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エゴサーチ【ショートショート・超短編小説】

 ライブ前、控室では地下アイドル達が各々好きなように時間を潰していた。ダンスの振り付けや歌詞の確認をする真面目な子もいれば、談笑する子、成分はわからないが何らかの薬を飲む子、震える手で酒をあおる子などさまざまだ。

 ピンからキリまで控室での過ごし方はあるが、リナはいつも必死にスマホをいじっている。主な目的はインターネットでのエゴサーチだ。8年間もアイドルを続けてきただけあり、エゴサーチには慣れたもので「マシュマロ・クリーム リナ」「マシュクリ リナ」を基本とし、「マシュクリ リナ かわいい」「マシュクリ リナ 年齢」「マシュクリ リナ 老けた」と多彩な検索ワードを巧みに使いこなしている。

 リナの所属するマシュマロ・クリームは今年結成8年を迎えた。出入りの激しいマシュマロ・クリーム、通称マシュクリでリナは唯一の結成当時からのメンバーとして居座っている。最古参となったリナも最初の頃はメジャーデビューを目指してキラキラ輝いていた。毎日歌やダンスのレッスンに励み、ファンを大事にした。しかし、年月が流れるにつれて、手を抜くのが得意になり、ファン対応もテンプレ化していった。いまや結成当初の面影はない。

 リナがエゴサーチを始めたのはマシュクリの初めてのライブを終えたその日だった。会場にはまだまだ数えるほどしか観客は集まっていなかったが、初めて歌やダンスを人前で披露した高揚感からか、メンバーの誰もが興奮していた。打ち上げではマシュクリのこれからや、お互いのビジョンを語り合いながらライブの余韻に浸った。ライブの高揚感を抱えたまま帰宅したリナだったが、観客たちの生の声を聞きたいと思い、始めたのがエゴサーチだ。

 初めてのエゴサーチ。まだまだ無名なマシュクリに関する情報は2、3件しか見つけられなかった。しかし、いずれも「かわいい」だとか「輝いている」だとか「天使」だとか、肯定的な意見でリナの心も輝かんばかりだった。

 エゴサーチしてみて良かった。
 エゴサーチって素晴らしい。
 リナがエゴサーチの沼にはまるのはそう遅くはなかった。

 マシュクリの知名度が急上昇するにつれてネット上には肯定的な意見ばかりではなく、否定的な意見も徐々に見られるようになった。結成2年後には誹謗中傷も増え、中にはとても口にできないような心無い言葉もちらほら見られることも。そしてそれは毎日のようにエゴサーチするようになったリナには耐えがたいことだった。

 エゴサーチをしては傷つき、エゴサーチをしては傷つきを繰り返す。精神的に良くないことだとはわかっていた。それでもインターネットでの精神的自傷行為を止めることが、沼にはまったリナにはできなかった。去年に比べ酒量は増え、煙草も一日3箱となっていた。マネージャーからやめろと言われても、ストレスを解消するために今もやめられずにいる。

 年月が経つにつれて、リナは自衛の手段、一種の防衛反応を手に入れた。

 マシュクリ結成4年、22歳となり、軌道に乗り始めた頃に、自分にとって良い意見しか見ないようになった。「ブス」「キモイ」「劣化した」と何と言われようとまったく意に介さず、「可愛い」「歌が上手い」「ファン対応が素敵」といった嬉しい言葉だけ目を向けることが出来るように成長した。同時に、エゴサーチ依存へ拍車がかかり、仕事中でも暇さえあればエゴサーチをし、エゴサーチをつまみに晩酌し、煙草をふかし、抗うつ薬や睡眠薬を飲んだ後に寝付くまでエゴサーチをした。

 そして、新たな若い地下アイドルが登場したり、メンバーが離脱・加入を繰り返したりと、結成8年となった現在、すっかりマシュクリの人気は下火となっていた。そしてそれは26歳となったリナの存在が消えていくことでもある。わずかに華々しい経歴を持つマシュクリやリナではあるが、目に見えて人気は衰えていった。

 近年のリナのエゴサーチ事情はこれまでと打って変わって、自分の名前を探すためだけとなっている。

 私は忘れられていない。
 どこかに私の存在を知っている人がいる。
 ファンでもアンチでもいい。
 誰か私のことを話題にして……。

 控室の片隅。今日もまたリナは必死に自分の居場所を探している。そこには若かりし頃の面影はない。陰では「妖怪」と呼ばれていることも知っている。周りから疎ましく思われているのも知っている。それでもリナがマシュクリを辞められないでいるのは、アイドルを続けたいからではなく、唯一の居場所だからだ。たとえそれが虚構であっても。

ブログとはまた違ったテイストです。