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「原民喜全詩集」より


この約一月ほど、鞄にいれて外出時ずっと持ち歩いた本に「原民喜全詩集」(岩波文庫)がある。私はいつも何かしら文庫や新書を携帯して出ているが、なぜこの本をえらんだか、もう憶えていない。あまり考えもせず入れたはずなのだが、この間、合間合間に取り出しては読んできた。

原民喜に、私は長年愛着というのか思い入れがあって、それは民喜の詩と出合ったきっかけが関係しているように思う。今回は記憶を掘り起こし、それを書いてみたい。

大学生時分に遡るが、私は作家中井英夫の小説や評論、エッセイ類をずいぶんと読んでいた。この人は、何をおいても大作「虚無への供物」をもって語られる訳だが、その一方で優れた随筆や評論を数多く残している。そんなある日、思潮社の現代詩文庫から出ていた「中井英夫詩集」をもと めた。このシリーズは、詩人の作品が書籍全体の約三分の二を占め、後半部で評者数名が批評文を寄せてある。

その中の一人が、中井の、特にひとつの詩を取り上げて、「この詩の美しさや瑞々しい叙情は、原民喜の「悲歌」を思い出させる」という風に書かれていた。そしてそこには「悲歌」が全部引用されてあったので、そのまま読む事ができた。

詩集をすでに手放してしまっているので、評者が誰であったか、また中井の詩が何であったのか、もう分からない。上記の批評も記憶を頼りにして書いたので正確ではない。だが、この時はじめて原民喜の詩作品に触れて、その美しさに感動した事は忘れようがない経験になった。

それで民喜の詩集を手に入れようとさっそく書店へ行ったのだが、意外なことに当時は流通していなかった。古書店を巡り歩いても一切見つける事はできなかった。そうなるとかえって思いが募る。民喜の詩をもっと読みたい。本がほしい。…

ふと思いたって、当時暮らしていた町の図書館へ問い合わせたところ、原民喜の全集を在庫している事が分かった。さっそく図書館へ行って全集をあたっていった。そこには民喜の残した詩が全編、収録されていた。私はそれらを読み、特に惹かれたものを自分の帳面に書き写していった。

ここで、「悲歌」を以下に掲げてみたい。

濠端の柳にはや緑さしぐみ
雨靄につつまれて頰笑む空の下

水ははつきりと たたずまひ
私のなかに悲歌をもとめる

すべての別離がさりげなく とりかはされ
すべての悲痛がさりげなく ぬぐはれ
祝福がまだ ほのぼのと向に見えてゐるやうに

私は歩み去らう 今こそ消え去つて行きたいのだ

透明のなかに 永遠のかなたに

悲歌

岩波文庫が「原民喜全詩集」を出したのが2015年で、私がそれを知って入手したのが2018、9年頃だったが、本当に嬉しかった。(この頃には関心がはなれ、書店で詩集を目にとめるまで3年を要した。自分の関心は批評とジャーナリズムに集中し、文芸よりも新書を優先していた。今は再び、優先順位がこれと逆転している。)こんな経緯で民喜と出合った人は他にいるだろうか。今夏ふと鞄に入れて、こうして詩集を読み返すのも実は久しぶりの事だった。

好んで読みたくなる場所は大体決まっている。冒頭「ある時刻」として纏められた十八編、「画集」、そして悲歌が最期に置かれた「魔のひととき」。この狭間にはとりわけ知られた「原爆小景」九篇があるのだが、ここを飛ばしてしまっている。最愛の妻を亡くした喪失を詠った「小さな庭」もなんとなく避けてしまう。拾遺詩篇「断章」も好きだ。集別にいけば「断章」を最も好きかもしれない。…

「断章」中の次の三編は印象深く響く。

みどり輝く坂の上に
傷ましきかな 空の青
輝くものをいとはねど
空に消え入る鳥を見よ 「虚愁」

川の流れのかたはらに
自らなる菜畑は
ひねもす青き空の下
明るき花を開きけり 「菜畑」

今 新しく打ちかへす
はじめてききし波の音
打ちかへしては波の音
潮の香暗き枕辺に   「波の音」

「原民喜全詩集」(岩波文庫)


今ここで「虚愁」を取ってみたい。

この詩は、清水のようにただすっ、と読み流しても、うつくしいが、読み込むと淵になっている箇所があるのに気づく。それは三行目で、「輝くものをいとはねど」ここが少し難しいのだ。この、“いとはねど”は、“厭わねど”でいいと思う。つまり「輝くものを(私は)厭わないけれど」と言っている。ではこの輝いている“もの”とは、何か。

詩の中に「輝いている」ものは一行目冒頭の「みどり」(緑、または翠だろうか)しかない。それは坂の上で輝いている。
ここで詩を説明口調で書き換えてみれば、

「緑が輝いている坂の上に、空の青さが傷ましい。輝くその緑を(私は)厭わないが、空に消えてゆく鳥を見よ。」

…こう言っていることになる。

詩人は、輝く緑の上で一面に広がっている青空に、傷ましさを感じ取っていた。輝いている眼前の緑を(私は)厭うている訳ではないが、そんな空に消えてゆく鳥を見よ…と、読者へ投げかけているものがあるようなのだ。

原民喜は、色(color)をあらわす言葉を効果的に、さりげない美しさで詩に描いてきた人だ。「虚愁」でも緑、青、空、鳥が、光と影のようにりなされ、心の陰影をそこにり込んでいる感じだ。

そして、この三行目後半をひらがなにしてピントをぼかし、あえて少し読みにくくした可能性も感じる。もしそうだとしたら、それは詩人のhesitationではなくmodestyな気が(個人的には)する。

八月十五日が近づいてきた。原民喜は広島原爆投下で被曝した人だった。終戦をへた1951年3月、国鉄(当時)線路に身を横たえ、自らの命を断った。最愛の妻の喪失、被曝も関係した健康の悪化、様々な事が語られてきたが、真の理由はわからない。…

原民喜は何よりもまず、広島原爆投下に取材した小説「夏の花」で世界的に知られた人だった。

本当は、私はこの記事を六日に出せれば、と思っていたけれど、推敲に時間がかかって出来なかった。これを機に(初めて)「原爆小景」とじっくり向き合うことと、なるべく時間を作って彼の小説を読みたいと考えながら酷暑の中を過ごしている。