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高校公共でOfficial髭男dismの曲を大音量で流す日本国憲法の授業づくり

最近は授業実践のnote記事を出せていなかったので、今日は、冬休みの宿題として、高校公民科でこれまで実際に取り上げた授業について書いていきます。

今日のテーマは日本国憲法。でも、Official髭男dismの曲を授業中に正々堂々(?)と生徒と一緒に聞く、というちょっと変わった憲法の授業を紹介していきます。

ちなみに、公民科でよく使われる比較的最近のJ-POPといえば、欅坂46の『サイレントマジョリティー』。
今は櫻坂46と改名していますが、それ以前の、平手友梨奈さんがセンターだったときの漢字の欅(ひらがなのけやきではなく)坂46の2016年デビューシングルです。
公民科でよく使われる、というのはちょっと言い過ぎかもしれませんが、教科書・資料集にも載っているほど社会科の授業で登場する頻度は高めです。曲名と歌詞が民主主義のあり方について考えさせるものになっている、ということで取り上げられています。
2018〜2020年に教職課程を履修していたときに、公民科指導法の授業でも『サイレントマジョリティー』のミュージックビデオを視聴しました。ただ、PVだとダンスかっこよ、と映像にばかり目を奪われて、肝心の歌詞があまり頭に入ってこないんですよね。。。

さて、日本国憲法の授業に戻ります。日本国憲法は、社会科で何度も繰り返しやるんですよね。小学校でもやるし、中学校の公民、高校の公共、場合によっては、高校の選択授業で政治・経済を選択すると、教科書にはまたまた憲法が登場します。なんなら、大学でも法学部では憲法は必修ですし、教職課程でも必ず履修しないといけないものになっています。
なぜ何度も繰り返し学ぶのか。「大事なことは何度でも言うよ」ということで、大事だからやるのでしょうけど、完全に同じことの繰り返しだとさすがに生徒も飽きます。なので、学校の授業では、どう違いを出していくか、どう掘り下げていくか、どう広げていくかが、生徒の興味を引き出していく上でのポイントだと思っています。

日本国憲法の3つの基本原理など基本的な事項も当然触れていくのですが、私の授業では一つの題材を取り上げて、その題材を通じて、概念や知識を学ぶというスタイルを取ることが多いです。基本的人権の尊重についての単元では、「結婚」を題材としました。

「みなさん、結婚はしたいですか?」という高校生にとっては遠い未来のことを考える問い掛けからスタートです。

この指輪は実際に私が結婚式の時に撮影した私物です、というどうでもいい話も。

すぐにこんな質問を投げかけました。

結婚式の披露宴ではカップルのプロフィールムービーを流すことが多いのですが、令和の今、BGMで最も人気な曲は何だと思いますか?

ランキングの第1位のアーティストと曲名を伏せて生徒に聞きました。

出典は結婚式場運営大手のアニヴェルセル。シーン別のランキングが紹介されていて面白いです。

生徒の声でよく挙がるのが、木村カエラの『Butterfly』。いや確かに結婚式の定番なんだけど、いや時代がね。。高校生からするとちょっと世代がズレていない?よく知ってるね、という感じです。
あと、安室奈美恵の『CAN YOU CELEBRATE?』ですか?って、一体あなたはいくつですか?これ、完全に我々の世代ですよ?
西野カナ『トリセツ』はどうですか?は、まだわかります。やっと時代が近づいてきた。でもまだ平成。今は令和の時代です。他にもっと新しい曲ないですか?・・・という感じで掛け合っていきます。

次に、アーティスト名だけ生徒に見せます。結婚式プロフィールムービーのBGMの第1位のアーティストは、Official髭男dism。みんな知ってますよね?では、どの曲でしょう?知っている人いますか?

ここまでくると、曲名を言い当てる生徒も出てきます。でもクラスによっては、「えっとなんだろ、『I LOVE…』かな?」と、ヒットした知っている曲名をなんとなく言う生徒もいます。いやいや、みんながプロフィールムービーの静かに見ている中で、「イレギュラー!」って熱唱するのはダメでしょ(笑)

ランキングクイズの答え、結婚式プロフィールムービーのBGMの第1位の曲は、Official髭男dism『115万キロのフィルム』です。
曲名は知らなくても、聞いたことある人も多いんじゃないかな?いい曲なので、これからみんなで一緒に聞きます、と私が言うと大体教室はざわつきます。
いいですよね、このワクワク感。授業中に流行りの曲を大音量で流す背徳感。私は他の教室から怒られないようにそっと教室のドアを締めます。

『115万キロのフィルム』の2番のBメロの歌詞が、今回の授業に関連するものなので、よく聞いてくださいね、と言いつつ、とても良い曲なので曲の冒頭から聞きます(笑)
以下の引用は2番のAメロからの歌詞の抜粋です。

きっと10年後くらいにはキャストが増えたりもするんだろう
今でも余裕なんてないのにこんな安月給じゃもうキャパオーバー!
きっと情けないところも山ほど見せるだろう

苗字がひとつになった日も
何ひとつ代わり映えのない日も
愛しい日々尊い日々
逃さないように忘れないように焼き付けていくよ

Official髭男dism『115万キロのフィルム』 歌詞抜粋

この2番のBメロの途中で止めます。生徒は残念そうな反応をしますが、私から「この歌詞の中で、結婚を意味する比喩があったのですが、みなさん気がつきましたか?どんな歌詞でしたか?」というと、すぐに「苗字がひとつになった日」の部分です、という生徒の声が。そうですね、苗字がひとつになった日が婚姻届を出すこと、つまり結婚したことを意味しています。

ここまでこのnote記事を読んでいただいて、結婚の題材を通じて何を学ぼうとしているかというか、察しがついた方もいると思います。そうです、夫婦別姓・同姓をめぐる社会課題をこのあと授業で学んでいくことになります。最近の高校生はジェンダーに関する社会課題にも関心が高いのですが、そうであるが故に、同性婚と混同してしまう生徒もいるので、ここでは同性婚ではなく、結婚した夫婦の同姓・別姓が議論になっていることを補足します。

憲法の単元ではあるのですが、授業では民法の関連する規定も紹介します。

民法第750条
夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。

日本の現行法においては、結婚すると氏、つまり名字を夫婦で統一する必要があります。

授業で家族をテーマにするのはとても気を使うため難しいのですが、そんなときは自分のプライベートを切り売りして乗り切ります

生徒にも、結婚したらどちらの名字にしたいですか?と問い掛けます。結構色々な意見が出ます。自分の名字がいつも読み間違われるので相手の名字次第では変えたい、という何とも実用的な意見(私も読み間違われることが多いので気持ちはよくわかります)や、これまでずっと使ってきた名字だからできれば変えたくない、逆に、ありふれた名字なので珍しい名字にしたい、など素朴な意見が多いですが、最も多く聞かれたのは、「相手の希望を聞きたい」というものでした。いいですね、微笑ましく素敵な高校生。
世間一般に対して行われた夫婦同姓・別姓に関するアンケート結果も紹介しつつ、教室内でワイワイガヤガヤ話してもらいますが、このあと、実に96%の夫婦が夫の名字を選択してる事実を伝えると生徒は少し驚いた様子をみせます。

やや授業の流れから外れますが、基本的人権の尊重のうち平等権に関する概念として、形式的平等実質的平等を学びます。この概念は、私個人的には、深く考えようと思えばどこまでも掘り下げられる奥深いもので、単純に2つに分けられるものでもないと思っていますが、高校生の教科書では、概ね次のように説明されています。

形式的平等:すべての人を同じように扱う
実質的平等:個人の状況をふまえて扱いを変える

夫婦同姓を定める民法の規定が憲法違反だとして夫婦同姓を求める訴訟が起こされ、2015年に初めて最高裁判所の意見が出されました。その結果は、現行の民法の規定は憲法違反ではないとするもの。
上記で紹介した平等の類型に当てはめると、民法の規定は、少なくとも形式的平等は担保していると考えられます。夫の姓に統一しなさい、という規定ではなく、夫又は妻のどちらかにするとして、自由に選択できる規定だからです。
一方で、実際は、婚姻したカップルの96%は夫の姓を選択しているようです。結果的に著しい偏りが生じているといえますね。

日本国憲法の学びへの結びつけとして、この夫婦同姓を定める民法の規定が憲法違反だとする訴訟に関連して、最高裁判所が持つ違憲審査権という司法のチェック機能にも授業では言及します。
また、2021年の衆議院総選挙と同じタイミングで実施された最高裁判事の国民審査においても、夫婦同姓の現行の規定を合憲とした裁判官を落とそうと展開された通称「ヤシノミ作戦」が失敗に終わり、これまで一度も国民審査において不信任になったことがないことにも触れました。
三権分立の図は既に学習している内容ですが(あの矢印が双方向にたくさん出ている図ですね)、このような事例を通じて、三権分立の抑制と均衡の機能がどういったものなのか、本当に機能しているのか、より解像度高く生徒には学んでもらいたいなと思います。

Official髭男dismのヒット曲を聞いたところから、最後は三権分立まできました。
これは実際に授業の最後に生徒に話したことですが、「苗字がひとつになった日」という歌詞の曲を書いたヒゲダンを批判したり、揶揄する意図で授業中に紹介しているわけではありません。むしろヒゲダンは好きなアーティストです。ですが、流行曲は良くも悪くも世相を反映する、ということを伝えたかったんです。

昔のとある曲に、「盗んだバイクで走り出す」や「夜の校舎 窓ガラス壊してまわった」という歌詞があり、熱烈な支持を受けていましたが、令和を生きる私たちにとって、このような高校生の描写は少し違和感を感じますよね(いや、当時も衝撃的な印象だったかもしれませんが)。流行りの曲は、そのときの社会の価値観を映す鏡といえそうです。

「苗字がひとつになった日」という婚姻届を提出した日の隠喩表現が違和感なく受け止められ、『115万キロのフィルム』が結婚式のBGMとして多くのカップルの支持を集めているという事実から、夫婦同姓・別姓を巡る問題は、司法や立法から切り込むだけでは不十分で、もう少し深い、文化や価値観に関するものと捉えています。

以上、この他にも色々な話を織り交ぜながら日本国憲法の授業を進めていくのですが、知識だけでなく、概念や考え方も学んでいけるといいなと思っています。あとは、できるだけ楽しく、クラスメイトとワイワイしながら学ぶことができるといいなと。そのためには、教員もどんどん新しいことに挑戦することが大事だと考えています。まぁ、結局は、授業中に堂々とヒゲダンの曲を流したいだけなんですけどね(笑)

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