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日本一無名な島根が異世界に行ったら世界一有名になった話 1

島根。
それは日本を構成する都道府県の一つであり、八百万の神々が集まる神の国である。
神話にも書かれている通り、日本の歴史は島根から始まったといっても過言ではない。
古代において大陸から伝えられた様々な技術を基に高度な文化圏を構築し、日本の中心として栄えていた時代もあった。
なにせ古事記において、相撲の発祥は島根とされているくらいだ。
そのように文化的価値において周辺地域に多大な影響を与えたのである。
また経済的にも島根の鉱石は大きい。
石見にある石見銀山で大量にとれた銀は、一時は世界の銀の十分の一を占めることもあった。
その銀により日本の発展は促され、世界にも多大な影響を与えることになった。

文字通り、島根なくして今の日本はありえないのだ。

だがそのような輝かしい時代は過去の栄光と消え、島根は今苦境に立たされている。
歯止めの利かない少子化と人口流出により、近年では人口が大きく減少しつつある状況だ。
それにともない産業も衰退し、ますます島根の勢いは衰えている。
耕作放棄地や空き家が目立ち、インフラは劣化の一途をたどる。

かつて日本の中心として栄えた島根の姿はもはやなくなり、多くの人がどこにあるかすらわからない状況になっている。
おまけに隣にある鳥取と間違われる始末。

このまま島根は時代の流れに消え去ってしまうのか?

否!決してそんなことはない!
我々に島根を愛する心がある限り、島根は何度でも立ち上がる!
そう、それがどんな世界でも。

涼しい秋の風が吹く早朝、まだ車も少ない道路を一台の車が走っていた。
建物の間を縫ってまばゆい朝日が差し込む中、運転手は時折まぶしそうにしながらも島根の県庁所在地である松江を進んでいく。

未だまどろみから覚めない街をしばらく走ると、進行方向には松江のシンボルである松江城が見えてくる。
そんな松江城の隣にある島根県庁。
車はそこに向かって行った。

敷地内に入った車は、いくつかある建物の間を通って広い駐車場の一角に停まる。
しばらくすると、スーツ姿をした初老の男性が車から降りてきた。
男は助手席から鞄を取り出すと、島根県庁で最も大きな建物である本庁舎に向かって歩き出す。

太陽の光が松江城のお堀に反射して映える本庁舎。
はたから見るとミルフィーユのような階層を作り出す現代建築の美しさを堪能したのち、男は自動ドアをくぐって中へ入る。

「おはようございます、寺山知事」

男が建物に入ると、入り口付近にいた職員の男性が挨拶をする。

「おはよう、今日もいい天気だね」

寺山と呼ばれた男、寺山達実は、愛想よく笑顔で挨拶を返した。
そして同様にほかの職員とも挨拶をかわし、いつも通り仕事場に向かう。

職員が寺山を知事と呼んだように、彼はここ、島根県庁で島根県知事として働いている。
一年前の知事選で見事当選した彼は、その明るくてまじめな性格からほかの議員だけでなく県民からの支持も厚い。
それゆえに彼自身も自信と誇りをもって職務を行い、観光地の宣伝や観光客の誘致に精を出している。

そんな寺山は今日も島根のために邁進する。
寺山は階段を上り、本庁舎三階にある知事室に入る。
パソコンを乗せた机に棚と本棚をはじめとした備品が設えられた部屋。
無駄なものはなく、きれいに整えられたここが彼の仕事場だった。

部屋に入ってすぐに荷物を置いた寺山は、パソコンの電源を入れると同時に鞄から缶コーヒーを取り出す。
そしてコーヒーを飲みながら窓の外に映る松江の街並みを眺めた。
そうして日の光を浴びて輝く建物たちに見惚れる。

そんな風に朝の一服が終わると、彼の仕事は始まる。
飲み干したコーヒーの缶をゴミ箱に捨て椅子に腰かけると、画面に浮かぶ様々な資料に目を通す。
島根の長として、連日様々な仕事が舞い込んでくる。
それらを的確にこなすためにはあらゆる方面の資料を読み込み、内容を頭に入れておかねばならない。
人一倍まじめな性格の寺山は、そのような点においても抜かりはない。

特に今日は島根県議会において予算案などの大事な会議が催されることになっている。
単なる判断だけではなく重要な発言も求められる立場にある寺山は、なおのこと事前の準備が必要だ。
すでに何周も読み込んだ資料を会議が始まるまでしっかりと把握する。
しばらくの間、知事室の中はキーボードをたたく音とマウスのクリック音がこだましていた。

小一時間ほどたって、資料の確認と整理を終えた寺山は少し休憩をとることにした。
画面を凝視して疲れた目を休め、座りっぱなしで固まった肩と腰をほぐす。
体を軽くひねると心地よい音が響いた。
そして椅子の背もたれに体をゆだねて深々と椅子に座りなおす。
そうやって寺山はつかの間の休息を堪能していた。

だがしばらくすると、廊下のほうから足音が聞こえてくる。
その足音はだんだん近づいたかと思うと寺山のいる部屋の前で止まり、続けて扉をノックする音が聞こえてきた。
そしてそれに続き、なじみ深い声が耳に入る。

「寺山知事、いらっしゃいますか?」

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