見出し画像

「サイバーエージェントの固定残業代80時間問題」と「割増賃金率の目的」について

インターネット広告大手のサイバーエージェントが、2023年春の新卒入社の初任給を42万円に引き上げるとのことです。(日本経済新聞2022年7月26日)

大きな話題となったのは初任時42万円という金額ではなく、この月額に「時間外労働80時間/月、深夜割増46時間/月」の固定残業代が組み込まれており、「基本給25万円+固定残業代17万円」に分解される点です。
ネット上では「法的に有効か、無効か?」を中心に議論が為されているように見えますが、少し視点を変えてこの問題を考えてみたいと思います。

そもそも法定時間を超える労働時間になぜ『割増率』が発生するのでしょうか?

1日8時間を超えて働くと労働能力が25%UPするはずもなく、使用者に人件費負担のペナルティを課すことで長時間労働の抑止効果(労働者への安全配慮)に期待していることは明らかでしょう。
割増賃金率は労働時間規制と直に関係していることからも最低賃金の引き上げのように労働者の所得向上に期待している訳ではないはずです。

これは深夜割増も同じで、深夜業(午後10時から午前5時)を1週に1回又は1か月に4回以上行う労働者には6か月以内ごとに1回(通常は1年以内ごとに1回)の健康診断を受けさせる事が使用者に課せられていることからも、深夜時間帯に及ぶような長時間労働を労働者の安全配慮面から抑止したいのでしょう。

例えば、時間外労働の上限規制の原則である月45時間に固定残業代の設定時間数を合わせていた場合、やむなく月45時間を超えることとなった月(例外的に労働者代表と特別条項を締結することで年6か月まで可能)については超過残業代を別途支払わなければならない訳ですから、時間外労働を0時間に近づける効果には期待できなくとも、「月45時間迄」を守るための抑止力には期待できるはずです。(但し、45時間分は支払っているのだから月45時間迄は残業させようという安全配慮上は好ましくないチカラが生じる可能性は否定できない)

更に、給与計算の作業負担を回避するために、給与計算部門からの「45時間を超えないように」との牽制効果にも期待できるはずです。

一方、月80時間を設定時間数とした場合、特別条項を適用した場合の労働時間の上限は「年720時間以内、複数月平均80時間以内、単月100時間未満」ですから、単月で80時間を超えて100時間未満となる労働時間部分にしか抑止力は働かない事になりますし、仮に特別条項の月の上限を80時間と労使で取り決めた場合には、36協定違反(特別条項違反)の抑止効果しか期待できず、割増賃金率による長時間労働の抑制効果としては事実上、全く期待できない事になってしまいます。

以上から、法的に有効か無効かという論点よりも、割増賃金制度の主たる目的であるはずの「長時間労働の抑止効果」を事実上無力化させてしまう「月80時間の固定残業代制」は労働者への安全配慮上、果たしていかがなものかというのが重要な論点であり、仮にサイバーエージェントが健康管理上の別の措置を充実させることで労働者の安全配慮を他社と遜色なく維持できるのであれば、長時間労働の抑止において一律に賃金を割り増すことは働き方が多様化した現代においてもはやそれほど重要な手段ではなく、法規制においても多様性が求められるという見方もできるかもしれません。

〔三浦 裕樹〕

Ⓒ Yodogawa Labor Management Society



社会保険労務士法人 淀川労務協会




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?