#2

【前回】

力鬼士の棲む洞窟に財宝があるって、噂を聞いて。昨日黙って出ていったんです」

デリックは首を傾げた。表情と沈黙に促され、少女、ソフィアは続けた。

「うちは貧乏です。母は二年前の疫病で死んで……父は仕立て職人なので、二人でなんとか食べてはいけます。けれど、きっと私の将来のことを考えて……」少女は顔を手で覆い、また泣き出した。デリックは彼女を宥めながら、店の奥へ連れて行く。女房が事情を察して店番を代わる。

ソフィアが落ち着くと、デリックは尋ねた。「その噂は、どこで聞いたんだい」「酒場、だと思います。稼げる情報を探すとか言って最近入り浸りでしたし……この間、辺境で戦があって、傭兵たちが多かったとか……」「流れ者の噂か。悪意があるのか、からかってなのか。気になるな」

あごひげを撫でる。長老が動かず、俺に振る。多少込み入った事情か。「酒場に聞き込みに行く。店で待ってろ、すぐ戻る。それからお嬢ちゃんの家で情報を探して、洞窟へ向かう」「は、はい。……あの、力鬼士って」「オバケのたぐいさ。実在しない怪物だ。いるとしたら盗賊かな……」

盗賊。ソフィアはびくりと身を震わせる。父は殺されているかも知れない。それでも。「あの、報酬は、銀貨がこれだけで」「いいって、とっときな。貧しい家族が苦しんでるのに、助けないのは信義に悖る。あとで義人づらした長老とかに請求してやるさ」「あ、ありがとうございます!」

情報を集めたところ、昔の鉱山跡らしい。入口までは片道一日、しかし奥は深そう。近くに盗賊や猛獣が出るとは聞かないが、ねぐらにしていてもおかしくはない。注意はしておこう。ソフィアの世話を女房に任せ、デリックは急いで洞窟へ向かった。で……これだ。伝説の怪物、力鬼士は実在した!

『Doskoie!』『Hakkiyoie!』奇怪な声をあげて、力鬼士たちが迫り来る!姿は肥満した裸の男。体格はまるで猪か熊だ。肉体は土や石で出来ている。動きも俊敏。ぶつかられればただでは済むまい。それが複数。「ヤキが回ったな」入口近くでスコップが拾えたのは幸運だった。短剣ではダメだ。

「ファック野郎!」デリックは姿勢を低くし、張り手を避け、スコップで足を的確に狙う!「ギァッ!」指を削り、踵を削ぎ、足払いをかける。ZSIN!「AAAARGH!」転倒した力鬼士は……土に戻っていく。何回かの戦闘でそれがわかった。転ばせればいいわけだ。地面にキスさせればいい。

「だが……こりゃあ、探し人はダメそうかな」

BOGN!別の力鬼士の足首を殴って転ばせ、気配のない方へ駆ける。それほど強くはないが、数が多すぎる。伝説の怪物。一匹でも連れ帰ればカネにはなりそうだ。その前に、自分がここをどう切り抜けるか……。

「た、たすけて……」

か細い声。男の声だ。水場の奥、細い道が崩れている。そこからだ。痩せた中年男が片足を抱えて蹲っていた。つまり。「ヴァシリーさんか!?俺はデリックだ!ソフィアさんに頼まれて来た!」「は、はい!」力鬼士にかじられた様子はない。怪我をして動けなくなっていただけか。運の良い奴だ。

中年男は歓喜の涙を垂れ流す。「ほんとに、ほんとに有難うございます!おお、ソフィア!父さんが悪かった!おまえは天使だ!」「ああ、天使だな。うちの女房に預けてあるから安心しろ。報酬は長老議会に請求する。ここから俺とあんたが無事脱出できればだが……」力鬼士が来る。足は遅い。

「で、財宝は見つかったのか?」ヴァシリーを助け起こし、応急手当しながら尋ねる。彼は激しく頷き、石ころを見せた。「宝石の原石だ!こ、これを持ち帰れば……!」「命を優先しろ!娘さんが路頭に迷うぞ!」ただの石ころだ。ここは銅鉱山の跡で、宝石の鉱脈なんかない。あるわけがない。

「り、力鬼士が!」「逃げるぞ!」「は、はい!」デリックはヴァシリーを背負い、風の吹いてくる方へ向かう。あんなやつらが自然発生するわけはない。考えたくないが、誰かが喚び出したのか?都の魔術師は、そういうこともできると聞く。何のためだ?宝石を掘らせるためか?

Ton,Ton,TonTonTonTonTonTon…どこからか太鼓の音。洞窟のさらに奥だ。力鬼士たちはそれを聞いて奮い立ち、新たな力鬼士たちが召喚される。これは「寄せ太鼓」。元来は櫓の上で叩かれ、軍隊を招集するのに用いられたものであるが……。太鼓の音が止むと、地の底から響くような不気味な声。

Higaaaashiiiiiii……Gamaabuuuraaa……Gamaaaabuuuraaaaa……!

唄うような、異様な節回し。召喚の呪文だ。異界から力鬼士を、それも醜名(Sikona)のある力鬼士を喚び出す魔術。それを行う者も、異界より到来した力鬼士。小柄な肉体をローブに包んだ男……召喚師(Yobiidashi)である。彼が立つのは、土で築かれた巨大な祭壇。そう、土俵だ。その中央にいる。

彼の眼前、方角的には東に、じわじわと霊気が集まり形をなす。腰布を巻いて直立する、肥満した大蝦蟇のような奇怪な存在。蝦蟇膏(Gamaabura)だ。これを見た召喚師は満足気に頷き、くるりと逆を向く。そして呪文を唱える。手に扇子を持って。

『Niiiiishiiiiiiii……Iseenooeeeebiiiii……Iseeenooooeeeebiiiiii……!』

続く

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