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僕の「彼女」【ショートショート・超短編小説】

 人は常に誰かから愛されたいと願っているものだ。愛は自分を形作る骨格だ。それは僕も例外ではなく、愛を欲している。永遠の、いや、ひとときの愛でも構わない。兎にも角にも愛を必要としている。
 常に愛に飢えている僕だが、実は恋人がいる。先行きのわからない愛だが、彼女と過ごす今という時間はかけがえのないものだ。恋人の存在は、ささやかながら僕の愛への渇望を埋めてくれる。僕には友人がいないので誰にも紹介したことはないが、自慢の彼女であって、ちょっとした優越感を抱いている。彼女に支えられて生きていると言っても過言ではないだろう。
 僕たちが恋仲になったのは、僕が大学に進学してからだった。当時、僕は友人もできず、勉強もついていけず、サークルにも入らず、大学生活に馴染めずにいた。決していじめられていたわけではない。大学生活に意義を見出せず、ただ単に虚無に陥っていたのだ。そんな私を見かねて、いつも近くで支えてくれたのが昔なじみの彼女だった。
 僕たちが愛し愛される関係となるのに時間はかからなかった。元々毎日のように顔を合わせていたし、スキンシップも多かったので、お互いひそかに恋心を育んでいたのだろう。いつの間にか恋仲となっていた。恋人ができたことで、愛というものに僕は初めて触れた。愛とはなんと心地が良いものなのだろうか。
 彼女は大学に馴染めない僕に、全身から放たれる温もりで安心感を与えてくれた。その温かさは、いつも身も心も満たしてくれる。未だにプラトニックな関係のままだが、それでも私たちが強い愛で結ばれていることは誰にも否定できないだろう。揺るぎない、確固たる愛がそこには存在している。それは僕が大学を中退しても、アルバイトに失敗しても、引きこもりになっても、だ。
 僕がどのような人間であっても愛してくれる彼女。そんな甘美で強大な彼女との関係にも、障害が存在しないわけではない。それは母である。
 母は僕たちが付き合う前からことあるごとに干渉し、僕と彼女を引き離そうとしてきた。前日も一緒に寝ているところに突撃し、僕から彼女を連れ去ってしまった。彼女の温もりを奪われる度に、僕は行き場の失った野良犬のように心をなくし、抜け殻のようになる。唯一残るのは、ぽっかり空いた愛だけだ。
 しかし母も鬼ではない。夕方までにいつも必ず彼女を返してくれる。その時間がいつも待ち遠しい。

◇◇◇

 一階から声が聞こえてくる。母だ。時計を見ると、どうやら朝の10時のようだ。寝ぼけているからなかなか声が聞き取れない。
 母は繰り返し怒鳴り続ける。
「いい加減起きなさい。早く布団を干したいのよ」
 ああ、また「彼女」との別れの時間か。何一つやる気は起きないし、相変わらず外は怖い。友人もいなければ家にも居場所はなく、この世に誰一人として僕の味方はいない。
 愛が欲しい。ああ、誰でもいいから愛を与えてくれ。ひとときの愛でいい。「彼女」という愛だけで自分を保つのは僕にはやはり難しいようだから。

ブログとはまた違ったテイストです。