村の少年探偵・隆 その12 ヤングケアラー
第1話 天才ハンター
田舎の生活はまったりしていた。村の衆は少々のことでは腹は立てなかった。
それでも、例外はあった。蜘蛛の巣だけは、シャクにさわった。朝一番に道を通ったりすると、体にベチャとくっついた。中には強力な粘着質のものもあって、剝がすのにひと苦労した。
別に蜘蛛が人間の領域を侵犯したわけではない。逆である。
蜘蛛はせっせと糸を張る。空中ブランコよろしく、要所要所に糸を結んでいく。外枠ができれば、中心に向けて糸を張っていく。
後は獲物が通り掛かるのを待つだけである。アブやハエ、蚊、蛾、蝶などが掛かると、急いで腹から糸を繰り出して、ぐるぐる巻きにする。芸術的なテクニックである。蜘蛛もまた、天才ハンターと言わざるを得ない。
田舎の子供たちは蜘蛛の巣で遊んだ。
細い木の枝を輪っかにして、蜘蛛の糸を集める。ちょうど、金魚すくいのポイを大きくしたようなものだ。これで、虫を捕まえた。
お株を奪われた蜘蛛の心中は、どうだったか。子供たちには、そこまで思いやる余裕などなかった。
第2話 弁当箱
千足村に、よく妹の面倒を見ている女の子がいた。隆の同級生だった。同じクラスの和子とも仲が良かった。名前を清美と言った。
清美は小学校に上がってすぐ、母親を亡くした。
父親は山仕事から帰ると、清美に酒のアテを作らせ、飲み始める。2人の子供を何かにつけて叱った。姉妹が夕食に箸を付けるのは、父親が酔いつぶれてからだった。
父親は家に金を入れなかった。学校で集金があると、清美は小銭を家中探した。和子の家で借りたこともあった。
清美は朝早く起きて、弁当を3つ作った。
材料が足りない日もあった。清美は妹と父親の分だけ作り、お昼は我慢することにしていた。空腹には慣れていた。
また、米の割合が少なく、ご飯が押し麦で黒っぽくなることもあった。そんな時は、妹の弁当から表面の押し麦を、自分の弁当に移した。
妹はいつも弁当を完食してくれた。大好物は卵焼きだった。おかずに卵焼きが入っているだけで、大喜びだった。
明日は妹の小学校の遠足だった。小さなリュックを枕元において眠りについた。
清美が台所に行くと、おかずの材料が切れかけていた。なんとか父と妹の分は作れるとしても、卵が一個もなかった。
遠足の行き先は、学校から1時間半ほど山道を登ったところにある湿原だった。
清美も小学校の遠足で行った。山の上なのに、湿原が広がっていた。弁当を食べた後、隆や和子たちと鬼ごっこなどをして遊んだ。
数少ない、楽しい思い出のひとつだった。
清美は妹が弁当箱を開けるところを、想像したくなかった。とめどなく、涙があふれてきた。
第3話 届け物
権蔵爺さんには友達らしい友達は、いなかった。気難しい性格から、村の衆は関わり合いを避けた。
それでも一人だけ理解者がいた。息子の同級生の敏夫である。親が遺した田畑を守って一人暮らししている。
権蔵爺さんの息子は、嫁と家を出た。孫たちはたまに遊びにきてくれるが、息子はその送り迎えで家に寄るくらいである。嫁の機嫌を取っているのだ。
「まあ、あんなに性格の悪い嫁は見たことがない」
権蔵夫婦がぼやくと、敏夫は同情してくれた。
敏夫は何かにつけて権蔵爺さん家に顔を出した。そのたびに、身の回りで獲れたものを届けてくれた。
「今日は卵が少ないけんど、まあ、2人で食べてみてや」
敏夫は家の鶏小屋から獲ってきた卵を差し出した。
「誰ぞ、うちに用事のある者がきたのか、今朝は鬱陶しい蜘蛛の巣がなかったわ」
敏夫が髪を撫でつけた。
「けんど、気をつけんと、悪い子供らがおるからのう」
言いながら、婆さんは敏夫自慢の髪型を見た。時々、蜘蛛の巣がかかっていて、おしゃれも台無しだった。
(一つ、二つ、くすねるのは常習者のやり口や。見つかりにくいからのう)
権蔵爺さんには、犯罪者の心理が読めた。
第4話 余計なお世話
清美の妹は、遠足の話をしてくれた。
山の上に田んぼがあり、メダカやドジョウが泳いでいたこと。小さな白鷺のような花をつけた草があったこと。土の中に、蜂の巣があって、何人かが刺されたことなども報告した。
サギソウに感動している妹が、清美の目に浮かんだ。蜂の巣の話には驚いた。妹たちは逃げ惑ったことだろう。
「お姉ちゃん! お弁当ありがとう。卵焼きおいしかった」
妹は台所に行って、弁当箱を洗い始めた。
いつになく、権蔵爺さんが隆の家にやってきた。
(何ぞイヤなこと言いにきたな)
隆には分かった。
「千足もしばらく治安がよかったけんど、また、盗人が出とるようやなあ」
爺さんは隆の父親に話しかけているが、隆を意識しているのは明らかだった。
「今朝、敏夫んとこの卵が盗まれたんやって。隆。誰ぞいつもと変わった様子の者はおらんかったか」
権蔵爺さんは隆を見た。
「悪いのと付き合うたらいかん。ワシはお前のこと心配やから、言うてやっとるのやで」
隆は清美の髪の毛に、蜘蛛の巣がついていたことを思い出した。みっともないので注意してやりたかったが、言いそびれていた。
清美の家は敏夫さんの家の近くだから、通ることはある。もし、敏夫さんの庭かどこかで蜘蛛の巣を付けたと仮定して、そんなに朝早く、何のために行ったのだろう。
隆はいろいろなケースを想定した。
翌日、清美を注意深く観察した。蜘蛛の巣は取り除かれていた。いつものように、和子と談笑していた。
第5話 身代わり
「洋ちゃん。どう思う?」
隆は洋一の考えを訊いた。
「盗ったのがワシやのうて、爺さん、残念やったなあ。けど、清美がまさか…」
洋一はいたたまれなくなってきた。
清美は妹の面倒を見ながら、苦労している。洋一も父親を亡くしているので、ひとり親の辛さは身に染みている。
(ワシがやったことにしてもええ)
密かに決心した。
誰かがきたのか、和子が玄関に出た。
「おるよ。入りなよ」
清美だった。洋一は清美の顔を見ることができなかった。意外なことに、清美は明るかった。
「富江おばちゃん。昨日はありがとな」
紙の袋を出した。
「ええんよ。自分らで食べな」
富江は袋を押し返した。
「夕べ、父ちゃんに怒られてな。『卵借りに行くなんて恥ずかしいことすんな。明日買うてきて返しとけ』って」
洋一は一刻も早く、隆に知らせたかった。
「鶏やって、年取ったら、卵産まん日もあるやろ」
権蔵爺さんに言ったつもりだった。
「何ブツブツ言うとるの、洋一」
富江が清美に、何かおかずを持たせている。
「和子と一緒に、清美ちゃん送っておやり」
3人で暗い道を歩いた。敏夫さん家の前を通ると、テレビの歌番組が流れていた。敏夫さんが憧れ、同じ髪型にしている歌手だった。
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