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覚悟を決めた三者面談<ADHDの息子の大学受験日記>

8月20日

受験生の夏の一大イベントといえば、三者面談だ。俺とお前と大五郎的に、生徒と保護者と先生で、今後の進路を決めるやつです。かのナポレオンも、「余の辞書に不可能という文字はないが、三者面談という文字はある」と言っていたほど重要なものです。

息子の三者面談は8月20日。この夏、東京がいちばん暑かった日だった。34.8℃、快晴。外に出るだけでもひと苦労なのに、学校で重くつらい話をしなきゃないなんて、私は前世でどんな悪いことしたというのか。親でも殺したか。自分の子どもを煮て食ったのか。

その前日に、私は息子と最終確認をした。もちろん、三者面談で明らかにしなければいけない進路の希望について、だ。

「お前としては、A大学(偏差値62)の一般入試が第一志望でいいんだね」
「うん」
「で、B大学(偏差値57)とC大学(偏差値57)を公募推薦で受ける、と」
「うん」
「B大学もC大学も公募推薦でダメなら、こちらも一般入試に切り替えるってことだね」
「うん」

自分の進路だというのに、息子は「うん」しか言わない。ドラクエの主人公だって、もう少しは話すだろう。「はい」とか「いいえ」とか。

そんな息子を横目に、私はまだ、B大学とC大学の指定校推薦への望みを潰せずにいた。

この息子に、2月まで受験勉強を続けられる根性はあるのだろうか? いや、根性はある。おそらく数学と物理は、やればやるほど偏差値が上がるだろう。だけど、問題は英語だ。どんなにがんばっても、偏差値が40ぐらいを低空飛行している英語だ。生まれつきの言語能力の低さが影響している英語を、2月までに仕上げることができるんだろうか……。

そんなモヤモヤを抱えて、三者面談に向かった。学校を目指し、汗を6ガロンほど流しながら進む。やっとのことで校舎に入ると、がっつり冷房が効いている。なのに、コロナ対策で廊下の窓がすべて開けっ放しになっていた。……暑い。ここはサウナか。ここでなにを整えろっていうんだ。

それでも教室に入れば、冷水タイムのような涼しさがあった。担任のH先生(男性)は、私と息子に席をすすめると、初っ端にこう切り出した。

「指定校推薦、どうする?」

やっぱり! そうですよね! いわゆる「禿同」だ。そんな古式ゆかしいネットスラングを言いたくなりながら、私は頷いた。

H先生は、息子が学校一厳しくハードな部活に所属しながらも、成績を落とさず、必死に勉強していたのを評価してくれていた。なので、「君ならB大学もしくはC大学の指定校推薦はイケるよ」と、暗に太鼓判を押してくれたのだ。

しかし息子は、きっぱりと「一般入試で行きます」と言い放った。

「僕としては、A大学にチャレンジしたい気持ちが強いです。そして、B大学とC大学の併願可能な公募推薦を受験したいと思ってます」

前日に「うん」しか言わなかった人間とは思えないほど、しっかりとした口調で息子は話す。立派だ。前日とは「中の人」が違うのかもしれない。なんなら、毎日この「中の人」でお願いしたいんだけど。

「ただね、B大学もC大学も、君の希望する学部の公募推薦では、毎年10倍近い倍率になるんだよ。特進クラスの優秀な子でも、その学部の公募推薦にはなかなか受からない。それでもいいのかい?」

H先生が心配そうに訊ねてくれたけれど、息子はさらにはっきりと「はい」と返事をした。

「公募推薦にも、全力で取り組むつもりです」

この息子の様子を見ていて、私の中から「指定校推薦」という選択が消え去っていった。ああ、そうか。息子は自分でちゃんと現状を把握して、これからの道を自分で作っていこうとしてるんだな、と理解できたからだ。

そしてふと、仕事で取材したことのある、有名な造形作家さんの言葉を思い出した。

「子どもが自分の主張を譲らなかったら、子どもの言うとおりするほうが絶対に正しいです。それを捻じ曲げることは、その子を壊すだけです。子どもには、大人の社会性では理解できないような判断力があるんですから。それを信じてあげるのが親の役割です」

これは、子どもに指導することもあるその作家さんが、常々子どもや親たちを見て思っていることだという。

確かにそうだよなぁ、と今さらながら思う。受験をするのも息子だし、進路を進むのも息子だ。私じゃない。それに、息子には言葉にできないような思いがあるのかもしれない。

そう思えば、自然と進路の答えは出るものだ。息子の希望どおりにすること。そして私は、彼を全力でサポートすること。……まぁ、受験だけじゃなく、子育てはすべてにおいてこういうものだけどね。

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