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このままで。どこまでも。

「千マイルブルース」収録作品

RZ350で仲間たちに会いにゆく、20年ぶりの旅路。
風の中で自分を見つめ、得た答えとは……。
原稿用紙で20枚ほど。

※サービス画像あり。


このままで。どこまでも。


 手首が重かった。
 そしてそれは、距離が延びるにつれ増していた。いや、バイクが不調なわけではない。長い間ナンバーを外してはいたが、再登録するために徹底的に整備し覚醒かくせいさせたのだ。その2ストロークエンジンのかん高い咆哮ほうこうと加速力は、往時に決して引けを取るものではない。
 RZ350。絶滅危惧種だが、これほど元気な個体も珍しいだろう。しかしそれに跨り東北自動車道を北上する俺の心は、決して嬉々としたものではなかった。さして吸いたくもないのにタバコが恋しい。俺は何度目かのサービスエリアに寄り、RZを二輪の駐車スペースに停めた。すると隣で、出発しようとしていたオフローダーがギヤを戻す音をたてた。まるでメダカかイヌワシでも見るような目をし、RZに身を乗り出してくる。
「珍しいですね。もう二十年以上前のでしょ、それ」
「まあ、ね」
「2スト車なんて久しぶりに見たなあ。僕もRDとかに乗ってたんですよ、昔」
「そう」
「どこまで行くんですか?」
「あと、二百キロくらいかな」
「高速ならすぐですね。ツーリングですか?」
「まあ。ちょっと友達に会いにね」
 気のない返事に会話を諦めたのか、お先に、とオフローダーが走り出した。俺は途端に後悔した。しかしそれは、無愛想な男と思われたことに対してではない。時間潰しの相手を逃してしまったからだ。
 俺は、生まれ故郷に向かっていた。高校時代の友人たちに会うために。だが、俺が生まれたその土地も友人たちも、今では健全に成長している。行けばまったく成長していない己と、嫌でも対面しなければならない。それを想像すると心が重い。けれど自分自身に疑問が出てきた今、あの友人たちに会わなければ、迷いはずっと続く。しかし……。
 俺は慌てて底なし沼から足を引き抜き、点けたばかりのタバコをブーツのソールで消した。RZに跨り、勢いよくキックペダルを踏み降ろす。そうしてギヤを入れたが、心のクラッチレバーがなかなか離せない。
「……このままで、どこまでも行っていいのだろうか」
 

 俺は、悪童であった。中学から本格的にグレ始め、夜の街を徘徊はいかいし、派手なケンカを繰り返していた。当然、勉強はできない。進学した先は県内のワルどもが集まる高校で、新たな仲間を得た俺の悪行はますます加速した。
 といっても俺たちのワルは、少し違っていた。不良の悪ではあったが、非行の悪では決してなかったのだ。酒、タバコはやるが、シンナー、薬には手を出さなかった。そして格下をいじめることを恥とした。ケンカはそれぞれが吹っかけられていたが、助けは絶対に借りない。仲間ではあるが必要以上に群れることはなく、それでいて誰かが困っていると、そっと皆で助けた。その絆はどのワルグループよりも堅く細やかであり、硬くて厚かった。つまり、ワルの中でも少し変わった奴らが集まったのだ。いや、じつは強力な磁石があった。バイクだ。
 俺たちは教室でバイク雑誌を開いていたり、通学路で競っていたりして知り合った。もちろん皆、跨っていたのは中古のポンコツ車だ。俺も、バイトを掛け持ちして手に入れた、中古のRZ350に乗っていた。壊れると皆で集まりよく修理をしたものだ。夜走りもよくしたが、暴走族ではなかった。
 そして就職の時期が訪れ、俺だけが県外に出ることに決まった。
 卒業式が終わり、俺はひとり、RZで家を後にした。仲間たちには黙っていた。見送りになんか来られたら、どうしてよいかわからない。しかし、奴らは国道にいた。よく夜中に集まった、街外れのドライブインの駐車場で待っていたのだ。
 俺は手を振る仲間たちに気づいたが、停まろうとはしなかった。仲間たちも、無理に止めようとはしなかった。奴らは空吹かしをし、クラクションを鳴らした。俺は手を挙げて応え、そしてアクセルを開けた。
 バックミラーの中で点となるまで、仲間たちは手を振り続けていた。
 あの時、ひとつの時代が終わったような気がする。
 そうして二十年。
 俺は今、仲間たちに会いに、あの街に向かっている。
 この間、一度も会わなかったわけではない。仲間の結婚式には必ず顔を出したし、電話のやりとりもたまにあった。だがあの頃の仲間たち全員が揃うということは、一度もなかった。だから今回の、たまには全員で集まり一杯やろうかという誘いは、嬉しかった。たとえ変わっていたとしても。
 そうなのだ。あの頃とは違う。皆それぞれの道を立派に歩み、仕事と家庭と責任をキチンと持つ、忙しい社会人になっていたのだ。俺以外バイクを降りたということが、その成長の証でもあろう。だとすると、なぜ自分だけそのような大人になれなかったのか。なぜあの頃と同様にバイクを乗りまわし、まわりと衝突ばかりしているガキなのだろうか。
 奴らにバイクで会いに向かえば、その答えが得られるような気がした。そのために俺は、メインのマシンではなく、捨てられずにシートを被せていたRZを整備したのだ。

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