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夫婦のパワーバランスを巡る終わりなき戦い。

この世には数多の夫婦が存在する。

夫婦になったきっかけも
夫婦になって過ごした年月も様々だが、
これだけは共通している。

夫婦になった2人には
2人だけの絶妙なパワーバランスが存在する。

ファーストバイトを知っているだろうか。

結婚式の披露宴で
ウェディングケーキ入刀後に行われる
新郎と新婦が互いにケーキを一口ずつ食べさせ合う演出のことである。

私は、このファーストバイトは
夫婦のパワーバランスを一目瞭然で表す演出だと思っている。

そう思う理由は2つある。

1つ目は、相手に食べさせるケーキの量を
自分で決められるからである。
自分のさじ加減1つで、相手を思いやることも、
無茶振りすることも出来るのだ。

この夫婦は奥さんが強いのかな、とか
お互いフラットな関係なのかな、とか
普段の2人の様子をなんとなく想像できる。


2つ目は、ケーキを食べさせ合う過程で、2人のやり取りが見られるからである。
ケーキを食べさせる前に
これくらいの量で平気?と目くばせしたり、
食べさせた後に口元を拭ってあげたりと、
様々な場面でさりげなくいつもの様子が滲み出る。

奥さんが旦那さんを立ててるな、とか
旦那さんが奥さんにとても優しいな、とか
普段の2人の様子をなんとなく想像できる。

よく見かけるのは、
新婦が一口サイズのケーキを食べさせてもらうのに対し、
新郎はめちゃくちゃでかいサイズのケーキを食べさせられ、
結果、食べきれずにギブアップするという流れだ。

この一通りの流れにより、
夫婦間にカカア天下っぽさが溢れ出て、
会場が和やかな笑いに包まれる。

ダチョウ倶楽部の
「押すなよ!絶対押すなよ!」と同じくらい
全員が待ってましたとなる、鉄板の流れである。


かく言う私も
自分の結婚式の披露宴で、
ファーストバイトをやった事がある。

ファーストバイトの時、
私たちの前には
お互いにケーキを食べさせ合うためのスプーンが運ばれてきた。

旦那には、喫茶店でコーヒーや紅茶を頼むと添えてあるような小さなスプーン。
私には、家庭菜園をする時に使うようなスコップを、やや小さくしたようなスプーン。
つまりめちゃでかいスプーンである。

見た瞬間、
なるほど。と思った。

これだけサイズの違うスプーンを用意されていれば、日本各地でダチョウ倶楽部のようなファーストバイトが起こるのも納得である。

司会の方にうながされ、
旦那が私に食べさせるケーキをすくう。

小さいスプーンに乗るだけ乗せたが、
それでも充分一口サイズである。

披露宴ではご飯を全然食べれていない。
腹ぺこの私はパクリとそれを食べた。

次は私の番である。

こんなでかいスプーンを
見たことも持ったこともなかった私は、
自分の披露宴ということもあり、
テンションも最高潮である。

待ってましたとばかり、
でかいスプーンに大量のケーキを乗せる。
ニヤニヤが止まらない。

これを旦那の口元に運び、
ムリムリムリ!
みたいな反応を貰えば大満足である。
晴れて私たち夫婦は、
明らかにパワーバランスが私に傾いた、
カカア天下夫婦であると体現する事ができる。
ここにいる皆が証人である。

ケーキを旦那の口元へ運ぼうとすると、
顎はずれんじゃないの?というくらい
頑張って口を開けている。
残念ながらお前さんの口のサイズでは、
到底頬張り切る事は不可能な量のケーキだぜ。
私はニヤニヤとスコップを口へダイブさせる。
もはや自分がウェディングドレスを着てるとか、
周りの人が見ているとかどうでも良くなってきている。

ケーキがボロボロと皿に溢れる。

後は旦那が
ムリムリムリ!!!とギブアップしてくれれば
私たち夫婦の
初めてのダチョウ倶楽部は完成である。

ところがどっこい。
旦那は、まさかの
オラオラ!もっと来いよ!!
という煽るジェスチャーをしてきた。
皿に溢れたケーキを指差し、
もっと俺の口へ運べよ!
みたいな動作をしている。
口元がクリームだらけだが、目は笑っていない。
私への宣戦布告のようである。

それまでヘラヘラニヤニヤしていた私は、
まさかの旦那の反応に、おぉ…と怯み、
ジェスチャー通りに皿に溢れたケーキを全てすくい、旦那の口へと運んだ。

「素晴らしい!新郎様が全て平げました!」

司会の方が声高に言い、会場がワッと沸く。
旦那はドヤ顔をしている。
私はというと、ようやく状況を理解し、
少しイラッとする。

違う。
私が望んでいたのは
あのでかいケーキを全部食ってやったぜ!
とドヤる旦那では無い。
顔をクリームまみれにして
勘弁してくれよ〜テヘヘ!
みたいな旦那なのだ。
私は、自分の思い描いていたパワーバランスの証明が出来ず、なんとも悔しい気持ちになる。

披露宴が終わり、
仲のいいサークルの同期が
仲良しメンバーだけで集まろうと声をかけてくれていた。
なんとありがたい事だろう。
私と旦那は指定された場所へ向かった。

ところが、お店に着くと大勢の知り合いがいる。
沢山の知り合いに拍手で迎えられ、
え?何々?皆何でいるの?と、「?」ばかり浮かぶ。

私は人生で初めてサプライズを受けた。

自分はそんな事をして貰えるような人間ではないと思っていたので、
仲間達がこっそりと計画してくれたサプライズパーティーに心底驚き、頭が真っ白になる。

状況が飲み込めないまま、
友達が司会を始める。
あれよあれよという間に、
私は本日2回目となる
旦那との食べさせ合いの機会を得た。
ファーストバイトならぬ、
セカンドバイトである。

披露宴ではケーキだったが、
今回は、中華のお店だったということもあり
ばかでかい桃饅頭が運ばれてきた。

先程の見たこともない大きさのスプーンに続き、
見たこともない大きさの桃饅頭の登場である。

驚きで真っ白だった頭の中に、
突如冷静さが戻ってくる。

先程のファーストバイトで
テンションに身を任せたせいで、
旦那とのパワーバランス合戦を
ドロー、もしくは敗北という結果で終わらせた私は
次こそは勝利をおさめると心に誓う。

しかも今回は、上司も家族もいない
大好きな仲間たちしか見ていない
最高のシチュエーションである。

今こそ私たち夫婦の
カカア天下バツグンなパワーバランスを
皆様にお披露目するのだ。
2度目の失敗は許されない。

このような機会を与えてくれるとは、
やはり持つべきものは友達である。

仲間の「あーん!」の掛け声と共に、
私は旦那の口めがけて、大量の桃饅頭を投下した。
幸せそうな笑顔の裏で、私の心は冷静沈着である。
作業のようにひたすら饅頭を押し込む。

ファーストバイトで私へ宣戦布告した事を悔やむがいい!!
もう2度と、この男にあのような煽りもドヤ顔もさせまい!!!

結果、桃饅頭は旦那の口に入りきらず、
セカンドバイトはあっさり私の一人勝ちで幕を閉じた。

旦那はファーストバイトの時のような煽りもドヤ顔もせず、
口に入った桃饅頭をハムスターのようにほお袋に入れ、
しばらく静かにモグモグし続けるだけであった。


「あの時、死ぬかと思ったわ〜」

旦那は未だにこう言う。

我が家では
1年に5回はこの話題がでる。

仲間のサプライズに驚き、
心から感動した話と共に、
必ず桃饅頭の話になる。

桃饅頭は水分も無いうえに、
私が冷徹な姿勢であり得ない量を詰め込んだ為
窒息する所だったそうだ。

結婚式の日に死ぬ所だった、
嫁に殺される所だったと、
旦那はあれから何度も言う。

私は優しい声で、
それはあなたがファーストバイトでこのような態度をとったからだよ、と
天使のような笑みをたたえながら教える。

これが世に言う桃饅頭事変である。

私たち夫婦のパワーバランスは
結婚式の日から変わる事なく
一勝一敗を繰り返し、
私がカカア天下を気取る時もあれば、
旦那が亭主関白を気取る時もたまーにある。
なかなか絶妙なバランスである。

あの日から4年経ち、
夫婦だった私たちは、
2人の息子のお父さんとお母さんになった。

今ケーキを食べさせ合ったら
どうなるのだろう。

お互いの為に口におさまる量のケーキをよそい、
穏やかに食べさせ合う事はないだろう。
なぜならファーストバイトの時から
私たちは全力で戦っていたのだから。

もしかしたら、
お互いスプーンを放り投げ、
素手で顔面にケーキをぶつけ合うのかもしれない。
それこそ、ダチョウ倶楽部のように。

美味しい一口をあげあう夫婦も素敵だが、
ケーキをぶつけ合う夫婦も中々楽しい。

これからも私たちは
この絶妙なパワーバランスを巡り
終わりなき戦いを繰り広げる。

そして息子達がいつか結婚でもする事になれば、
間違いなく桃饅頭事変の話をするだろう。

ほんと2人は何やってんだよ。
いつまでも変わんないねぇ。
と、呆れ顔で言われるのかもしれない。

でもそれでいいのだ。


夫婦は1番近くにいるのだから
どうせなら面白い方がいい。

ケーキをぶつけ合い、
思った事をぶつけ合い、
後からゲラゲラ笑う。

そんなバランスがいいのだ。

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