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【読書】「人の死を生かす」ために必要なことを考えてみる?

地道な仕事…法医学とは何ぞや?

今回は危うく積読ゾーンに鎮座しそうになった一冊から「法医学者の使命『人の死を生かす』ために」の記事になります。著者は法医学者で、東京大学名誉教授の吉田謙一氏です。

異状死の死因を解剖・検査を通して究明し、法的判断の根拠を提供するのが法医学者の役割

としている同氏が語る「人の死を生かす」とは何なのか? ドラマに出てくるイメージとはおそらく異なる法医学者がみる現世の問題を理系脳の立場から考えたいと思います。

当たり前かもしれませんが…

法医学とは何なのか。特定非営利団体日本法医学会によると、以下のように定義しています。

法医学とは医学的解明助言を必要とする法律上の案件、事項について、科学的公正な医学的判断を下すことによって、個人の基本的人権の擁護、社会の安全、福祉の維持に寄与することを目的とする医学である。

(1982年 日本法医学会教育委員会報告)

医学ではありますから、前提として根拠に基づく医療(EBM)があった上で、科学的で公正な医学をもって、私たちに人権擁護であったり、安全安心を提供してくれる奥深い分野と見るべきでしょう。

豊富な事例から見る科学と法学のせめぎ合い

本書が法医学者による著述のため、家庭の医学レベルの知識を持ち合わせている or ヒトに関する生物学の知識があった方が読んでいく上でストレスを感じにくいと思います。

しかし、事例の詳細を理解せずとも、本書では以下の指摘に集約されるかなと思います。

①司法の場での事実認定において、法医学の知見が生かされているとはいえないこと

②上記①により、医療制度そのものに対する風向きが変化し、結果として国民の生命財産の保護には繋がらない危険性があること

③科学を重んじない上記①により、冤罪が生まれる危険性が高いこと

すべての異状死が特定されるわけではない?

すべての異状死に対して、解剖を依頼しているわけではないことはご存知の方も多いかと思います。もちろん、検視を実際に行う警察官等は相当な訓練を積んでいますが、"見逃し"の可能性を排除できません。

2007年に発覚した力士の死亡に端を発するリンチ事件が好例でしょう。

また、薬物による中毒死なども医師による解剖なくしての特定は難しいと思われます。

しかし、それ以上に

やはり、いくら医学の立場から科学的妥当性を示したとしても、司法が証拠として採用されない限り報われないことになります。

日本でも医師免許、かつ法曹資格をもつ人物は存在しますが、一般に裁判官、検察官、警察官などに医師免許相当の知識はありません。

となると、本来であれば、第三者の立場で死因を究明できる制度があった方がよいと私も思いますが、やはり司法=法学医学の壁なのか、実現には程遠い現状です。

"科学"的判断を優先しない司法判断によるその後の医療サービス

後の判断で覆ることも全くないとはいえませんが、司法には既判力があるため、まずい判例があってもそれを引きずることになります。

本書では1955年に発生した東大ルンバール事件の最高裁判決あり方と法律家の科学軽視の姿勢を厳しく断罪しています。

また、本書では、福島県立大野病院事件にも触れられています。

東大ルンバール事件と同様に法的な「因果関係」がなければ遺族に保障ができないという制度上の欠陥はおいておき、大野病院事件での医師の逮捕・告訴による衝撃は凄まじいものでした。そこで得られた果実は何だったか? 本来の目的だった医療安全の向上ではなく、産婦人科医の不足による出産難民の出現という日本の現代社会の負の側面を助長しただけだと私は思います。

その後も医療事故は起きるわけですが、単なる過失であっても相応以上の制裁を受けるとなると、いくら応召の義務があるとはいえ、訴訟リスクなどを考慮せざるを得ず、結果医療が患者を見放さなければならない…それが現実に起きている気がします。

科学が用いられないことで人権も守れない?

そして、一番の問題は日本法医学会による法医学の定義にもある「…科学的で公正な医学的判断を下すことによって、個人の基本的人権の擁護に寄与する」ことなく裁かれる、つまり冤罪が生まれる危険性が付き纏う点です。

捜査や公判の維持という意味では法学でもとめる「因果関係」は避けては通れない部分もあるでしょうが。しかし、人類に関する科学≒医学がEBMを求めている以上、やはり司法においても、科学的な知見を単に参考として扱うだけの形式的な操作ではなく、正しく向き合う姿勢を持つことが急務だと思えてなりません。

とは言え難しい話

著者の吉田謙一氏は様々な遺体に遭遇し、その場その場で医師として、科学的判断を行ってきた人物です。その人物の座右の銘が

人の死を生かす

とのこと。

本書の結びの言葉にある「見える化」「根拠に基づく判断」「事件・事故再発防止のための原因究明」が遺体に施されたとき、はじめて無念のうちに亡くなった故人を生かしてあげられる…そんな思いが詰まった文系の方にも手に取ってほしい一冊でした。(了)

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