近くて遠い_星の在処__1_

【連載小説】近くて遠い星の在処・第二回

中学三年生の「僕」は自らを煤けた石ころと呼び、特別な存在になることから逃げ回りながら生きている。彼はある日、特別な存在である親友の手によって「星の王子様」と再会してしまった。

王子様は煌めきを振りまきながら、僕の領域を侵し、定義を揺るがしてていき――。
「シュウ、14歳」編・「僕、18歳」編から成る二人の少年が「いつの間にか奪われてしまった自分の星」の在処を探す物語。

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「シュウってめっちゃ頭がいいんだぜ」
「ふーん」


曰く、テストでは必ず十番以内に入っているらしい。遼ですらなかなか勝てないそうだ。
シュウたちと遊ぶ土曜を控えた日。相変わらずスマホを見ている僕に陽光を背負った遼が言う。
遼は、シュウ以外にも何人か「仲間」を集めたらしい。シュウのクラスの望月みたいに、オタクっ気が全くない僕とどこにも接点のないやつもいる。だが、いつだって遼はバラバラな僕らを自分の力でまとめて見せるのだ。

「行くのはプールでいいよな」
「いいよ」
「帰ったら望月ん家でスマブラしような!」
「……うん」

遼は僕に気を遣ったつもりなのだろうか。僕は昔からインドアで、ゲームは得意だったが、オンライン対戦ばかりで友達とする機会はあまりなかった。僕が遼たちと戦う時は、ハンデで使うキャラクターで圧勝しているが、そのキャラがメインだと嘘をついている。そうすれば、ぼこぼこにされても傷つかないからだ。

「俺、次こそ絶対勝つから」
「できるかな」

なんて軽口をたくフリをしたけど、コツさえ知れば遼はあっけないほど簡単に僕に勝ってしまうだろう。遼は何でもできるのだ。きっと、オセロの黒を白にひっくり返すかのように、僕の本気のキャラクターを一瞬でけちょんけちょんにしてしまう。
僕のようなやつは、自分を守っていかないと、遼の光に焼かれて跡形もなく消されてしまうだろう。

そういえば、あの時のオセロは僕が黒で、シュウが白だった。煤けた石ころと、煌めく星。あの頃から僕たちの光量は決まっていた。シュウはやはり特別だ。僕は確信した。あの煌めきは、あの日から何も変わっていない。

その時、ふと、僕は視線を感じた。悪意の籠った、だけど届かない星に願いをかけるような切ない視線だ。振り返ると、視線の主は目を逸らす。クラスメイトの夏崎だ。僕たちからすると少し変わった容姿の、長身の男子。遼の方を見ると、彼は気づかずにスマホをいじっていた。僕と違って、彼女にLINEをしているのだ。
太陽の光すら、全てを照らせる訳ではない。僕は密かに、夏崎には遼を嫌いなままでいてほしいと願っていた。

雨が降った。遼は「悪いな」なんて言って、既に彼女と相合傘で帰っていった。

「あ、おーい」

背中から声が聞こえ、振り返る。シュウだった。傘を携え、彼はまたキラキラと煌めきを散らして笑っている。

「星の王子さまだ」
「だから違うって」

僕は肩をすぼめて小さくなる。百歩譲ってオセロの記憶を認めたとしても、その恥ずかしい呼び名だけは断固否定し続けたいと思う。

「またオセロしない?」

シュウは勝手に僕のことを決めつけ、にっと笑う。

「なんで中三にもなって……」
「だって、楽しかったから。ねえ、名前なんていうの?」

僕はわざとつまらなそうなフリをして、名前を伝えた。シュウは空の硝子コップで氷を転がすみたいに透明にキラキラと笑う。黒い瞳にたっぷりと蛍の群れを閉じ込め、それを大事に抱くように細めていた。
「じゃあね」とシュウがぶんぶんと手を振り帰って行く。僕も控えめに手を振り、雨粒の落ちる濡れた路面も、彼の通った後は煌めいている気がした。
覚えてくれていた。
シュウもあの記憶を覚えていてくれたんだ。僕は密かに握った手を胸に当てて安堵していた。嬉しい。本当に嬉しい。そのはずなのに、できたばかりの影が燃え上がるように熱い。苦しい。息もできない位に。こんなにも苦しいのはどうしてだろう。

約束の土曜日。僕たちは全力で自転車をこぎ、プールへ向かった。運動神経抜群の遼を先頭に、自転車の列は大きく開き、僕はどうしても遅れてしまう。
シュウは、意外にも遼の近くに追いつき、楽しそうに足を拡げて坂道を下っていた。弾けるように笑っている。太陽の光は二人を照らし、僕といえば日陰で必死にペダルに体重をかけていた。

「水中息止め競争~ドンドンドン! 一番ビリはアイス奢りな!」

プールに付き各々が軽く泳いだ後、遼は僕たちに集合をかけた。僕は持ってきた浮き輪でぷかぷかと浮遊感を楽しんでいたのだったが、端っこを遼に乗っかられて溺れかけるハメになった。シュウはプールサイドのベンチで日光浴をしていたのを、声を掛けられてきょとんとしている。マイペースなやつだ。

「もちろん遼はハンデな!」

リーダーぶりたいやつが言う。遼ほどの器も持っていない癖に、威張りたいだけのやつだった。

「やってやらぁ! 俺は一分半ハンデつけてやる。でも俺だけじゃなくって――」

遼はそれぞれに指を差してハンデをつけていく。僕はハンデなしだった。人をよく見ている。やはり、遼は器が違う。期待に応えていくのだ。彼は、頂点の座にいるべき人間だ。
シュウに与えられたハンデは二十秒だった。八人いる僕たちの中で三番目。やはり、シュウは僕と違う存在で遼に近い人間だ。

「ねえねえ」

シュウが隣に来た。僕は恥ずかしくなってついつい水に潜る。この間のよくわからない苦しみのせいで、シュウとは話したくなかった。

「あは、やる気満々だ」

キラキラと笑う度に、おなかの辺りがずくずくとよくわからない叫びを訴える。助けてほしいのに、何をしてほしいかわからない。この感情の名前を、僕は知らない。まだ中学生だからなのだろうか。大人になれば知ることができるのだろうか。

「よーい!」

審判役は、仲間の中で一番運動が苦手なやつだった。彼はストップウォッチ片手に叫んでいる。遼は本当によくわかっている。公平な王様だ。

「それじゃ、お先」

二十秒を前に、シュウが僕に微笑みかけると、そのまま水中に沈んでいった。びりは嫌だ。ばくばくと鼓動が鳴る。何度目かの深呼吸で、僕の番が来た。ゴーグルを被り、息を止めて水面の中に顔を沈めていく。肌の周りが全て水になる。

そっと目を開ける。ゆらゆらと青い水の世界で、シュウはゴーグルをつけずに目を開いていた。僕は思わず口から気泡をこぼしてしまう。

それが気に入ったのか、シュウは何度か変な顔を見せて僕を笑わせにかかった。ごぽ、ごぽと気泡が漏れる度に息が苦しくなる。まるで、あの雨の日の苦しさだった。何かが体に詰まって、黒く広がって、息ができなくなって、苦しくて、苦しくて――。それなのに、シュウは眩しい。星の煌めきを一身に受け、爛々と輝く目で笑っているのだ。そう、遼の近くで。煤けた石ころである僕とは違い、彼は遼の近くがとてもよく似合う。

僕は苦しい息の中でシュウの腕を掴む。シュウの口から驚きでごぽりと気泡が零れた。それは数秒だったのかもしれないが、時が止まったかのように、僕たちは茫然と水の世界に在った。

しかし、息は限界を超え僕は思わず水面を目指す。シュウも、同じだった。嫌だ、出たくないと僅かにシュウの腕を押す。水によって外界の一切を遮断された音の無い世界は心地がいい。何もかもから逃げ出したい今こそ、ここに居たいと思った。ここならばシュウの眩しさにも向き合える気がした。

「わ、同着!? でも意外な二人だな」

そう言って帰還した外の世界で井の一番に僕らを迎えたのは、驚きに目を見開いた遼だった。遼は既に水の外から出ていた。競争は、僕たち二人が一番だった。


僕たちは、日陰で休むことにした。シュウも同じで隣でベンチにかけている。

「プールに入らないの?」
「省エネ主義だから」

僕は缶のホットコーヒーに口をつける。遠くで「ぎゃーぎゃー」と遼たちが騒がしくふざけ合っていた。

「それ、おれも」

シュウはベンチで胡坐をかいてカラカラと笑っていた。その眩しさに心が耐えきれなくなり、思わず視線を逸らす。

「ねえ、高校はどこを受ける?」

そう聞かれ、僕は平均よりレベルの低い学校を答えた。僕は自分の実力の評かには皮肉なほど客観的だと思っている。だが、シュウは驚いて目を丸くしていた。

「なんだよ、受かんねーと思ってんの?」

シュウは瞳にたっぷりと光を蓄えたまま黙って首を左右させた。

「逆」
「は?」
「おれと同じとこ、受けると思ってた」
「何言ってんだ、お前」

学年十位以内の常連と同じところを受けるなんて、やっぱりシュウはおかしい。しかし、それも仕方がないのかもしれない。シュウは遼と違って完璧という訳ではない。

僕の方がシュウよりずっとずっと冷静で、自分の実力を弁えている。
気づけばコーヒーは冷めていた。僕たちは、夢中で色々なことを語り合っていた。心地が良い。シュウは凄い。僕を想像もできないような遠いところまで連れて行ってくれる。


ゲーム大会は、盛り上がりが最高潮となった時、わざと遼に負けて勝ちを譲ってやった。遼は驚いた顔をして僕を見て、なぜかその後少し不機嫌になってしまった。


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