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不可逆な決断に怯えて、不完全でも前に進んだ2年間【パパゲーノ創業2年記念note】

株式会社パパゲーノを2022年3月2日に設立し、2年が経過した。精神障害・発達障害・知的障害で働くのが困難とされていた方々と共に、ChatGPTなど先端IT技術を活用した企業のDX支援、絵本などの創作活動、支援現場向けの音声解析AIを用いたアプリ開発などをしてきた。「運」と「人」に恵まれて、悩みながらも3年目を迎えることができている。関わった全ての人に、心から感謝の気持ちを込めて、以下の5点をまとめる。

  • パパゲーノの創業からこれまでの10の物語

  • 2年間の業績と組織体制の変化

  • リカバリーの社会実装に向けた戦略PR

  • 悩んでいる6つの論点

  • 起業家としての4つの学び


Journey to Recovery

パパゲーノは「生きててよかった」と誰もが実感できる社会に向けて「リカバリーの社会実装」を目指して3人で創業した。僕たちが2年間で歩んできた10の物語を紹介する。

【1】「パパゲーノ」という社名しか決めてなかった

僕たちは事業が「白紙」の状態で起業した。決めていたのは「株式会社パパゲーノ」という社名だけ。当時エクサウィザーズで歩行動画解析のAIで介護市場向けのアプリを創っていた僕と、iCAREで企業向け健康管理システム「Carely」のマーケティングを担っていたけいとさんと、リアルテックファンドで介護福祉系スタートアップのバリューアップ支援を担当していた熊本さんの3人を創業株主として株式会社パパゲーノは生まれた。

  • メンタルヘルス市場で自分たちができる最大限の貢献をする。

  • 僕たちだからできそうな「心から意義あると思えること」に挑戦する。

それしか決めずに、メンタルヘルス産業のDX支援(精神科医療機関向けの電子カルテのコンサル、就労移行支援事業者のコンサルなど)をしながら、新たな事業案を考えていった。

Journey to Recovery

パパゲーノの社名は、魔笛「オペラ」の登場人物名に由来する。パパゲーノは愛する人を亡くし生きることに絶望するが最後は生きる道を選ぶ。その物語になぞらえ、辛い境遇でも生きる人の物語に自殺の抑止効果があるとする仮説が「パパゲーノ効果」と名付けられ、研究されている。

【2】はじまりは、1冊の絵本制作

創業した3月に、最初はメンタルヘルスの支援サービスを横串で探せるWEBメディア事業を立ち上げようとしたところですぐに撤退。メンタルヘルス×アートNFTを軸とした事業を立ち上げることを決定。

統合失調症当事者としてリカバリーに関する語りを発信していたかけるんさんに声をかけて、絵本『飛べない鳥のかけるん』を創ることからパパゲーノの物語ははじまった。ビジネスモデルが成立するかは全く未知だけど、精神障害とリカバリーについて絵本で広めたいという彼の挑戦を具現化することに力を尽くした。このプロジェクトを「100 Papageno Story」と名付けて、100人の物語を紡いでいくことを目指した。

Flightless Bird

【3】65名に支援され、絵本『飛べない鳥のかけるん』を出版

2022年5月28日、CAMPFIREを使って株式会社パパゲーノとして初のクラウドファンディングを開始した。結果は無事に目標達成。65名より390,500円の資金を集め、絵本を制作することができた。

絵本『飛べない鳥のかけるん』はAmazonから紙媒体と電子書籍を購入できる。また、YouTubeでかけるんさん本人による朗読動画を公開している。興味のある方はぜひ一度、YouTubeで朗読動画を聴いてみてほしい。正直、僕はこの音源が大好きで、聴くと心震えて毎回泣きそうになる。多分、わかりにくいものだけど、こうやって当事者の想いを味わったり、感じたり、できる機会を少しでも増やして行けたら、何かを変えられるんじゃないかなと微かな希望を持てたのが、かけるんさんとの絵本制作が僕やパパゲーノの経営に大きな影響を与えている。

この時期に初めての社員として、智美さんが入社した。踊る1号社員だ。iCAREで働いていた時に、色んな修羅場を一緒に乗り越えてきた最も信頼しているパートナーだった。僕がiCAREを退職することを決めて最後の出社日に、色々込み上げるものがあったのを鮮明に覚えている。

CEOやすまさ、COOけいとさん、1人目社員さとみさんは同じiCARE出身

現預金は500万円ほどで2人の役員報酬を支払うもギリギリだった。その上、社員を雇用すると、役員のみと比較してバックオフィスの事務コストが膨らむ。「1人採用することで、ランウェイがどの程度縮まるのか」「ランウェイが縮まっても、事業が伸ばせる蓋然性があるのか?」を株主の熊本さんから問われて、慎重に議論した。「それでもやっぱり採用したい」というのが僕の結論だった。

Shall We Dance ?

月1万円のシェアオフィスのラウンジスペースで3人で作業する日々がはじまった。めっちゃ手狭だったので、後に「勉強カフェ」という浪人生がよく使う作業スペースに移動した。

【4】語りの二次創作権NFTを売るビジネスモデルを検証

精神障害に関する物語アートプロジェクト「100 Papageno Story」を絵本、音楽、絵画とあらゆる表現形式で挑戦していった。アート作品のNFTを販売したり、個展イベントの来場者にNFTを配布したり、ハッカソンに出て物語の二次創作権をクリエイターに販売するNFTマーケットプレイスの開発にも挑戦した。クラウドファンディングも何度も実施してたくさんの方に応援いただいた。どうにかして、ビジネスモデルを確立し、リカバリーを広める精神障害のある方の挑戦を応援する仕組みを作れないかと必死に考え工夫を凝らした。

このタイミングで、2022年10月1日に泰志さんが4人目の仲間としてパパゲーノに入社した。AIESECという海外インターンシップを運営するNPOの後輩で、学生時代に僕の個人的な活動のクラウドファンディングを応援してくれていたのがきっかけで「パパゲーノで働きたい!」と連絡をくれた。物語の二次創作権をクリエイターに販売するNFTマーケットプレイス開発のPdMを任せて共に挑戦していった。


Challenge with NFT

「Story Box」という名前で、投稿した物語(文章)の二次創作権をNFTとして販売できるWEBサービスを開発するハッカソンに出たり、リカバリーの語りをイラストレーターにNFTを通して二次創作権を付与して漫画を共同創造するプロジェクトの実証実験を進めていった。

【5】メンタルヘルスアートNFT事業をピボットすべきか、否か?

メンタルヘルスアートNFT事業は、結果としてビジネスモデルを作り切れず、ピボットを決断。就労継続支援B型(福祉施設)というビジネスモデルに転換することを2022年12月に決断し、そこからは施設立ち上げに全リソースを集中させてきた。

月次の経営会議で「ピボットとしましょう」と決めた時、初めて自分が「代表取締役」でいることが怖いと思った。経営の本質は「約束と実行」だと思う。約束=意思決定。やると決めたことを、やり切ること。約束を果たせないということは、多くの人の期待を裏切ることになる。

本人がどう思っているかはさて置き、メンタルヘルス×アートの可能性にかけてパパゲーノに入社した智美さんや、NFTという技術の革新性でメンタルヘルスの課題を解くために10月に新卒入社したばかりの泰志さんの期待を裏切ることになるし、クラファンなどで応援してくれた方々も多かれ少なかれ次の物語を期待してくれていたと思う。そういう不和を受け止めても余りある未来を描き、決断し、実行し切る勇気が持てるか不安だった。

とはいえ僕にできることは、謝罪し、感謝し、また次の小さな約束をするという小学生でもできる人として当たり前のことだけだった。株主の熊本さんから以下のような励ましの言葉をもらって、ピボットを決断することができた。次は何としてもビジネスモデルを作り切れるまで走ろうと心に誓った。

「ピボット」というのは、方向の軌道修正であって、撤退でもなければ、失敗でもない。むしろパパゲーノにとって前進とも言える意思決定。悔いが残らないよう、撤退基準を設けて企業への営業を限界までやり切って、ピボットの判断しよう。あとはここまで努力してきたチームへの伝え方だけ気をつけて。

今でもパパゲーノに「私の物語をアートにしたい」「絵画作品を見て欲しい」「一緒に二次創作プロジェクトをやりたい」と企画書が送られてきたり、手紙が届いたりする。全部の期待に応えられない心苦しさを感じる度に、もっと強くなろうと思う。

創業から心血注いできた事業をピボットすると決めた僕たちは、パパゲーノという会社の存在意義について立ち返った。「生きててよかった」と誰もが実感できる社会に向けて、「リカバリーの社会実装」を目的にパパゲーノは存在している。リカバリーとは自分らしさを追求する過程のこと。自分の人生を取り戻す挑戦を応援すること。

かけるんさんとの絵本「飛べない鳥のかけるん」の制作、片岡夫婦との絵本「ドーナツのなやみごと」の制作、サムエルさん・庄司さんとの楽曲「05:44」の制作などを通じて、これらの言葉の意義と僕たちにできることを1つずつ確かめていった。

その過程で、「障害福祉」のうち「就労継続支援B型」という制度について知ることになる。かけるんさんやKaedeさんから、制度の課題、支援者の課題など率直な意見を聞いた。障害福祉は市場規模が「2.7兆円」と巨大だ。就労継続支援B型事業所は全国に1.4万事業所もある。生活保護や障害年金を受給しながら就労に向けた一歩を踏み出す機会でもあり、地域で暮らす障害のある方の日中の居場所的な役割も果たしている。しかしながら、IT系の仕事ができる事業所はわずか「3%」しかない。業界全体のDXも遅れている。明らかに何らかの歪みがある。

Big Market, Deep Issue

「僕たちに何かできるかもしれない」「かけるんさんやKaedeさんが求めている就労継続支援B型事業所を作れないか?」と思うようになった。

就労継続支援B型のビジネスモデル

【6】IT系の障害福祉施設を「自社でやる」という不可逆な決断

  • かけるんさんやKaedeさんが求めていたB型を作りたい。

  • テクノロジーの力で、障害のある方がもっと自分らしい挑戦をできる社会に近づけていきたい。

  • リカバリーの考え方を業界全体に広げていきたい。

  • 自社で就労継続支援B型をやるからこそ見えてくる業界のインサイトを掴み、業界全体の課題解決に挑戦していきたい。

  • 当事者と共に、福祉業界のDXやメンタルヘルス市場の新規事業開発を推進したい。

そんな想いで「就労継続支援B型」をパパゲーノでやりたい気持ちが先走っていた。僕たちは精神障害とリカバリーについてのアートプロジェクトとメンタルヘルス産業のDX支援事業を運営していた。僕たちなら「就労継続支援B型」の新しい形を創れるんじゃないか?と淡い期待を抱いていたが、簡単に決断はできなかった。

Irreversible Decision

「SaaSスタートアップ出身なんだから、福祉施設の経営者になるのは勿体無い。施設運営に追われて、やすまささんの強みを殺してしまうと思う」
「福祉施設10箇所くらいでバイトやコンサルをすればSaaSを開発に必要なインサイトは掴めるから、自社で施設を作るのはやめた方がいい」
「3000万円投資するなら、スケールモデルが描ける事業に挑戦した方が合理的」
「現時点でフルリモートの機動力高いチームなのがパパゲーノの強さなのに、オフィスを持ち固定費も増え機動力が落ちるのは危険なのでは?」

起業家仲間からはこんなフィードバックばかりもらっていた。言っていることは至極真っ当だと思う。福祉施設にも何社も訪問に行ってヒアリングしたが、「やめておけ」と言われることが多かった。後から知ったことだが、福祉業界の方は「株式会社」というだけで嫌悪感を抱く人も少なくなく、冷ややかな目で見られやすいらしい。COOの恵人さんも、最後の最後まで「本当に自社でやるべきか?」をチームに問い続けた。

それでもやりたい気持ちが強かったので、パパゲーノが今できる事業戦略の選択肢を11個並べてチームで徹底的にリサーチしていった。

  • パーパスとの整合性が高いか?

  • 今すべきかどうか?(緊急性)

  • 実現可能性が高いか?

  • 短期の収益性が高いか?

  • 3〜5年後の将来性が高いか?

の5つの観点から就労継続支援B型を自社でやる決断の合理性を確かめて、最終的に2022年12月末のミーティングで「パパゲーノとして就労継続支援B型事業所の設立に挑戦する」と決断した。

就労Bをやると決めた際の意思決定マトリクス

何かを「やる」と決めるということは、何かを「やらない」と決めることだ。就労継続支援B型を自社で「やらない」と決めるということは、即ち「約3000万円を別の事業に投資して挑戦できる」ということ。固定費も半分以下くらいに抑えられる無難な道のりだっただろう。一度、福祉施設を開所したらもう後戻りはできない。

2022年12月に「パパゲーノで就労継続支援B型をやる」と決めた後に、「どこで開所するか?」が論点となった。2022年3月に起業してから、僕は家庭の事情で8月に川崎から熊本に引っ越して、熊本と川崎の2拠点生活をしていた。2023年11月に東京に生活拠点を移して今は東京での事業に集中しているが、それまでは行ったり来たりだった。

  • 東京:先進的な自治体、人口の多さ、豊富な人材や企業との連携のしやすさ、1つ目の象徴事例を東京で作れる意味合いがあった。一方で、固定費は膨大で、利益はほぼ出ない。そして指定取得の審査が全国でもぶっちぎりで厳しい。

  • 川崎:「神奈川県立保健福祉大学発ベンチャー」の強みを生かせる。代表の僕の家族が中小企業の経営やケアマネージャーをしている地域でもあり、議員や企業経営者、介護施設との繋がりが活用できる。東京と比較して指定取得の難易度も低い。

  • その他の地方:物件賃料や人件費の固定費をかなり安く抑えられる。一方でローカルルールが強かったり、地域の既存支援機関の影響力が強すぎて新規参入しにくい側面もある。

東京で作るか、川崎で作るか、はたまた熊本で作るのか。最善の決断をするために僕たちがとった行動は「東京、横浜、川崎の全ての自治体の障害福祉課に電話してヒアリングする」ということだった。杉並や川崎など反応の良かった自治体には訪問し地域の詳しい実情と担当者ベースのパパゲーノやIT系の就労継続支援B型への期待をヒアリングしていった。最終的に、圧倒的に担当者の反応が良かった杉並区で開所を決めた。

東京、横浜、川崎の全ての自治体に電話した

自社で福祉施設を運営できるのかとても不安だったので、理想の「就労継続支援B型」のあり方を追い求めて、全国の事業所を見学・取材して回った。

自治体ごとの独自性や担当者による属人性が極めて高い業界で、SaaS/スタートアップバブルの渦中に目立った福祉/介護市場のスタートアップがあまり出てきていないことからも、一筋縄で福祉業界のDXや事業開発が進まないことは自明だ。だからこそ、制度や現場の難しさを五感で理解し、あるべき姿を自ら体現しながら粘り強く理想を広めることが求められている。「現場のリアルな課題に寄り添って顧客に成功を届けるCS」や「リカバリー志向の組織文化」は簡単に真似できない。このチームなら、できると信じていた。

とはいえ「本当にこれで良かったんだろうか?」「このまま指定取得できず、パパゲーノは破産するのではないか?」「自分に福祉施設の経営とSaaS事業の立ち上げを両輪で回す経営力があるだろうか?」と迷っていた。そのタイミングで、株式会社アニスピホールディングスの藤田英明さんとビデオ通話した。色んな噂を耳にしていたので緊張したが、冷静に事業の方向性と経営者としてのあり方に助言いただいた。

「どっちもできると思うし、SaaSだけで変えられるほど福祉は甘い業界じゃない」

と言われた。やっぱり信じた道を正解にしていこうと覚悟を決めることができた。

【7】サービス管理責任者として、想定とは真逆の方を採用

3月に東京都の指定取得についての説明会に参加し、物件探しやサービス管理責任者の採用、事業計画づくり、現預金の資金調達、指定申請書類づくりに動いていった。物件も未定で、東京都から指定も取れるかわからない僕らにとって、サービス管理責任者の採用は困難を極めた。

平均年齢20代の4名のチームで就労継続支援B型の設立に挑んでいた。そのため、「30代くらいで学習意欲・ITスキルの高い人」がチームに合うと考えていた。現実的な話として、給与水準的にも年齢が若めの人しか採用できなさそうという事情もあった。

しかしながら結果は真逆の道を選んだ。「自分たちにないものを持っている人」を仲間にする道を選んだ。就業規則の定年制のルールを書き換えて、福祉分野の大ベテランを採用した。渋谷の勉強カフェという場所に僕らは入り浸って仕事していた。その上のプロントに全員集合し、最終面接をした。精神障害とリカバリーについて議論を重ねて、「この人となら、一緒に良い支援を提供できるようチームで頑張れそうだ」と感じて採用を決め、すぐに内定通知と手紙を書いた。

僕は間違いなく正解だったと思っている。ドラマ「ユニコーンに乗って」を見たことがある人なら、西島秀俊さんが演じた小鳥さんがドリームポニーの成長に不可欠な存在だったことは理解できると思う。まさにそんな感じ。ITスタートアップ出身の若者集団だけでは欠落する視点やバランス感覚がパパゲーノの経営と支援の確度をより高めている実感がある。

Young or Veteran?

これまでスタートアップで色んな人を採用してきたけど、流石に自分の父親より年上の方を採用してチームで働いた経験はなかったので未知だった。チームビルディングは想像の何倍も難しかったが、人間としても、経営者としても、たくさんの気づきを得る機会となった。

【8】現預金が足りず、指定取得できないかもしれない!?

障害福祉施設の設立には、ざっくり「2000〜3000万円」ほどの現預金が必要になる。指定取得前の売上0円の段階で物件の契約と人員の雇用が必要になる。物件の工事など設備面に1000万円に加えて、物件賃料と人件費が運転資金としてしばらく赤字状態が続くため、巨額の資金がないと資金枯渇して倒産を余儀なくされる。

パパゲーノは資本金500万円で創業し、創業融資900万円を借りて1400万円ほどの現預金で経営をスタートした。就労継続支援B型事業所の立ち上げをするには心許ない現金しか持っていなかった。そのため、「1円でも多くの資金を集める。」「1円でもコストを削る。」というシンプルな2つの努力が必要だった。モニター、マウスなどの備品も無償で寄付してもらえるものは人からもらって調達した。

事業計画上は「2950万円」が必要と東京都には提出していた。足りない現預金を、GMOビジネスローンの短期融資で500万円を借入れ、取引先に売掛金の早期回収を依頼して、既払いの設備投資資金を組み込んで、何とか2950万円を超えることができたので書類上の審査に通ることができた。

八幡山のオフィスビル「ルート上高井戸ビル」にするか、郊外の格安な戸建て物件にするか?事業計画上は、明らかに後者の方がいいけれど、、、

物件の賃料だけは高いオフィスビルにするか、安い戸建て物件にするか悩んだ。東京の杉並・世田谷地域でも、福祉施設の要件を満たせる物件は必死に探したら「月30〜40万円」でもなくはないと思う。好立地でオフィスビルだと「月50〜70万円」くらいになってしまう。安い郊外の戸建て物件もあったが、正直アクセスは良くなく「ここで働きたい」と思ってもらえるか微妙なラインだった。年間支出を200〜300万円ほど抑えられて、数字だけ見ると物件賃料は安いに越したことはない状況だった。結果としては日本一大きな精神科病院 松沢病院のある八幡山のルート上高井戸ビルへの入居を決めて、2023年6月1日にオーナーと面談し賃貸借契約を締結した。

物件賃料や人件費は安いに越したことはない。なぜなら、福祉事業は売上の天井が決まっているからだ。また、東京でやっても、地方でやっても、売上があまり変わらないため、地方でやった方が儲けやすい歪な制度でもある。それでも、東京で象徴的な事例を創出することに挑戦したかった

As Much As 1 Yen

当然ながら、現預金はどんどん減っていく。自販機の下に落ちている小銭をかき集めるくらいの覚悟で、資金調達に奔走した。クラウドファンディングにも挑戦し、185名から209.9万円の資金を集めることができた。この資金で、MacBook Airを20台購入することができている。

100ページ以上の事業計画を書き、なんとか2023年9月に東京都より就労継続支援B型「パパゲーノ Work & Recovery」の指定を取得できた。あと1ヶ月、指定が降りるのが遅れていたら、資金枯渇していた可能性が高かった。融資と物件賃料の連帯保証に僕は入っていて、株式会社パパゲーノが倒産したら僕に数千万円の借金だけが残るので本当に夜は眠れない毎日が続いていた。創業以来、この指定取得の前後は僕の弱さが1番顕在化していた時期だったと思う。起業家の友人から「パパゲーノ Work & Recovery」に寄付してもらう椅子や本を運ぶために、週末に車でCOO恵人と2人で率直な近況を語り合った。そこで言いにくいことも真っ直ぐ伝えてくれた。僕は「サビ管はこうあるべき」「職業指導員はこうあるべき」「経営者はこうあるべき」という身勝手なベキ論で人に期待してしまうところがある。それがうまくチームの天井を上げることに寄与すればいいのだが、空回りしてギスギスしがちだった。優秀な人材が集まったチームよりも、人間関係の良いチームの方が問題解決力が高いことは多くの研究が証明している。この日から、自分のスタンスやコミュニケーションスタイルについて定期的に見直すようになった。

無事に開所してからも、目まぐるしい毎日が続いた。利用者さんを集めるために地域と顔の見える関係作りに動いたり、営業事務・ライティング・デザイン・動画編集などの仕事を営業して受注してきたり、GPTs(ChatGPT)を用いた職業指導を実践したり、支援記録の情報共有を円滑化したり、国保連請求事務を効率化したり、ITツールやAIを活用してできそうなことはひたすら挑戦していった。

パパゲーノ Work & Recovery

【9】採用計画外で、6人目の仲間を採用

旅をしていると、予期せぬタイミングで「船に乗りたい」という人が現れる。小さな会社に人を雇えるお金はないので、断る意思決定を日々している。

当時、千葉さんはスマートロックAkerunの会社フォトシンスで営業をしていた。フォトシンスはスタートアップ界隈では知らない人はいない上場企業だ。多くの企業のオフィスで導入されている。

「双極性障害の当事者としての経験も生かして、パパゲーノで働きたい」

そう言ってくれた彼女の想いに応えるべく、事業計画を引き直した。採用計画外で1人増員するということは、船の沈没を早めるということだ。会社の財務情報と資金計画を全て共有していた。彼女の入社で、会社の資金枯渇までのタイムリミットは縮まる。それでも彼女となら共に未来を創れると信じて、内定を出す決断をした。

Unexpected Crew

千葉さんだからできることを考え1人1人の利用者さんのリカバリーと真摯に向き合う姿勢には、いつもハッとさせらる。WRAPを取り入れたり、SSTを初めてやってみることもできた。彼女の参画で、事業所のオペレーション標準化、暗黙知の形式知化も一気に進んだ。

DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)という言葉も浸透しているが、実際のところ障害のある方と共に働くには標準化された枠にはめ込むのではなく、枠を外し個別化して考える必要がある。パパゲーノのように小さな会社にとっては「そんな余裕ない」となりがちである。それに加えて、残念ながら杓子定規に最大公約数的なルールで運用されている現行の福祉制度事業で障害当事者が働くことはアンマッチな部分も少なくない。例えば、営業のような成果ベースの仕事なら勤怠が不安定だったりリモートでもやりやすいが、福祉制度事業は毎日しっかり定時に出社することが求められたりするので毎日通勤できる人しか働きにくい労働環境になりやすい。

そういう「最適」とは言えない環境下で、体調が不安定になる時期があっても、自分の役割を見つけできることに1つずつ挑戦できるチームを作っていくのが経営者でありソーシャルワーカーでもある自分の仕事だと思う。それは、利用者さんに対しても、スタッフに対しても、変わらない。関わる全ての人のリカバリーを応援すると決めたから、自分にできることは何でも行動に移していきたい。

【10】音声解析AIアプリ「AI支援さん」の開発

パパゲーノの役割は、東京で最先端のテクノロジーを活用した福祉施設を運営することで、障害のある方の挑戦機会を創出し、それを全国に広めることだ。これまで、産業保健、介護、就労移行、生活困窮者支援事業など多様な支援現場のDXプロジェクトを推進してきた。そして今、僕たちは就労継続支援B型を自社で運営し、痛いほどに支援現場の難しさを体感している。だからこそ、支援者がより良い仕事をしていくための支援にも尽力していくことが僕たちの果たすべき役割だと思っている。

その第一弾として、複数の福祉施設でマーケティングやDXのコンサルティング、第二弾として、「AI支援さん」という音声解析AIを用いた面談や会議の記録アプリを開発した。ノウビー(リクルート)、LITALICO、ほのぼのmoreなど業界大手の二番煎じでは資金力で勝てないのは自明。「スタートアップだから挑戦する意義がある課題や切り口は何か?」を、自社で就労継続支援B型を運営しながら考えていった結論が「音」によるDXだった。OpenAI社のWhisperとGPT4を使って、3社の支援現場で実証実験をしている。

PTSD以外の精神疾患の治療では症状に焦点を当てていて、本人のナラティブなエピソードはあまり土台になってない。福祉現場の面談音声をテキスト化して、本人に最適な支援方針を提案するAIを開発したり、連携のインフラを創ることが求められているんじゃないか。

第三弾として、福祉業界全体のITスキル向上や実務ノウハウの横展開を目指して福祉DX専門メディア「AI福祉研究所」をもうすぐリリースする。福祉施設にいる障がいのある方や福祉施設の運営会社は無償で使えるeラーニング教材も提供していきたい。

Inclusive Innovation

2年間パパゲーノが存続できたのは、再現できない奇跡の連続の結果だった。本当にたくさんの人に支えられ、今がある。これからも、色んな人からの応援を糧に、インクルーシブなチームでリカバリーの旅を続けていきたい。

ざっくり業績と組織体制の振り返り

端的で恐縮だが、株式会社パパゲーノの業績と組織の動きを定量的にざっくりまとめる。詳細を知りたい方は、気軽に直接聞いてほしい。

【1期目】物語NFTからのピボットを決断

1500万円使って1800万円の売上を立て75万円納税した1年だった。メンタルヘルス産業のDX支援案件で売上を立てながら、アートNFT事業を立ち上げていった。「役員2名+社員2名」のフルリモート体制だった。結果、ビジネスモデルを作りきれずにピボットし、就労継続支援B型事業所を自社で立ち上げる決断をした。詳細は以下のnoteにまとめている。

【2期目】就労Bを立ち上げ、AI支援さんを開発

5000万円使って4000万円の売上を立てた1年だった。赤字決算になる予定。東京都より「就労継続支援B型」の指定を2023年9月1日に取得し、パパゲーノ Work & Recoveryを八幡山で開所した。約1000万円はパソコン購入やオフィス工事など設備投資に使った。

代表の僕が家庭の事情で熊本県に住んでいたが、福祉施設設立を機に全国からチーム全員が東京に集結。2023年8月に八幡山でオフィスを借りて固定費がかなり増えた。「役員2名+社員2名」の体制から、新たに「2名」社員を採用し、精神障害・発達障害等のあるメンバーさん「約20名」も加わり、ChatGPT等を活用した企業のDX支援や創作活動に挑戦している。業務委託でもエンジニアさん、デザイナーさんなど色んな方に力を借りた。

リカバリーの社会実装に向けた戦略PR

リカバリーを社会に広めていくことは、会社の広報戦略でもあり、会社のパーパスそのものでもある。そのため、戦略PRに力を入れている。メンタルヘルス、障害福祉、リカバリー、自殺予防などについて取材や講演、対談依頼が来たら、基本は無報酬でも受けるようにしている。

【1】100 Papageno Story

メンタルヘルスアートNFT事業としてビジネスモデルを確立することは諦めたものの、会社の広報施策の一環と就労継続支援B型の生産活動の一部として「100 Papageno Story」を位置付け、細々とではあるが継続している。

【2】学会登壇・講演

株式会社パパゲーノは神奈川県保健福祉大学発ベンチャーで、代表の僕が公衆衛生学の修士号を持っていることも特徴の1つ。現時点で、日本自殺予防学会、日本産業保健法学会、日本産業精神保健学会、日本ソーシャルイノベーション学会などで登壇機会をいただくことができている。また、フジテレビの社内研修も担当させていただいた。今後も、現場の実践報告をアカデミックな世界やパブリックな世界に形式知化して共有できるよう尽力していきたい。

【3】映画上映会(オキナワへいこう/人生、ここにあり!)

トミーズアクションクラブという任意団体の資金調達面を株式会社パパゲーノで担当している。メンタルヘルスに関する映画上映権を取得して、医療・障害福祉施設を中心に、全国で映画上映会を開催。メンタルヘルスについて考えるきっかけを広めていくことを目指している。

トミーアクションクラブ関連のみなさまとの懇親会

【4】メンタルヘルス・アイデアソン2023

2023年12月2日 (土) に、パパゲーノ Work & Recovery(ワーク・アンド・リカバリー)オフィスにてAIの力でメンタルヘルスの課題を解決するアイデアを考えるワークショップ「メンタルヘルス・アイデアソン2023」を開催。支援職、エンジニア、起業家、障害当事者が集い、AIで福祉の未来をどう創れるかを議論した。

【5】フジテレビ、産経新聞、新R25などにメディア露出

NHK NEWSおはよう日本でパパゲーノの活動を取り上げてもらえたり、フジテレビで絵本「飛べない鳥のかけるん」が朗読されたり、パパゲーノ Work & Recoveryの開所について東京新聞で掲載されたりと、創業から2年で多くのマスメディアに露出することができた。引き続きニュースを作り、リカバリーを広めることには貢献していきたい。

3期目に向けて悩んでいる論点

次の1〜2年、リカバリーの旅をどこへ進めていくか悩んでいる論点が6つある。率直に今考えていることをまとめる。

パパゲーノ Work & Recoveryの良いところと改善点と利用者さんと議論した時のホワイトボード

【論点1】精神障害・発達障害のある方に、どんな仕事をしてもらうか?クラウドワークス単価安すぎ問題。

就労継続支援B型は、障害のある方のうち、働くことが困難な方が仕事をする場所だ。「働くことが困難な人が働く場所」という一見矛盾したような位置付けである。具体的には、生活保護・障害年金を受給して暮らしている方がほとんどで、先日まで入院していた方、家に引きこもっていた方、午前中はほとんど起きられない方、デイケアに通所している方など。1人1人がそれぞれの生きづらさと希望を抱いている。得意なことと、苦手なことがある。

活躍できるIT系の仕事を担っていただく上で、どんな仕事を任せるべきか、日々試行錯誤している。会社経営というのは常に「発散」と「収束」の繰り返し。最初はとにかく有象無象、知り合いやクラウドワークス等から受注できる案件をかき集めて実践してきた。中には何十時間も工数をかけたが数百円の売上にしかならない不採算な案件もあって、何に集中していくべきかを見直した。最初は低単価の案件ばかりになりそうで心配だったが、幸い、今では多くの企業から一定量の型化した仕事を受託できていて何とかなっている。ChatGPTで記事を書いたり、GASを書いたり、世田谷線の電車広告やeラーニング資料をデザインしたり、TikTokのショート動画の編集をしたり、多様な仕事に挑戦いただいている。納期がゆるいもの、作業したらした分だけ成功報酬をいただけるもの、パパゲーノ社内のタスクで失敗しても練習材料としてやりやすい作業などで全体のバランスをとりながら生産管理をしている。

「就労継続支援B型の生産活動をどうするか?」「どうやって工賃を上げるか?」は業界全体の最も深刻な課題なので、パパゲーノとしても汎用的に活用できそうな成功モデルを作りきり業界全体へ広げていきたい想いである。現時点では僕らの仕組みは道半ば。3期目にやり切りたい。

【論点2】就労「以外」の支援として、何をどこまでやるべきか?

「就労継続支援B型の限界はどこか?」「僕らの支援の限界はどこなのか?」ということを常に考えている。ここまでやればOKという基準はない。際限なく、やろうと思えば何でもできてしまう。何でもかんでも手厚くやることが良い支援ではない。支援への依存度を高めることは、もはや支援者のエゴでしかなく支援とは呼べない。介入は慎重にしなければならない。

仕事面の支援というのはとてもわかりやすい。得意な仕事が何かやってみればすぐにわかる。できない部分を何とかする仕組みや対応を個別に考えて、できるようにすれば良い。もちろん一筋縄では行かないがゴールが明確である。

一方で、仕事以外の面の支援はゴールも正解もなく、どこまで介入するべきかの判断が難しい。就労継続支援B型は、良くも悪くも懐が深く障害の程度も様々な方がいるが、できることを尽くす他ない。自分たちの無力さを自覚し、できる最大限のことをする。自らの無能さを知らない人間に、支援なんてできないのだと思い知らされる。

【論点3】週に1〜2日しか勤務が困難な方に、企業で就職できる機会をどう作るか?

就労継続支援B型をやっていて「やっぱりIPSは大切だが、実際に企業で内定を取るのは極めて難易度が高い」という壁にぶつかっている。作業能力は高く、僕よりも早いスピードで事務作業する方も、ChatGPTをうまく使いこなしている方も、GASやPythonを意欲的に学習している方もいる。しかしながら、週2〜3日・半日ずつなどで働くのがいっぱいいっぱいという方が多い。安定して週5日通勤できる人はほぼいない。

企業には障害者雇用の義務が課せられている。労働時間が短くてもその人数にカウントできるよう法改正されている。しかし、「週40時間働ける方を1人採用する」のと「週10時間働ける方を4人採用する」のを比較すると、後者は障害者雇用を担当する人事や現場の上長の管理コストが4倍以上かかる。極めて非合理的だ。誰かが意図的に何かを起こさない限り超短時間の障害者雇用が自然に広まることはないだろうと思う。

そのため、企業が就労継続支援B型と提携することで、複数人の超短時間雇用をインターンのような形で取り入れ「徐々に労働時間を増やす」or「継続的に超短時間雇用」をできる仕組みを実現できないかと考えている。これは突拍子もない僕のアイデアという訳ではなく、国としても就労継続支援B型に期待している役割だと制度改正の方向性から容易に推察できる。障害者雇用に対して前向きに取り組みたい企業と提携して実証していきたい。

【論点4】どうやって足元の現預金を増やすか?今の現金で足りるのか?

パパゲーノの現預金は創業融資の着金以来、2024年2月に初めて1000万円を下回った。3月末時点で800万円ほどになる。月の赤字は約150万円。単純計算で、あと「5ヶ月」ぼーっとしているとパパゲーノという会社は終わる。就労継続支援B型の売上として「訓練等給付」という給付が徐々に増えてきている。ただし着金は2ヶ月遅れ。そのため資金繰りは逼迫しやすい。資金計画の想定範囲内で推移はしているが、予断は許されない。

「堅実なシナリオ」「ワーストシナリオ」「理想的なシナリオ」の3パターン事業計画/資金計画を敷いて、問題ない水準になるよう尽力している。

  • 東京都創業助成金300万円が6月頃着金を予定

  • ものづくり補助金200万円が6〜8月頃着金予定

  • キャリアアップ助成金が順次着金予定(社員1名あたり57万円)

  • 2月決算後に4月頃、みずほ銀行様より1000〜1500万円(500万円の借り換え含む)を信用保証協会の保証付融資で狙う交渉を担当者と相談済

  • 資金枯渇の危険性が極めて高い場合、救済的にエンジェル投資家様、VC様複数名と状況次第で出資検討いただく相談済

  • 1,2ヶ月の資金ショートが見込まれる場合、役員借入金、役員報酬の支払い差し止め、訓練等給付等を担保としたファクタリング、短期融資などで対応する想定

  • AI支援さんの「PMF検証」に注力し「お金さえあればスケールできる」兆しが見えたらJ-KISSで2〜3億円のキャップで2000〜3000万円の資金調達をすることも視野に入れる

足元の現預金を増やす1番シンプルな方法は、仕事して売上を立てることだ。僕自身も、そこまで開発スキルは高くなかったけれど、bubbleを使ったノーコードでのアプリケーション開発やWordPressでのWEB制作を学習し、なるべく自力でもデリバリーできるようにしてDX案件の売上を1円でも多く立てる努力をしてきた。引き続きその努力やワーストシナリオへのリスクヘッジはした上で、3期目も攻めの投資を止めず挑み続けたい。

【論点5】株式での資金調達をするべきか?自己資金と融資で走り続けるべきか?

資金枯渇へのリスクヘッジとしてのエンジェルラウンドを挟むことも視野に入れつつ、ポジティブな事業を非連続成長させるための資金調達や資本業務提携も同時並行で交渉を進めてきた。どこまで本気かはさて置き、口頭ベースでは「パパゲーノにぜひ出資しさせてほしい!」と言ってくれる方も何人かお会いすることができた。

資本政策は本当に後戻りができない重要な意思決定である。VCからの調達は、最低でも時価総額を10倍水準にしてのM&Aもしくは(スモールIPOだとしても)IPOを目指すことが求められる。実現できるかはさておいて、でかい市場に挑み、投資家に株の売却機会を創りリターンを返す覚悟のない人間に出資を受ける資格はない。SaaSスタートアップバブルの崩壊や、IPO後に四半期決算開示により短期の売上目標達成に追われる様を経験している自分にとっては、自分がやりたいことと、時価総額を短期で高め巨額の資金調達をしながら挑む手段がマッチしているのかはまだ確信が持てていない。かといって、「自己資金+融資」でゆるゆると自分のペースで挑戦している現状が本当にいいのか?と悩む部分もある。しょうもないことだが、同期の起業家が何億円も資金調達してどんどん社会を変えていくのを目にする度に無駄に焦る。

メンタルヘルス市場で株式調達をしていたスタートアップとしては、ピアサポートの「mentally」さんとオンラインカウンセリングの「Unlace」さんが資金枯渇でサービス終了したのが記憶に新しい。この市場にエクイティモデルは難しいのかと思わずにはいられなかった。

  • そもそも何を目的に起業したのか?

  • 起業家として、今後いくらお金が必要な挑戦をしたいのか?

  • 起業家として、どんな生き方がしたいのか?

といった、人生観も問われる。経営チームで継続して議論し続けている。

【論点6】福祉市場で闘うべきか、ビジネスの世界で闘うべきか?

最後に、ものすごく悩んでいることが1つある。それは「障害福祉市場で闘うのか、全く別のビジネスの世界で闘うのか」ということ。

障害福祉は市場規模こそ2.7兆円と大きいが、そこから予算を取ってくることが実は非常に難しい。介護福祉系の制度事業者で、月のマーケティング予算が100万円捻出できる事業所は日本中どこを探しても存在しない。ところが、マーケティングに月100万円以上投資している企業は日本中にたくさんある。理由はシンプルだ。新規顧客を獲得できれば、売上が青天井に上がるビジネスモデルをしていれば、マーケティング予算も青天井に使う経済合理性が成立するからだ。介護福祉施設は売上の天井が決まっているので、マーケティング予算は限りなく小さくなる。

今後の僕たちのスケールモデルの描き方として以下のような選択肢がある。

  1. パパゲーノ Work & Recovery(就労継続支援B型)の施設数を直営/FCいずれかで増やしていく。

  2. AI支援さん(支援現場向けSaaS)やDX支援の導入企業数を指数関数的に増やしていく。

  3. 全く異なる市場で新たなビジネスを作りスケールさせていく。

①②は現在のパパゲーノの延長線上にある。パパゲーノ Work & Recovery(就労継続支援B型)を利用したいという問い合わせは毎月15名ほどから来ているが、1施設の定員は20名である。満席になったら、近くに2施設目を展開するというのは介護福祉施設の経営ではよくされることである。AI支援さんについても、PMFまでの道のりは険しいかもしれないが杉並区や地域の施設が非常に興味を示してくれていて、福祉施設を自社でやっているからこそ業界のネットワークを生かして広めていくことはできそうである。

しかしながら、この2つは「福祉の世界に閉じたビジネスモデル」になってしまう。少し複雑だが下記のビジネスモデルを作ろうとしている。「本当にこれでいいのか?」と最近悩んでいる。

1年後に創るビジネスモデル

「障害当事者が障害福祉業界のDXを牽引する」と言えば聞こえは良いが、このモデルが本当にスケールしてしまうと、ある意味、障害のある方を障害福祉の世界に閉じ込める枠組みになりかねない懸念がある。福祉をもっとガラパゴスにしてしまうかもしれない。

例えば、企業のマーケティング支援の市場から予算を取ってきて、障害のある方の収入として還元できる座組みを作り切ることの方が本質的なのかもしれないと感じている。正解があるわけではないが、経営陣で継続議論していきたい。

起業家としての学び

2年間も会社を経営していると、不器用なりに色々な経験をするので少しずつ自分らしい経営スタイルが見えてくる。いくつか学びを言語化しておく。

体力が最大の武器

創業間もない会社にとって最大のリスクは、代表が身体的・心理的に死ぬこと。健康は最も重要な資産であることを忘れてはいけない。創業2期目の前半は資金が底を尽きる危険と常に隣り合わせだったので、眠れない日が多く深夜3時頃まで仕事することが多かった。妻と別居して1人だったので生活リズムが乱れやすかったのもある。常に睡眠不足で周りにもネガティブな影響ばかり与えていた。ちなみに僕は睡眠薬を買うと、飲まなくても「プラシーボ効果」で眠れてしまう簡単に騙せる脳の持ち主なので、飲まないけど枕元に睡眠薬を置いておくことで大体眠れていた。

起業というのは寝る間も惜しんでHPを削って闘うゲームではない。HP最大に回復し続けられる仕組みを整えて、挑戦し続けるゲームだと思う。体力、すなわち健康と現預金や財務基盤が最大の武器になる。なるべく1日8時間睡眠、断酒、運動を心掛けている。そして現預金を1円でも多く残せるよう力を尽くす。

KPIは常に「1」で良い

自分が思っているより、自分は不器用だった。功利主義とか効率で割り切ってビジネスをスケールさせるような器はなく、日々色々悩んでばかり。「あの時、この人を採用して本当に幸せにできたんだろうか」とか、「この投資判断は良かったんだろうか」とか、「不採算だけどやりたいからやってる仕事をシビアに切るべきなんじゃないか」とか、「社長が現場立ち過ぎなんじゃないか」とか。まぁ、でも仕方ない。そういう人間なのだから。

目の前にいるたった1人のリカバリーのために心を尽くすこと。僕にとっては、それ以外のことはあんまり大事じゃないと気づいた。「売上を2倍成長させました」とか、「業務工数を10人月削減しました」とか、あんまり興味ない。それに、ビジネスの結果も、結局は小さな「1」を積み重ねた先にしかない。KPIは常に「1」で良い。「1」にこだわれる人間でありたい。

とかいいつつ、1年後の自分がエクイティ調達してゴリゴリ数字追ってる未来も想像できなくはないし、それはそれで不可逆な決断をしたら進むのみ。

経営と執行は分離する

正直、僕は経営者らしいことにあんまり時間を使ってない。超プレイヤー。事業を立ち上げるフェーズはそれで良いんだと思う。ただし、「経営」と「執行」は分離して考える視点を忘れてはいけない。月に1回は株主の視点で会社の経営指標をドライに見つめ直す。パパゲーノの場合、外部株主として熊本さんが経営顧問に入っているのが大きい。僕はアポなしの電話が1番苦手なんだけど、なぜか彼は大学1年の時から絶妙なタイミングで電話してくる。良き友人として、心理的・内省的・情報的な支援をしてくれる。

ちなみに、リーダーに求められるのは「撤退の決断をすること」だと思う。Appleが自動運転車の開発を撤退したように、何かに投資するということは、何かに投資しないことを決めている。

シマウマ(ゼブラ)でありたい

僕らはリカバリーを社会実装し、「生きててよかった」と誰もが実感できる社会を実現することを目指している。これを言うと僕はスタートアップ経営者失格かもしれないけれど、IPOにも、指数関数的成長曲線(いわゆるJカーブ)にも、財務指標にも、あまり興味ない。役員報酬も生活保護と同じくらいの手取りがあれば充分すぎる。年商◯億円とか、IPOとかは手段と結果であって、それ自体を目的に僕は僕の心を着火できない。

  • メンタルヘルス市場で自分たちができる最大限の貢献をする。

  • 僕たちだからできそうな「心から意義あると思えること」に挑戦する。

そういうことを、応援してくれる人と一緒にやっていきたい。企業利益だけを追求するユニコーンではなく、「企業利益」と「社会貢献」を共存させるシマウマでありたい。

ゼブラ企業(Zebras)とは、「サステナビリティ」を重視し、「共存性」を価値とするスタートアップのことをいう。「企業利益」と「社会貢献」という相反する2つを両立することから白黒模様の「ゼブラ(シマウマ)」にたとえられている。

ゼブラ企業とは・意味| IDEAS FOR GOOD

「ゼブラ企業」「パーパス経営」「プロセスエコノミー」についてひたすら勉強しながらパパゲーノを経営している。応援いただいているコミュニティがパパゲーノの強さだなと思う。

最大の資産=パパゲーノを応援するコミュニティ

自分にとってのリカバリーを探す

2年間、文字通り人生をかけてパパゲーノという旅を始めた。だいぶ疲れたし大変だったけど「案外悪くないじゃん」と思える旅をしていると思う。ありがたいことに、パパゲーノに対して「応援している!」「仕事を発注したい!」「働きたい!」「出資したい!」というご相談もいただけるようになってきた。

人生に同じ瞬間は二度とやってこない。ぼーっと生きていても、日々僕たちは「後戻りができない意思決定」を繰り返している。不可逆な決断から、人間は逃げたい生き物である。約束しなければ、裏切る決断もしないで済む。挑戦しなければ、失敗もしない。それ故に、挑戦も挫折も尊いものなのだろう。だからこそ、不可逆な決断に怯える自分を許し、必要な決断をする勇気を持ち続けたい。

それと、この2年を振り返ると、しんどい局面も周りに誰かがいて、「人からもらった言葉」で心を奮い立たせて、不完全でも前に進むことができたと思う。いつか僕も、誰かにとってそんな「言葉」を届けられる人になりたい。

3期目の株式会社パパゲーノの経営は僕自身にとってのリカバリーを探す旅にもなる。リカバリーの旅はいつでも今日がスタートライン。周囲への感謝を言葉にすることを忘れずに、これからも自分らしい挑戦を進めていきたい。

おすすめの本
社会を変えるスタートアップ~「就労困難者ゼロ社会」の実現
IPS援助付き雇用: 精神障害者の「仕事がある人生」のサポート
ChatGPT時代の文系AI人材になる
起業3年目までの教科書 はじめてのキャッシュエンジン経営
パーパス 「意義化」する経済とその先

(※上記のURLから購入すると数百円僕に紹介料が入るので、ご興味あったらこちらから買ってもらえると少し嬉しいです!)

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