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読書録:古代王権の原像

山尾幸久『古代王権の原像』(学生社)
歴史には一国史と世界史がある。一国史はナショナルヒストリーで、国単位の歴史、世界史はより広範囲の地域の歴史で、グローバルヒストリーである。とはいえ、一国史であっても周辺国との交流は常にあったわけで、それを抜きにして歴史を語ることはできない。
本書は古代史研究の大家が韓国で行った講義の内容を一冊にまとめたものである。副題に「東アジア史上の古墳時代」とあるが、古墳時代にはすでに体外交流が盛んで、中国南朝に遣使して冊封を受けたり、朝鮮半島諸国の要請に応じて出兵したりしている。そうした国際情勢の中で古墳時代を捉えるのは重要なことである。
本書は概ね古墳時代政治史、対外交流史の概説書であるが、韓国の学生たちを対象としているからか、冒頭二章で皇国史観と植民史観の克服を試みている。戦前、特に満州事変前後から太平洋戦争開戦にかけての時期はナショナリズムが異様に高揚した時期で、イデオロギーが学術を支配しようとしていた。この頃に起きたのが有名な津田左右吉の筆禍事件だが、イデオロギーによる学問の制限を政府ではなく市民が是としていたところに特徴がある。この時代、時流に迎合して発展したのが皇国史観であるが、その先導役であった平泉澄は戦後下野した。皇国史観は戦後、急速にマルクス主義に基づく唯物史観に置き換わってゆくが、批判を含めた総括は行われたのだろうか。
話が脱線したので、本の内容に戻る。副題にある通り、本書は東アジア史の中で古墳時代を見ている点に特徴がある。私は考古学の立場から古墳時代を研究しているが、地方自治体勤務の学芸員ということもあり、なかなか広い視野は持てないでいる。古墳時代は対外交流が文化的交流だけでなく政治的交流にシフトした時期で、日本にようやく本格的な国家が誕生した時期でもあり、対外交流が日本の国内政治にも大きな影響を与えている。
例えば鉄はその当時、原材料の供給を全面的に朝鮮半島に依存していて、鉄や朝鮮半島との交易ルートを押さえた者が権力を持ち得た。当時、そうして権力を独占していたのがヤマト王権であったわけだ。
講義録であるためコンパクトに纏まっていて読みやすい。古代対外交流史を選考するうえで、ぜひ目を通しておきたい本。


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