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「学んで、働く」スウェーデン、デンマーク、フィンランドの就労支援比較

今回は北欧の就労支援の話をしたいと思います。

「普遍主義」とは?

就労支援の話をする前に、その前提となる北欧の社会福祉システムの考え方に触れておきます。
普遍主義」とは

高所得者であれ低所得者であれ、皆が同じ権利を持ち、同じ給付を受けるというもの(中略)他のレジーム(=他の社会システムを採用する国…たとえばアメリカやイギリスや日本など※筆者註)に比べて現役世代への給付が手厚い。社会保障給付は現金給付よりも現物給付(金銭ではなくサービスの給付)が多い。
平成24年版 厚生労働白書 

大切なのは「高所得者であれ低所得者であれ皆が同じ権利を持ち、同じ給付を受ける」ということと「現役世代への給付が手厚い」ということ。

たとえばアメリカは生活困窮者向けの給付が多く、自己責任・自助を重視しています。これはつまり「よっぽど困ったら国を頼りなさい、あとは自分でご自由に」ということ。日本は高齢者への給付割合が高いという点で異なります。

この「普遍主義」の前提が、働き方にも大きな影響をあたえているのです。

「なんとか働ける」ではなく「よりよく働く」サポート

先の厚生労働白書には続けてこう記されています。

雇用機会の確保についていえば、職業訓練などの支援を通じて求職者の雇用可能性(エンプロイアビリティ)を高めて、低生産部門から高生産部門への労働力の移転を促す「積極的労働市場政策」を重視しており、失業率は比較的低くなる傾向にある。
平成24年版 厚生労働白書 

なんだか難しく感じるでしょうか。日本にも公的な職業支援サービスはありますね。ハローワークとか。でも、自己実現のためにハローワークの門を叩く人は少なく、多くの人は転職しようと考えた場合、民間の転職サービスを検討するのではないでしょうか。自由に選択をできる一方、激しい競争の中で転職者の6割は転職結果に満足していないというデータもあります。

ひるがえって北欧諸国はどうかというと、先の引用にあるとおり多様な職業支援があります。それも低生産部門から高生産部門への労働力の移転を促すというように、なんとか働く…ではなくより付加価値が高い仕事を得るためのサポートになり、それがより高い人生への満足度へとつながっています。
このような「積極的労働市場政策」は「アクティベーション」というキーワードで語られたりもします。
北欧の3カ国(スウェーデン、デンマーク、フィンランド)の特徴をざっと調べてみました。(ノルウェー、アイスランドは文献不足で…ごめんなさい)

「生涯学習」の国、スウェーデン

スウェーデンは生涯学習が盛んな国。でも最初からそうではありませんでした。1900年代にスウェーデンはとても貧しく国から多くの人が出稼ぎのため流出していきました。そこから労働者が自分たちの生活の質の向上のために労働組合として立ち上がり、禁酒運動(自堕落な生活をせずきちんと働くために自分たちを成長させよう、そのためには学習して知識と技術をつけようじゃないか…というもの)によってたくさんの民衆による自発的な学習サークルが生まれました。現在も語学や趣味にいたるまでたくさんの市民の自発的な学習サークルが行われています。

スウェーデンの職業訓練プログラムには、数週間という短期間のものから数ヶ月に及ぶもの、さらに大学において数年間学ぶものまで多種多様なプログラムが用意されている。また、職業訓練を受けている期間も、子育て支援などの社会サービスを受けられるなど、充実した社会保障制度が用意されており、その結果、高負担となっている。
平成24年版 厚生労働白書 

生涯学習が盛んな国柄ということもあり、多様な学びの機会が提供され、かつ公的支援を受けながら学んで技能や市場価値を高め、次の職を得る準備をすることができるようです。

「フレキシキュリティ」の国、デンマーク

続いてデンマーク。デンマークの社会保障を現す言葉に「フレキシキュリティ(Flexicurity)」というものがあります。これは「柔軟性(フレキシブル)」と「保障(セキュリティ)」をかけあわせた造語です。これが意味するところは、雇用する企業側への雇用や解雇の柔軟性と、労働者側に対する失業や職業訓練への保障がセットになったシステムとでも申しましょうか。

デンマーク型積極的労働市場政策は失業や転職から再雇用の過程で各市民に人間的発達を保障し、労働者としての質を向上させ、広い労働市場を移動できるための教育・訓練プログラムを具備しているのである。
(中略)この発達支援プログラムは現在、求職者や失業者が個性的に発達できるように、自治体レヴェルでソーシャル・ワーカーが各人の履歴と希望に基づく相談活動を積極的に行う仕方で組織されており、個々人に応じたアクション・プラン(後にジョブ・プラン)が作成され、そのプログラムを獅子するための職業訓練、(再)教育制度が多様に整備されている。
ー『「デンマーク共同社会さの歴史と思想」ー新たな福祉国家の生成』,小池直人,大月書店,2017

ソーシャル・ワーカーが入って相談してもらえるのはとても心強いのではないかという印象があります。民間の転職エージェントの場合「今現在の自分の経験とスキルで転職できる職場」を探してもらうことはできますが、自分の希望に従ってスキルや経験が不足する場合、紹介してもらえることは稀です(受かる可能性がないので当たり前ですが)。ソーシャル・ワーカーであれば、もしスキルが不足していたら学校や短期就労体験などの案内を(失業給付を得ながら)してもらえるなど、中長期的に希望の仕事を得られる道筋を一緒に考えてもらうことができるのです。

ちなみにデンマークといえば全寮制の成人教育機関「フォルケホイスコーレ」が近年日本でも注目されていますが、滞在期間が柔軟に選べて授業の選択肢も豊富なこの教育機関もフレキシキュリティを象徴する1つの例ともいえるでしょう。

「イノベーション」の国、フィンランド

フィンランドについては、以前のエントリで紹介したフィンランド出身のツルネン•マルテイさんの書籍にそのヒントを得ることができます。

(フィンランドのハローワークのような機関の※筆者註)"「TE-toimisto」※2の行う失業者支援のなかに、キャリアトレーニングという制度があります。失業手当と通勤手当をもらいながら、一つの職場あたり最長6ヶ月、年に2回新しい職場を体験できる制度です。"
ー『フィンランド人が語るリアルライフー光もあれば影もあるー』,ツルネン・マルテイ,株式会社新評論,2014

※2…2013年に組織改編され、現在は「TE-palvelut」としてwebを中心としたサービス提供が実施されている

フィンランドも基本的には普遍主義のもと、学習機会と職業訓練の機会が平等に提供されているが、他の2カ国と違うのはフィンランドは1990年代前半に大量失業を伴う経済不況を経験し、財政的にも経済的にも大きな危機を経て、「イノベーション立国」を国家戦略とし、より未来志向の国家へと再生していったことにあります。

授業料は大学まで無料、国の奨学金や奨学ローン制度、学習目的の休業が可能な制度、生涯教育システム等により、フィンランド国民は、「誰でも、いつでも、必要なこと」を学べることが保証されている。
フィンランドでは、1990年代からヴァーサモデルと称される「就学前からの起業家精神教育」をスタートさせて注目されている。フィンランドの起業家精神教育は狭義の起業家教育ではなく、知業時代に対応する広範な教育の意識改革である。
ー『フィンランドを知るための44章』,19章,2008

手厚い失業者支援をベースに、起業しやすい環境を整備していることもフィンランドの特徴といえるかもしれません。


ざっと3カ国を見てきて感じることは、「学ぶことと働くことは両輪である」ということ。生きるためにただ何か職を得られればいいということではなく、どうすればより充実した人生をおくることができるかという支援の考え方のベースが異なるように感じます。そして失敗をしてもまた何度でも立ち上がれるための様々な工夫がなされていること。いま、日本ではある年齢を超えたら、一度会社をやめたら再び戻ることが難しい人が多い状況です。それが引きこもりを生むこともあるでしょう。片道切符ではなく、生涯働きがいを追求できる社会にむけて、北欧のシステムから学べることは少なくないのではないでしょうか。(もちろん人口構成などいろんな背景から難しい側面もありますが)


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