野原小麦
あぶくっこ の吐き出す あぶくだま
妖怪をテーマに詩を書きます。
世紀末、過ぎし日の妖怪日和。
思い出に生きる「思い出の民」、刹那刹那を生きる「せつなびと」。彼らは同じ世界に共存している。
私が見つけて、私が名づけた、私だけが知っている、私だけの勝手気儘なおばけたち。私が名前をつけたけど、すべてを好きなわけじゃない。
タケトの誕生日にハムスターをプレゼントしようということになった。 発案者の橘と一緒に熱帯魚専門店に向かう。 ハムスターが、なぜ、熱帯魚専門店にいるのだろう…
先に店を出ていく橘をぼんやり見送ってしまった。 テーブルの上に伝票がある。 気の抜けたティーソーダ。 幸せなうちに飲んでしまえばよかった。 橘のジンジャ…
「そんな顔をされると傷つく」 機嫌をとらなければいけないような気分にさせられる。 こんな風に主導権を握られるのは癪だよ。 そういって、橘はジンジャーエールを…
たとえば、どんな場面で橘が由里さんに主導権を握られているのか。 特に浮かんではこないけれど、橘自身は、なんとなく、いつも主導権を握られてしまっているような気…
「あなたは、由里さんに主導権を握られていませんよね」 まじめな顔で、そんなことをいわれた。 私は由里さんに主導権を握られていない。 そうだろうか。 「でし…
「まあ、百歩譲って、あの金魚を持っていったのは、あなたではないとしましょう」 百歩も譲らなくても、持っていったのは私ではない。一歩も譲る必要はない。 「重要な…
由里さんは自分の服をどこに干すのだろう。 「どこかに乾燥機でもあるんじゃないの」 橘がいった。 あの部屋のことを隅々まで知っているわけではないから、乾燥機…
由里さんが花の世話をするベランダには、ちゃんと物干し台があって、物干し竿が渡してある。 そこには、花の咲いた鉢植えがたくさん吊り下げられているので、洗濯物を…
「あなたが持っていった金魚だから、由里さんは大切に世話しているのではありませんか」 芝居じみた喋り方で、橘が畳みかけてくる。 由里さんが、花の手入れ以外のこ…
ティーソーダの底に沈んだサクランボ。 もう、金魚にしか見えない。 おいしそうなサクランボだなあ。 必死で演技する。 白々しすぎることは、わかっている。 …
「すり替えた金魚のことだよね」 確認すると、橘は表情を変えた。 「すり替えた金魚?」 怪訝な目で私を見つめてくる。 まずいことをいってしまっただろうか。 「…
橘も、あの金魚に注目していたのだ。 コップの中にある赤色は、やはり弱った金魚を私に連想させる。 金魚を持っていったとは、どういう意味だろう。 由里さんに…
本気で拒絶したわけではない。 気にしないでほしい。 ひとこと謝っておくべきだろうか。 意を決して私が目を合わせると、橘が見つめ返してきた。 不敵な笑みを…
頭を反らせて、橘の親指を振り払った。 「せっかくサクランボあげたのに」 不満そうに橘がいう。 ストローでレモンスカッシュをかき混ぜながら「サクランボ好きだ…
ポチャン。 目の前にあるコップに赤い塊が飛び込んだ。 金魚だ。 すがすがしさが一瞬でかき消されてしまった。 赤色の気がかりが、体の中を再び支配しはじめる…
小さな泡がのぼっていく様子は美しい。 泡と一緒に紅茶の香りも鼻の先まで立ちのぼってくる。 なんという茶葉の香りなのか私は知らない。 すがすがしく、すっきり…
2024年5月10日 00:06
タケトの誕生日にハムスターをプレゼントしようということになった。 発案者の橘と一緒に熱帯魚専門店に向かう。 ハムスターが、なぜ、熱帯魚専門店にいるのだろう。 熱帯魚だけを取り扱うのが熱帯魚専門店ではないのか。 ハムスターを販売すれば、それはもう熱帯魚専門ではないではないか。「熱帯魚に特に力を入れているペットショップの間違いじゃないの」 訂正を求めたが、拒否された。 ペット
2024年5月9日 01:41
先に店を出ていく橘をぼんやり見送ってしまった。 テーブルの上に伝票がある。 気の抜けたティーソーダ。 幸せなうちに飲んでしまえばよかった。 橘のジンジャーエールも、最後の一口は気が抜けていたのだろうか。 立ち上がって、伝票を手に取った。 今、主導権を握られてしまっているのは私だ。 主導権を握っているのは橘櫂であろうか。 赤い塊は、まだ私の口の中にある。 由里さんの赤
2024年5月8日 01:15
「そんな顔をされると傷つく」 機嫌をとらなければいけないような気分にさせられる。 こんな風に主導権を握られるのは癪だよ。 そういって、橘はジンジャーエールを飲み干した。 眉間をさすり続ける私の姿を見守るように眺めている。 傷つけるものが主導権を握るというのか。 残りのティーソーダをストローで一気に吸い込んだ。 喉を通り抜ける液体は、ぬるく、すっかり気が抜けてしまっている。「
2024年5月7日 00:13
たとえば、どんな場面で橘が由里さんに主導権を握られているのか。 特に浮かんではこないけれど、橘自身は、なんとなく、いつも主導権を握られてしまっているような気分でいるのだろう。 それも悪くはないけどね、なんて思っているくせに。「まあ、それも悪くはないんだけどね」 案の定、橘は、そういった。「でも、あなたには主導権を握らせたくないな」 こっちだって、橘に主導権を握られるのなんて御
2024年5月6日 00:31
「あなたは、由里さんに主導権を握られていませんよね」 まじめな顔で、そんなことをいわれた。 私は由里さんに主導権を握られていない。 そうだろうか。「でしょ」 橘がじっと見つめてくる。 そんな風に思ったことはなかった。「だって、あなたは由里さんのお気に入りだから」 私は由里さんのお気に入りなのか。「でも、僕は由里さんのお気に入りじゃない」 それはそうだろう。「
2024年5月5日 04:34
「まあ、百歩譲って、あの金魚を持っていったのは、あなたではないとしましょう」 百歩も譲らなくても、持っていったのは私ではない。一歩も譲る必要はない。「重要なのは、由里さんが、誰かのために金魚の世話をしている、ということですよ」 金魚の世話を由里さんにさせている誰かがいる。「その誰かは、由里さんに主導権を握られていない」 深刻そうに橘はいった。 そんな相手が由里さんにいるとい
2024年5月4日 00:24
由里さんは自分の服をどこに干すのだろう。「どこかに乾燥機でもあるんじゃないの」 橘がいった。 あの部屋のことを隅々まで知っているわけではないから、乾燥機を見逃している可能性がないとはいえない。 まさか、着ているものを洗濯することさえないのか。 由里さんはいつもどんな服を着ていただろうか。 印象にない。「洗濯の話なんてどうでもいいよ。あの部屋に金魚を持っていったのは誰なの
2024年5月3日 01:31
由里さんが花の世話をするベランダには、ちゃんと物干し台があって、物干し竿が渡してある。 そこには、花の咲いた鉢植えがたくさん吊り下げられているので、洗濯物を干すスペースがない。 タケトと古泉が、鴨居にハンガーを引っ掛けて、シャツを干しているを何度か見たことがある。 そういえば、部屋の中に女性用の服や下着が干してあっただろうか。 そんなものは、なかった気がする。 目につくところへ干
2024年5月2日 00:27
「あなたが持っていった金魚だから、由里さんは大切に世話しているのではありませんか」 芝居じみた喋り方で、橘が畳みかけてくる。 由里さんが、花の手入れ以外のことをしているところなんて、金魚がくる前には見たことがなかったじゃないかと橘は主張する。 金魚がいなかったころ、あの部屋で由里さんの手が加えられているものといったら、ベランダの花だけだった。 部屋の掃除は、いつも訪問者の誰かがやって
2024年5月1日 00:22
ティーソーダの底に沈んだサクランボ。 もう、金魚にしか見えない。 おいしそうなサクランボだなあ。 必死で演技する。 白々しすぎることは、わかっている。 橘の方に視線を向けると、案の定、口の左端を上げて、こちらを見て、ほくそ笑んでいる。 見透かされているのか。「なんだか怪しいな」 怪しまれている。 しかし、金魚を持っていったのは私ではない。嘘をついているわけではないの
2024年4月30日 03:54
「すり替えた金魚のことだよね」 確認すると、橘は表情を変えた。「すり替えた金魚?」 怪訝な目で私を見つめてくる。 まずいことをいってしまっただろうか。「違うよ」 慌てて否定する。 目を合わせていられなくて、ストローでティーソーダをかきまぜた。サクランボがつっかえて、氷がうまくまわらない。 動揺している。(つづく)「ティーソーダ」は「金魚」のつづきのおはなしです。
2024年4月29日 02:39
橘も、あの金魚に注目していたのだ。 コップの中にある赤色は、やはり弱った金魚を私に連想させる。 金魚を持っていったとは、どういう意味だろう。 由里さんに金魚を最初に預けた人間のことなのか。 それとも、死にかけた金魚のかわりに、別の元気な金魚を用意した人間のことなのか。「どの金魚を」 動揺して声にビブラートがかかってしまった。「由里さんの部屋にある金魚鉢の金魚だよ」 橘は
2024年4月28日 03:42
本気で拒絶したわけではない。 気にしないでほしい。 ひとこと謝っておくべきだろうか。 意を決して私が目を合わせると、橘が見つめ返してきた。 不敵な笑みを浮かべている。 前言を撤回すべきかもしれない。 橘に悪気はありそうだ。 警戒する私に向かって、意味ありげなトーンで橘はいった。「つかぬことをお聞きしますが」 突然の前振りに身構えて、私は自覚を持って、思いきり眉根を寄
2024年4月27日 00:57
頭を反らせて、橘の親指を振り払った。「せっかくサクランボあげたのに」 不満そうに橘がいう。 ストローでレモンスカッシュをかき混ぜながら「サクランボ好きだったよね」と私の機嫌をうかがっている。 橘に悪気はない。 うまく噛み合わないだけ。 ティーソーダをおごってくれるうえに、サクランボで私を喜ばせようとしてくれているのだ。 それなのに、このサクランボはレモンスカッシュに手を突
2024年4月26日 14:27
ポチャン。 目の前にあるコップに赤い塊が飛び込んだ。 金魚だ。 すがすがしさが一瞬でかき消されてしまった。 赤色の気がかりが、体の中を再び支配しはじめる。 金魚。金魚。 赤い金魚。 金魚は、すり替えられている。「そのサクランボ、あげるよ」 橘の声で我に返った。 飛び込んできた赤い塊。 これは金魚ではない。 赤いサクランボ。 橘が私のティーソーダに放り込んだの
2024年4月25日 00:28
小さな泡がのぼっていく様子は美しい。 泡と一緒に紅茶の香りも鼻の先まで立ちのぼってくる。 なんという茶葉の香りなのか私は知らない。 すがすがしく、すっきりとした香りだ。 この香りに諭されて、体に染みついていた心配事がだんだん小さくなっていく。 頭の中に溜まり続けた、ぐずぐずとした考えは、小さく小さく萎んでいって、ものすごく濃い、ぎゅうっと詰まった塊になる。もうこれ以上は無理というほ