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ゆらぎをとらえる -エスノグラフィー-

日経新聞を開くと、連日食品値上げが報道されていますね。
記事内容は「原材料が高騰しているので、これからもますます値上げします」とほぼ同一。つまり、これらのコストは消費者に転嫁とほぼ同一見解を論じています。

これは、米国の経営学者であるマイケル・ポーターの古典的な「競争戦略論」で唱えられている"顧客価値を高める(差別化戦略)かコストを徹底的に下げるか"の二者択一であること以前の問題のように感じます。

また私が気になっているのは日経新聞が、あたかも"食品値上げが当然である"という前提で報道を重ね過ぎていないか、という点です。遠慮せずに申し上げるとプロパガンダかのような印象を受けます。

日経記事から

食品の6割 値上がり うち半数で販売額減(店頭主要品目)
割安PBに消費シフトも

(7月6日 日経新聞一面)

この記事内で紹介されている大手メーカーのコメントは「メーカーだけで吸収できる水準ではなく、小売も消費者に転嫁せざるを得ない」等、値上げ対応が、当たり前に消費者への買い控えを招いていると分析されていました。原材料が高いと値上げをし、さらに容量を減らした結果、来店客の販売金額を減らす。さらに結果としてPB(プライベートブランド)が、NB(ナショナルブランド)より数量や金額を伸ばしているとコメントがされています。

価格転嫁「不十分」8割  景況感 4四半期ぶり改善
 減量高、先行きに影

(7月8日日経新聞)

キューピー、純利益8%減 
ドレッシング値上げ苦戦(12〜5月)

(7月8日日経新聞)

6月27日の本紙月曜経済観測では、国分グループ本社社長国分晃氏が、次のように論じていました。

 月曜経済観測- 値上げへの生活者の反応  支出増の痛み、秋に実感

-日本の物価水準はどうだったのでしょうか
「値上げしても販売数量が変わらず、売上高が増えていることを見ると、やはり『安すぎた』のではないか。安くしようと、『頑張りすぎていた』気がする。ステレス値上げした商品は瞬間的に成功しても、長期的な勝者にはなれない」

(6月27日 日経新聞「月曜経済観測」)

皆さんはこれらの記事を読んでどのように感じるでしょうか。そしてどのように対応していこうと考えますか?

原材料が高くなると値上げしか道はないのか?

ここまで記事から明白なのは、昨今の原材料高騰によるメーカー対応のフローとしては「原材料が高くなる→6割以上の企業が値上げ(→しかしながらそのうち半数は販売金額減る)」が、一般化しているということです。

さらに色々調べてみると食品メーカー・小売り業の施策は今後以下の3つに分類されそうです。
①今年後半に、再び値上げを検討するメーカーが8割超え
②ステルス値上げ(容量を減らして価格を維持)を検討する
③経費節減(包装変え物流改善、共同配送)を実施する

この対応施策に加えて、第4施策は検討できないかと私は考えます。
もちろんその為には自社変革が必要かつ大前提になりますが、大企業が得意としてきた"規模と範囲の経済"に加えて、スタートアップや中小企業の得意とする"スキルとスピードの経済"を盛り込んでいく。この二軸を持つことによって新しい選択枠を得ることができるのではないかと思うためです。

では改めて、企業がこの時代にいかに変革すべきか、顧客・生活者に人間の根源を考える提案はないものかを考えてみたいと思います。

負ける建築:隈研吾の論の活用

隈研吾氏の建築は"負ける建築"を指針とされ上の世代の建築家たちのより高いビル、より目立つ建物を造って「勝とう」という意識を批判しようと思ったと話されています。偉そうであることを否定するスタンスが"負ける建築"という言葉集約されているのではないかと思います。

7月6日の朝日新聞で「政治はまさに偉そうなシステムの根幹です」と隈研吾氏は言及されていましたが、この"政治"を"経営とかマーケティング"に置き換えてみたらどうでしょうか。「勝とう」とせず、受け入れ祈り合う為に行ってきた実践の中にと考える。なかなか難しいことではありますが、考えてみる価値はありそうです。

生活者の現場へ直接足を運び、眼と耳を使って、市民の生き方をみることで体得できる商品を見つけること。皆さんの中にはそんなことやっているよ、という方が多いと思いますが、実際にご自身が足を運んでいるかとなるといかがでしょう?リサーチ部門から上がってくるレポートや数値から判断していることも多くありませんか?ここでは"眼と耳を使って"が敢えて重要であることを忘れていただきたくないな、と思っています。

これら結果として私は、現在の生活者の細かな変化の兆しを見ることなく一律に値上げをするのではない、例えばデジタルを活用したサービスなどとの提案があるのではないかと考えます。

フラジャイルー弱さからの出発

次に、松岡正剛氏の独自の哲学・思考法をマーケティングに転換して考えてみます。

フラジャイルとは、"弱さ、弱者、些少感のある異端、辺境のユーザー"のことを指します。マスマーケットだけで対応考えるのではなく、これらユーザーに目を向ける。つまりn=多数ではなくn=1でどこまで考え抜くことができるかが次なるヒントになるのではないでしょうか。

エスノグラフィー

リサーチ手法の一つとして知られる"エスノグラフィー"は、エクストリームユーザー(統計的には正規分布のマジョリティではなく、マイノリティといわれる端の存在ながら、問題意識が高く未来の市場を創造する力のある潜在顧客層)の価値観を捉えることから始めます。

もともとエスノグラフィー、社会学や文化人類学などの領域で用いられていた調査手法で、特定の文化や民族を研究する場面などで活用されてきました。言葉の語源は、ギリシア語の「ethnos」(民族)と「graphein」(記述する)の組み合わせです。
民族のコミュニティの内部に直接入り込み、生活様式や行動、風習などあらゆる観点から観察を行う。そこで、狩猟採集・農耕牧畜の方法や、食事の方法、儀式などを具体的に観察・記録していくのです。

そしてこれがビジネスにも活用できるということで、言葉にできる(形式知)ものだけではなく、言語化されない(暗黙知)データを入手できると活用されてきたという経緯があります。

イノベーションは、n=1から始まってゆらぎからスタートします。そしてn=∞のスケールアップにつなげていくこと可能性があると私は信じます。

参考:チームラボ

建築業界では「ウィーク・ソート(weak thought)」という概念で、磯崎新氏が注目した概念があります。建築家が勝手気ままに自分のデザイン思想で建物を建てるのではなく、その場所に潜む"文化の記憶と人間の経験などを丁寧に扱おう"とをする考え方に類似しています。

この考え方は古く付き合いのあるチームラボの猪子寿之氏が言及する「ボーダレスの世界を作り出すアートの創造力、世界と人間の関係を表現した立体アートを提示しながら脳に刺激を与えていく」という、猪子流に言えば海馬に刺激を与えて、脳の空間把握能力をアップさせることが必要なことに繋がっているでしょう(以下、最近の彼のインタビュー番組:配信期間未定)。

参考2:ゆらぎ>宮本武蔵

もう一つ。東京大学名誉教授清水博氏の"バイオホロニクス理論"です。清水氏は"ゆらぎ"に着目しています。

宮本武蔵が直裁的な刀剣に対して、相手を働かせてその働きに合わせて勝つ柳生新陰流の活人剣は、複雑で頼りげに感じられる。たとえどんな相手がどのような刀法できても、常に勝利を掴むことができる普遍的必殺技の発見である。相手を働かせて、その働きにしたがって勝つ活人剣の原理です。

"ゆらぎ"は個が情報を自由に選択し、それをもとに全体が自律的に形成されていく。逆に全体が個に影響を与えるという考え方なのです。

まとめの代わりに

先にもお伝えしましたが、今回の食品値上げ対応には、人や組織(企業)にとって覚悟が求められているというのは過言ではありません。価格アップだけの対応は一過性のものであって(しかも想定以上に効果は認められない)、組織全体での企業の未来像を描きながら、対応する大きな転換期に来ていると判断して良いでしょう。

DXのまさにXのトランスフォーメーションを設定し、自社変革を引き起こした企業にならなければならないと考えていく。それはもしかしたら、自社だけでなく、外部機関や企業との接続によるエコシステム変革に繋がっていく道標になるはずです。結果として、事業モデルも変更されマネタイズも変更されていった時、4番目の選択枠を実感できると思わざるを得ません。

(完)