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『うたわない女はいない』読書記録

『うたわない女はいない』を読んだ


短歌が好きなので、時々歌集を読む。

ロマンティックさがありつつも、生々しい質感を感じる作がより好き。そのテーマが何であれ。

うたわない女はいない』は、労働にまつわる短歌とエッセイが収録されて
いる。


大人ならほとんどの人が労働しながら生きている。その種類や割くリソース、モチベーションは人それぞれだけど、仕事として何かを行為し、対価を得て、余暇には休息を取ったり生きていくための諸々にお金や時間を費やす、という普遍的なサイクルは誰もが共有する社会のルール。


芸術に男女という線引きを持ってくるのはあまり好みではないと思いつつ、自分が女性であるというアイデンティティは相応に意識しながら生きている(そうせざるを得ないとも言える)ので、女性の歌人による歌や文章には共感することもあるだろうと思い手に取った。

私が大好きなシンガーソングライター・吉澤嘉代子さんと歌人・俵万智さんの「おしごと小町短歌大賞」の選考をめぐる対談も収録されていたのも、子の本を手に取った理由の一つ。
ちなみに実は私もこれに2首応募していた。

特に好きだった表現

エッセイの1節(ここにしがみついていることへの懐疑・しかし疑っている暇もない、だがやはり、)

短歌の本だけど、思いの外掲載されているエッセイに心惹かれた。
特に、歌人・料理人の 稲本ゆかり さんのエッセイのこの部分には、他人事と思えない重みを感じる。

「わたしは好きなことを仕事にしてしまって以来、明るい地獄のような場所にずっといると思う。愛と生業と暮らしが密接に結びついてしまったこと、その隅々まで照らされて逃げ場のない感じ、そこから見える極彩色の景色! わたしたちは歌いながらその悪路を行くしかない。いつか気力が尽き果てて立ち上がれなくなってしまうまで。わたしもそうやって生きるのが幸せなのだと思う。でも、本当に?」

『うたわない女はいない』pp.90-91

私は完全に好きなことだけで食べているわけではないので「好きなことを仕事にしてしまって」という文章に共感するなどと言ってしまっては恐れ多いのは承知で。
私の現状としては、収入の2/3を演劇や音楽にまつわる仕事(広義)によって得ている。私の能力を鑑みればこれは本当に運が良かっただけだと自覚しているし、そもそも収入の分母が小さいので特段誇れることでもない。
ただ、仕事中も演劇の周辺のことを考えて、オフの時も週に2回程度は観劇に赴き、それでも全てを網羅できないという絶望に打ちひしがれるとき、「隅々まで照らされて逃げ場のない感じ、そこから見える極彩色の景色」の中で立ち尽くしてしまうのは私にも分かる。

それでも、私もこの景色を信じられるほどの気力はまだ残っていて、この道を進んでいたい。多分。
「でも、本当に?」と聞かれた時に、どきりとしてしまうのはなぜなのか。

つい最近SNSで見た、私は知らなかった俳優の「このまま続けていくよりも、 就職した方が幸せだと思い、決断しました。」という言葉が脳裏によぎる。

同じくSNSで見かけた、フルスタックアーティスト・齋藤恵汰さんの言説も。
「現代のアーティストには生活者と芸術家のダブルスタンダードが普通に内面化されていて、作品が世界を変えることよりも作品によって生活が成り立つことと自分の制作が世界に及ぼせる影響のサイズを天秤にかけ『死なない程度に』取り組むのが大半で、その意味では高齢者の延命措置の問題と本質的には同じ」

耳が痛いのは、どうしようもなく真実だから。
この指摘を100%肯定している訳ではないけど、それは甘えから来る精一杯の抵抗であることも分かりながら。

エッセイのことから派生しまくってしまったけど、つまるところ「心底信じるものにしがみついて、その対象が経済的な糧にすらなってしまっているけどその鮮烈な幸福には仄暗さがつきまとう」ということを再認識させられた。

労働短歌(何気ない日常も切り取り方で)

注目の歌人36名による労働短歌は巧みな作品ばかりだったので、それには言及するまでもないかなと思ってしまった。
どれも良くてピックアップできないというか。どれも一定の水準を超えてるから逆に何かがとびきり良いというわけではないというか。あとは、連歌ではないけど同じ歌人の複数の歌がセットで掲載されているので、セットで読んだ方が良いかなと思ったってのもある。ので、是非書籍をお手に取ってみてください!

ということで、「労働短歌」の方から好きだなと直感した歌を2つピックアップ。

ひとつめ。青森市の秘書、麻倉遥さんの作品。

耳たぶに収まるならば許されるピアスの星が側転してる

『うたわない女はいない』p.179

職場のルールの型にはめられる感と、側転っていう自由なイメージが裏表になってて、それがひらひら舞う感じがかわいい。ピアスの星ってどんなのだろう。小さく光るクリスタルかな、意外と何かのモチーフがついてるのかも。でもどっちにしても本当に星の形になって耳の周りをきらきらしながら回ってる映像をイメージした。


ふたつめ。兵庫県のメーカー事務職、竹林知可子さんの作品。

出勤しサーマルカメラに顔映す 今日の眉毛は上手く描けたな

『うたわない女はいない』p.183

あるある! サーマルカメラで髪型や顔の状態を確認すること、ある。
というかどうしても鏡の役割をするものが目の前に現れたらその度に気になる。でもあまりそういうことは口外せずに自分の中で密かに気にしたり整えたりする。下の句の心の声で自分を励まして、これから仕事頑張るぞ、というモチベーションに繋がってるのがユーモラス且つ爽やかで素敵。

まとめ

短歌って、みそひともじの字数制限があるからその中でいかに言葉を尽くすか、いかに足し引きしてみるか、色々思考を巡らせて作っていくのが楽しい。
想像を促す余白があってもいいし、克明に描写して鮮烈な映像を想起させてもいい。
自由なんだけど少し縛りがあるのがいい。
そうやって、言葉の上を縦横無尽に歩きながら、ひとつひとつ敏感に、大事にしてる人が紡いでいく文章や言葉を使った創作物には魂が宿る。
そんな文章が、比較的小さな単位で数多く読めるから歌集は好き。
『うたわない女はいない』は、労働にフォーカスしている歌集であるため、歌人の方々の歌人以外の仕事での風景が見えるのが新鮮だった。
それも種々様々で、経験したことのない職種での悲喜こもごもに新たな発見があったり、似たような場面に遭遇したことを思い出して「わかる!」と共感したり。

誰かの仕事を通してのドラマを垣間見るのはなかなか面白いものだった。
どんな仕事に従事している人でも、今は勉学が仕事だという学生でも、気に入る歌が見つかるのでは?

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