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美術部搬入大作戦。

高校三年間、私は美術部に所属していた。
部活の活動は、主に県内の公募展の出品に向けて制作をする。出品物は主に油絵、若しくは彫刻。

これは私が高校2年生の時のお話だ。

我が美術部員は皆、個性的。

やたらと大工スキルの高い岡本部長。
服装検査を一度もパスした事がない小角さん。
死ぬほどマイペースな後輩、河合くん。
自らセクシー女優達の名前をびっちり書き込んだという上靴を履く佐藤くん。
良い色を出せた時は必ずその場でターンを決める村治くん。
超アニメボイスの筒井さん。

等々。他のメンバーも書ききれないエピソードで彩られた布陣。ご紹介できないのが残念。

顧問が部活に熱心だったこともあり、部室である美術室は正月、盆以外はほぼ開いている。

そんな強烈個性を放つメンバーが、毎日毎日絵を描き粘土をこねる。なんなら日曜だって出てきてやってる。因みに強制は全くされていない。

顧問は授業以外にも教師の仕事は多いらしく、いつも死にそうな顔をしている。ちゃんと指導もするが。

なかなかカオスな環境だ。しかしそんな中、更にカオスになる日が年に数回ある。

それは公募展の搬入日前日と当日だ。

当時、大体搬入日は休日2日間(土、日)が多かった様に思う。

搬入日前日から泊まり込む男子。搬入の手伝いをしてくれる顧問の制作仲間数人が混じり共に制作の仕上げをする。

油絵は規定により額ぶちを取り付けなければならない。お金が無いので部費で買ってきた長い角材を適当な長さに切り、これまた角材とベニヤで作ったお手製の木製キャンバスの縁に打ちつけ、ニスを塗り、それを額ぶちとした。

煌々と部室を照らす蛍光灯。誰が付けたか分からないラジオの音。話し声。木を切り、釘を打つ音。石膏を割る音。ついでに誰かが食べてるカップ麺の匂い。雑多とした空気。夏の夜店の様な雰囲気となる。

これが搬入前日、当日の風景。

しかし、1度だけこれ以上のカオスの場となったことがある。
ある公募展の搬入日がテスト明けてすぐの土日だった時の事だ。

とにかくいつもより時間がない。先を見越して計画的に筆を進めていても、時間はいつだって足りないものではあるのだが。
より良い作品を作ろうと希望に満ちた空気は一切なく、カップ麺を作る時間も惜しいのか、カロリーメイトを貪る音しか聞こえない。ギィギィと軋むイーゼルの音。
集中とはまた違う沈黙。いつもとは違うカオスの形。そんな時も制作には必要だとは思うが、少しだけ息苦しい。

そこそこ完成した人から額を付けていくが、いつもなら前日には半分位は付いているのに今回は3分の1も付いていない。
翌日の最終搬入日に額付け作業が持ち越しになる。

私は必要以上に深追いしてしまうと、作品を駄目にしてしまう傾向があるので、程々に切り上げ出品料の回収や出品票の準備など裏方にまわっていた。

そして当日。日曜日。

朝7時に美術室へ行くと、もうすでにみんな居る。美術室の重く四角い椅子を集めて寝ている男子。白目を剥きながらキャンバスに向かう女子。
白目を剥きながらもメイクとピアスはバッチリな小角さんに尊敬の念を抱いた。

とっくに自分の作品を完成させた岡本部長は大工スキルを駆使して、まだ額を付けていない人の分(約20人分)まで角材をひたすら切り、カンナを掛けまくっていた。

顧問の巣と化した準備室を覗くとこれまた顧問が死にそうな顔をして、アクリル絵具(乾きが早い)で絵を描いている。

「…よぅテツ(私)、おはヨう…。今日はたのムぞぅ。」

言葉がバグってる。

…顧問よ。アナタは彫刻で無監査出品して貰える立場なんやから、これ以上無理に制作せんでいいがな。

ツッコミたかったが、魂の抜けかけたようなその姿に言葉を飲み込んだ。

何故人はここまで自分を追い込むのか。「完全な自由からは芸術は生まれない」というやつか。ただ出品したかっただけか。分からぬがとりえずやる以上は無事仕上がりますようにと切に願った。
今日は搬入の最終日。締め切りは17時だ。

昼を回ると、諦めも入り段々完成してくる人が出てくる。岡本部長の華麗な大工技もあり、みんなの額も着々と取り付けられる。あとひと息だ。

彫刻を出品する人も順調に出来上がっていく。

14時半頃。おにぎりを頬張りながら顧問が「何とか今回も間に合うな…。」と呟いたと思いきや、こんな事を言い出した。

「…アレ?テツ、今日何曜日…?」
「…?…日曜日。」
「?!」
慌てて公募案内を確認する顧問。

「最終日、搬入締め切り16時までやった…。」

「???!!!」

みんなそのセリフに一斉に時計を見た。あと、1時間半切ってる。

油絵具は通常、乾くのにどうしても時間が掛かる。みんな割とギリギリまで描いていたのでペンキ塗りたて状態。タッチにもよるがせめて表面だけでも乾いていないと困るのだ。注意は払うが、運搬中キャンバス同士が擦れたら、えらい事になる。

部長がみんなの絵と額のニスの渇き具合をチェックする。なんとかいけそう。何人かは念の為、小角さん所有のドライヤーで乾かしている。(あんまりオススメできない)

あと、まだ額を付けるまでに至ってないのは…1人。

超マイペースの後輩、河合くんだ。
彼はマイペースな上に今回、1年生ながら「大物を描く」と80号(約145cm×110cm)に挑戦していた。

「ちょ…!河合くん!あとどれくらい掛かる?!」
「そうっスねぇ…。まだ少しかかるっス…。」

気怠くコーヒーを飲みながら答える河合君。

「まぁ、間に合うんじゃないっスかねぇ…。」

にわかに信じ難かったが、その言葉を信じて待つしかない。

30分たった。まだ終わる気配はない。

岡本部長が業を煮やし「額付けるで!」と、手早く角材をキャンバスに打ちつけた。部長も凄いが、揺れるキャンバスをモノともせずに筆を進める河合君。15歳でこの貫禄。

その間、出来上がった部員の作品は顧問が何処からか借りて来たバンと制作仲間の方の車にどんどん積み込まれ、あとは河合君の作品を残すのみ。

更に20分経ち、タイムリミットギリギリ。「できました〜。」と河合君。

一番大きな車(バン)に河合君の作品を積み込み出発。勿論、河合君の油絵は乾いてないので私が他の作品に絵の具が付かない様に後ろで支えていた。

部員全員は車に乗れないので、力のある男子(セクシー上靴の佐藤、ターンの村治、マイペース河合、部長岡本)、お金を任されている私に、アニメボイスの筒井さんと部員6人の選抜メンバーを乗せ走る。

顧問が車の中で指令を出した。
「いいか。着いたらおそらく受付時間はギリギリ。まず筒井。一番に受付に走って行って今から作品が来る事を伝えろ。佐藤、村治、お前ら軽い樹脂彫刻を一つづつ持って受付に行って手続きを始めろ。そして他の作品を運ぶまで時間稼ぎをしろ。」

慣れた感じの物言い。過去、何度かやってる手口の様だった。そうこうしているうちに会場に到着。
駐車場から受付までちょっと距離がある。遠目にも受付は「もう片付けようか〜」みたいな感じになっている。だって締め切り5分前だもの。

「マズイ!!」

まずダッシュで筒井さんが走って行き、走りながら彼女は甲高い最高の超アニメボイスで「すぃませぇえーーん!!作品きますぅうー!」と叫んだ。(ちょっとかわいい)
それと同時に樹脂彫刻を掴んだ佐藤、村治がバンから躍り出た。

変なテンションの村治君が走りながら一回転ターンをする。手には顧問の無監査作品、渾身の彫刻作品を持って。

「コラァー!村治!落としたらどうする!」顧問が叫んだ。

そらそうだ。ごもっとも。

佐藤君は佐藤君でよく見ると例の上靴のまま走っている。履き替え忘れたらしい。
彼は今、走りながら自分の性癖絶賛暴露中である。

その後から、出品料を持った私が追いかける。残りの部員と顧問と制作仲間の方が後から速足でゾロゾロと作品を運ぶ。

そこそこ大きいサイズの油絵、約30点と石膏彫刻、樹脂彫刻約5点を運ぶ。木製キャンバスは結構重い。石膏彫刻も重い。河合くんの大物キャンバスに至っては私の身の丈近くある。重い上に運びにくい。

…河合くん、よく見たら額にニス塗ってなかったし。

そんな感じで蟻の行列の様にどんどん作品を運ぶ私達を見て、受付の人は「残業かよ。」と言わんばかりの顔をしていた。

しかし、一団体の作品を一つでも受付けた以上、しかも前途ある高校生が一生懸命作った作品を応募しに来ている。受付も無下にはできまい。

結局、すべての受付作業が終わったのは16時30分近く。顧問の見事な作戦勝ちである。

ふと横を見ると、河合君はいつの間にかニスの瓶と筆を持っており、ちゃっかり自分のキャンバスの額ぶちにニスを塗り上げていた。
そして受付の人に「しばらく乾かして下さい。」と指示していた。

受付の人が最高に迷惑そうな顔をしていたのを未だに忘れられない。

みんな車の中でぐったり。もう2度とこんな搬入はゴメンだが、実は卒業までにもう一度だけギリギリの搬入を経験する事をこの時の私はまだ知らない。

まぁ、それはまた別のお話で。

因みに大作戦の末に運び込まれた作品達だが、全部見事に無事入選を果たした。


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