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書籍年間ベストセラーランキングを読み解く 総合 2023年

今年も11月末から12月頭にかけて、書籍の年間ベストセラーランキングが発表されました。「本は世相を映す鏡」です。今年は、そしてここ数年はどんな年だったのでしょうか。ランキングを読み解きながら考察してみたいと思います。
年末年始に読みたい本を探している人にも、ひょっとしたら参考になるかも知れません。
(記事は個人の見解であり勤務先の意見を代表しません)


2023年総合ランキング 今年の特徴は?

まずは今年のベストセラーランキングを見てみましょう。
(書影=表紙画像の位置が揃わずガチャガチャしていますが、苦手なんです。ご容赦ください。なお、画像は初版刊行時や最新刊のものとは限りません)

大手取次(本の卸)会社、トーハンの「年間ベストセラー」、日販の「年間ベストセラー」を比較してみました。それぞれの会社が契約している書店の傾向や、販売促進施策などによって差が出てくるのだと思います。
(このほか、著名なランキングではORICON集計の「年間本ランキング」があるのですが、ランキングデータの転載について大変厳しい規制の文言が掲載されているため、ここではつまびらかには取り上げないことにします)

どっちが1位? から見えて来た変化

今年の最大の特徴は、両取次で1位と2位が入れ違っていることですね。
どちらも「年間ベストセラー1位」と名乗れなくはないのですが、他の追随を許さない圧倒的1位、というわけにはいかなくなりました。
実はこの10年間を見ても、トーハンと日販の1位が一致しないことは何度かありました(2020年、2021年)。しかしその場合は、必ず共通した法則がありました。
「トーハンの1位が幸福の科学出版または聖教新聞社出版局の書籍で締められた場合」。
トーハンのランキングからこれらの書籍を除外すれば、両社の1位は一致していたのです。
今回の1位、2位の食い違いの理由は、残念ながら、圧倒的に売れる1位商品が無くなってきたことを示しています。
先に紹介したORICONのランキングには「推定売上部数」が記載されています。詳しい数字はORICONのサイトで確認いただくことにして、1位~10位の大まかな推移をグラフにすると以下の通りとなります。
世の中の多様化と書籍市場の縮小が背景にあると考えられます。
今後もこうした傾向が続いていくのか、来年世の中の耳目を集める書籍が現れてこうした傾向をひっくり返すのか。いきなり思いもしなかった大ヒットが生まれるのも、本の世界の面白さでもあります。後者であって欲しいと願いながら、新しい年を迎えたいと思います。

児童書、学参が1位、2位 

トーハンは1位『大ピンチ図鑑』、2位『小学生がたった1日で19×19までかんぺきに暗算できる本』。日販は1位『小学生がたった1日で19×19までかんぺきに暗算できる本』、2位『大ピンチ図鑑』
順番は逆になりましたが、児童書、学参が占めました。これはかなり特異なことで、ここ10年で似た様な事例としては、コロナ禍の2020年に日販ランキングで1位『鬼滅の刃 しあわせの花』、2位『鬼滅の刃 片羽の蝶』となって以来です(この年のランキングについては、あとでまた触れたいと思います)。

『大ピンチ図鑑』は、ジュースパックのストローが取れない、テープのはしが見つからない、など日常あるあるの出来事をユーモラスに描いています。私の知り合いでも、親子でハマっている家庭がありました。
2022年2月に発売されて2023年上半期に16位に浮上。そこから一気にTOPまで登り詰めました。
今年3月の産経新聞が「年末から絵本を対象にした賞の受賞が相次ぎ、今月3日放送のNHK「あさイチ」で紹介されると、平日にもかかわらず1日当たりの売上が過去最高を記録した」と人気爆発のきっかけを紹介しています。
「あさイチ」は放送時間帯からしても、子どもを送り出した後のお母さんが見ている可能性が高い時間帯なので、反響の大きさも納得です。


『小学生がたった1日で19×19までかんぺきに暗算できる本』は、2022年12月の発売で、2023年上半期ベストセラーで早くも3位に浮上。
人気に火が付いた理由を、ドリルの棚は競争が激しいので書籍として出したからだと、4月29日の毎日新聞が報じています。

日本経済新聞も、6月3日の記事で似たような内容を報じていますね。
記事でも触れられているインド式掛け算はブームが07年とありますから、15年経って新たな見せ方が新鮮に届いたということでしょうか。

担当編集者のインタビュー記事の出ています。

ここで思い出すのは、2017年に4位となった『日本一楽しい漢字ドリル うんこかん字ドリル 小学1年生』です。ただの、ネタかと思いきや、塾で実際に使ってもらったうえで改善を重ねるなど、数年をかけて実用性を磨き上げて市場に投入された書籍でした。
『小学生がたった1日で19×19までかんぺきに暗算できる本』も、親しみやすいデザインで作り込まれています。

子ども本を買うのは親なども保護者です。親が子どもによさそう、買い与えたいと思い、子どもも面白そう、と一緒に盛り上がれる本は、大きな動きに結び付きやすいと、改めて感じる1位、2位の顔ぶれでした。

と、結ぶつもりでしたが、12月23日になって、「購入者の3割は60代以上とシニアが占めており、大人が自分用に買うケースが少なくない」という解説が出て来ました。

そうなると、書店で置かれる棚の場所も変わってくるでしょう。
ドリルではなく書籍として刊行したことがヒットにつながったという解説や、かつてのインド式掛け算人気の情報が結び付き、15年前に子育て世代で教育に関心の高かった40代が60代に入ってボケ防止で買っているのかも、といった想像が膨らみます。
もちろん、孫にプレゼントしている場合もあるのでしょうが。

そしてビジネス書のベスト10が消えた

ベスト10書籍の顔ぶれからビジネス書が消えました。ビジネス書については、ビジネスにカンする考え方やノウハウが具体的になってきたことに加えて、コロナ禍で出社して仕事のスキルを身につけることが出来なくなった危機感からの自己投資欲求があったように思います。コロナ禍の追い風が止んだのか、はたまたビジネス書の需要が電子書籍の大きくシフトしていて影響が現れているのか、という分岐点としても大変興味深い年になりました。
今後、電子書籍のランキングというのも注目されてくのだろうと思います。

ベスト10に小説が4冊は7年ぶり

今年はベスト10に小説4冊もランクインしました。これは、2016年に『天才』『君の膵臓をたべたい』『羊と鋼の森』『コンビニ人間』の4冊がラインクインして以来、7年ぶりのことです。近年、「文芸は売れなくなった」と言われるようになり、書店によっては文芸の売り場を一等地から外れることもあり寂しい思いをしていましたが、久々に小説の魅力を感じられる年となりました。


雨穴さんの『変な家』『変な絵』が揃ってランクイン。『変な家』は2021年に飛鳥新社から刊行。『変な絵』は2022年に双葉社より刊行。

「元々は「オモコロ」上の無料記事として書かれたコンテンツだ。元記事自体は書籍刊行後も引き続き閲覧可能である。この記事が2020年10月中旬に公開されると、すぐさまTwitterで2万RT超えと大きな話題を集めた」

著者のSNS発信力が素晴らしいですね。

『変な家』の映画が2024年3月15日(金)公開という並にも乗って、両社が手を携えて販売促進を行ったことが、しっかり部数に反映されており、店頭の力を再認識させる素晴らしい取り組むだと思います。

業界紙の「文化通信」が8月15日付けで詳しく報じています。

『変な家 2』も、今年12月に発売になりました。

さらに、村上春樹さんの『街とその不確かな壁』が2017年の『騎士団長殺し(1・2)』(5位)以来のランクイン(5位)。村上春樹さんは20019年に『1Q84』(新潮社)、2013年には『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で総合1位となっており、5年に1度はランクインする稀有な存在です。
凪良ゆうさんの2度目の本屋大賞受賞作となった『汝、星のごとく』もランクイン(6位)しました。
この勢いで、来年も魅力的な文芸作品が世に出てくれると嬉しいです。

11位~20位のランキングから見てたこと

11位から20位も発表されているので、さらっと見ておくことにしましょう。

『頭のいい人が話す前に考えていること』は冒頭に柔らかな色の紙にイラストを交えた導入部分があります。最近のビジネス実用書編集者はいかに心理的ハードルをさげて分かりやすく作るか、腐心ぶりが伝わって来るものをよく見かけます。
(個人の好みとしては、本文の重要部分が最初から太字で印刷してあるのは好みではありません。「自分が線引きしたいところと、ちょっと違うんだよな」といった小さなイラッで思考が邪魔されるのが嫌なのです)

2019年に刊行されてロングセラーになっている14位の『人は話し方が9割』とあわせて、リモートでのコミュニケーションが増えた時代に「話す」ことが関心を呼んでいるのかも知れません。コロナ禍中の2021年の9位に入った『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑』のことも思い起こされます。

14位以降は両社のランキングにかなりバラツキがあります。
日販のランキングだと、1位の『パンどろぼう』シリーズが15位、17位に入っていますね。児童書のシリーズものがまとめて売れていく現象は良く見られるパターンで、別の回で改めて見て行きたいと思います。

書籍年間ベストセラーランキングを読み解く ジャンル別 2021年~2023年
もあわせてお読みください。

毎年発表される書籍ベストセラーの背景を分かりやすく解説してみましたが、いかがだったでしょうか。こんなところからでも、書籍に興味を持っていただければ幸いです。

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