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舞台 「月の岬」 観劇レビュー 2024/03/02


写真引用元:unrato 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「月の岬」
劇場:東京芸術劇場 シアターウエスト
企画・製作:unrato
作:松田正隆
演出:大河内直子
出演:谷口あかり、陳内将、梅田彩佳、奥田一平、松平春香、石田佳央、田野聖子、金子琉奈、赤名竜乃介、天野旭陽、真弓、岡田正、山中志歩
公演期間:2/23〜3/3(東京)
上演時間:約2時間(途中休憩なし)
作品キーワード:家族、田舎、ヒューマンドラマ、考えさせられる
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆


演出家の大河内直子さんが、日本や海外を問わず演劇の名作を演出して上演する演劇ユニット「unrato(アン・ラト)」の演劇公演を初観劇。
「unrato」は、これまでに三島由紀夫の『薔薇と海賊』(2022年3月)、アントン・チェーホフの『三人姉妹』(2023年9月)など数々の名作を上演してきた。
今回の11回目の公演となるunrato#11では、日本の1990年代の静かな演劇を代表する劇作家の松田正隆さんの代表作である『月の岬』を上演するので観劇することにした。
『月の岬』は、1998年に第五回読売演劇大賞最優秀作品賞を受賞した傑作である。
私は『月の岬』を観劇することも初めてである上、戯曲自体に触れることも初めてである。
尚、松田正隆さんの戯曲に関しては、『夏の砂の上』を玉田企画版(2022年1月)と栗山民也さん演出の世田谷パブリックシアター主催公演(2022年11月)で観劇したことがある。

物語は、長崎の離島の平岡家を舞台とした話である。
平岡家では姉の平岡佐和子(谷口あかり)と弟の平岡信夫(陳内将)が同居していたが、信夫は結婚した平岡直子(梅田彩佳)とこの家で暮らすことが決まっていた。
物語は、平岡信夫と平岡直子の結婚式の準備をしている所から始まる。
佐和子はずっと信夫と暮らしてきたので、信夫が直子とこの家に暮らし始めてもこの家に留まろうとしていたが、義弟の大浦幸一(奥田一平)には、そろそろ佐和子もこの家を出た方が良いのではとやんわり言われる。
そんな平岡家に清川悟(石田佳央)が現れる。
悟は佐和子に好意的であり執拗に平岡家に上がり込んで佐和子に近づこうとする。
しかし佐和子は悟から距離を置こうと必死で逃げ回るのだが...というもの。

『夏の砂の上』も長崎の田舎を題材にした作品だったので、『月の岬』も長崎の田舎の家族の閉塞的な日常を描くという点では共通するだろうと思いながら観劇に臨んだが、その点に関してはまさにその通りだった。
家父長制と狭い親戚との付き合いによって束縛されたような日常というのを感じて、それは松田さんの戯曲であるからこそ痛烈に描写されていて凄く満足度の高い脚本だった。
今作と『夏の砂の上』との決定的な違いは、物語後半の解釈の自由度にあって結末はどうだったのかをしっかり描いていない点が多くて、色々と想像力を掻き立てられる点では今作の方が戯曲の咀嚼のし甲斐という点では面白く感じられた。

一方で、玉田慎也さんや栗山民也さんが演出した松田さん戯曲のテイストと比較して、大河内さんの演出手法は個人的な好みとしては少々合わなかった。
そもそも東京芸術劇場のシアターウエストという劇場のキャパシティが大きすぎるというのもあるし、今回の上演は音楽を多用しての演出だったが、一貫性があってそれはそれでありだとも思いつつ、どうしても玉田さん演出と比較してしまうと好みの問題でしっくり来ない感触もあった。
少しベタ過ぎる演出で、もっと沈黙や役者の演技や間合いを大事にした作品として上演して欲しかったというのが個人的な感想だった。

また、役者は全員魅力的で非常に官能的に心をくすぐる演技が上手かったのだが、演技力はというともう少し惹きつけるものが欲しかったと全体的に感じた。
特に今作では長崎弁が話されるのだが、一般の人が無理に方言を話しているようなぎこちなさが見受けられて、もっと自然に方言を話せると良かったのではと感じた。
あとは、劇中に取っ組み合いのシーンがあるのだが、その迫力も少し乏しくて不自然な間や遠慮した掛け合いがぎこちなく感じて勿体なかった。

良くも悪くも戯曲の魅力にすがっているような上演に感じてしまったので、なぜ今のタイミングで上演に至ったのか、なぜ東京芸術劇場なのか、なぜ今回のキャスティングなのかをシャープにした仕上がりであった方が私の満足度は高かったかもしれない。
しかし、ずっと触れたいと思っていた『月の岬』を観劇出来て良かったし、やはり傑作だと感じたので多くの人に見て欲しい作品だと思った。

写真引用元:ステージナタリー unrato#11「月の岬」より。(撮影:交泰)




【鑑賞動機】

松田正隆さんの代表作の一つである『月の岬』を上演するということだったから。『夏の砂の上』が好きな私にとって、松田正隆さんの代表作には触れたいと思っていたから。
また、「unrato」という演劇ユニットの名前も最近はよく聞いていて、いつかは観劇しようと思っていたから。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

暗転して童歌のような音楽が流れた後にゆっくり明転する。ここは、長崎の離島にある平岡家。遠くでフェリーが出港する音が聞こえる。平岡信夫(陳内将)は姉の平岡佐和子(谷口あかり)に起こされる。今日は信夫と直子の結婚式なのだから早く起きなさいと。そして信夫は仏壇に眠る父と母に線香を上げておりんを鳴らす。
そこへ、近所に住む佐和子や信夫の妹の大浦和美(松平春香)がやってくる。和美はすでに結婚式の準備は整っていて礼服に着替えていた。まだこれから支度をするのかと信夫を見て呆れる。大浦和美の後に、和美の旦那の大浦幸一(奥田一平)もやってくる。
幸一は、信夫が礼服に着替えるために奥の部屋に行っている間に佐和子に話しかける。これからこの平岡家は、信夫と結婚相手の直子とも同じ屋根の下で暮らすことになると思うが、信夫・直子夫婦の家にいつまでも佐和子まで居候するのはお互いによくないんじゃないかと。佐和子も早く好きな男性を見つけて結婚した方が良いと言う。
信夫の支度が遅いので、大浦家は先にフェリーに乗って結婚式場へ行っていると言って平岡家を後にする。信夫もようやく着替え終わって、佐和子と一緒に家を出て結婚式に向かう。フェリーの音が遠くから聞こえる。

暗転。

誰もいない平岡家。そこへ清川悟(石田佳央)がやってきて平岡家の様子を窺っている。すると、家の中から佐和子が現れる。悟は佐和子に近寄ってくる。悟はずっと妻と東京で暮らしていたが離婚して、こちらに戻ってきたと、佐和子も信夫が結婚してしまって独り身なのだから一緒になろうと迫ってきて触ってこようとする。佐和子は悟から距離を置こうとして逃げ回る。
そこへ、平岡家に一人の男子高校生がやってくる。丸尾(赤名竜乃介)と名乗る男子生徒は、先生である信夫を尋ねてやってきたというが、佐和子は信夫が今新婚旅行に行っていて留守であることを告げる。丸尾は信夫が帰ってくるまで平岡家で待っていようとする。
悟は丸尾に近づいていく。悟と丸尾はどうやら同じ高校出身らしく、悟は同じ高校でも分校だったらしい。だから悟は丸尾の先輩だと豪語する。丸尾は大学進学を考えているらしく、頭がいいんだねと言ったり補修は大変そうだねと悟は言う。悟は大学へ進学していないらしい。

そこへ、丸尾と同じ高校の生徒である沢柳(天野旭陽)と七瀬(真弓)もやってくる。沢柳と七瀬は、どうやら先ほどまで二人で経ヶ崎で泳いできたらしい。七瀬は濡れた髪をしきりに拭いている。経ヶ崎では先ほど、七瀬は海で泳いでいたが溺れてしまった。そこを沢柳が助けたのだと言う。
その話を二人がすると、佐和子は経ヶ崎に伝わるとある伝説を話し出す。昔、長崎の本島に殿様の父親と娘がいた。娘は非常に出来が悪く、それが気に入らなかった父親は娘をこの島に島流した。娘は父親に会いたくて、満月の満ち潮の夜に経ヶ崎から泳いで本島に戻ろうとしたが溺れてしまい、そのまま海に沈んで行ったという伝説である。
その話を聞いて、同じ場所で沢柳は溺れている七瀬を助け、そのまま彼女とキスをしたと言う。

信夫と平岡直子(梅田彩佳)が新婚旅行から帰ってくる。丸尾は待ち侘びていたかのように信夫に相談する。丸尾は東京の大学に進学したいと、しかし父親には水産大学でないと認めないと反対されているのだと言う。信夫はなぜそれをもっと早く言わなかったと叱る。
一方で、七瀬は沢柳と付き合うことに決めたと信夫の前で宣言して困惑させる。

暗転。

夕方、和美と駐在の杉本(岡田正)が話をしている。駐在は、行方不明である清川悟を探しているが心当たりないかと尋ねていたらしい。しかし和美は見ていないと言っている。杉本は自転車で平岡家を去る。
平岡家には、佐和子と信夫と直子がいる。そこへ幸一がやってくる。どうやら一緒に暮らしている父がボケてしまって玄関で全裸でいるらしい。幸一と和美は大浦家の自宅に帰る。
夜になる。佐和子は蚊取り線香を焚いて縁側に置こうとした時、平岡家の隅に清川悟がいて驚く。悟は佐和子に再び近づいていく。一緒になりたいと。佐和子は警察を呼ぶように大声を出す。信夫も佐和子に近づこうとする悟を封じようとして取っ組み合いが始まる。
そんな中、平岡家には電話がかかってくる。直子がその電話を出るが、どうやら分校の生徒たちのイタズラ電話らしい。何度も何度も電話がかかってくる。信夫が佐和子のために悟から守ろうとしている姿を見て、直子は自分のことは守ってくれないんだと愚痴をこぼす。信夫はハッとする。
大事になりそうなので悟は逃げるが、直子がずっとお腹を抱えたまま奥へ行こうとするので、その様子を気にして信夫は直子と共に奥の部屋へ向かう。佐和子は一人取り残され、縛ってあった髪を振り解いたまま彷徨うように平岡家を出ていく。

暗転。

夜、平岡家には、信夫と直子がいる。そこへ、駐在の杉本ともう一人江頭峯子(山中志歩)という女性がやってくる。江頭はこの島の観光客のようなのだが、先ほど経ヶ崎の近くを歩いていると海のふもとに一人の女性が立っていたという。その女性は、今日のような満月の満ち潮だと岬が途切れて島になっているので渡ることは出来ないが、そうでない時は渡ることができると言う。江頭は思い詰めている訳ではないので関係ないと思ってその場を後にしたが、妙に気になって引き返してみた所、その女性は元の場所にいなくなっていたと言う。
杉本は、佐和子はどこへ行ったのかと信夫たちに尋ねる。分からないと答える。もしかしたらその女性は佐和子なのではないかと言って、家に佐和子の写真はないかと問うてくる。信夫はアルバムを取り出して佐和子を探す。平岡家のアルバムは、ほとんどが信夫の写真だった。やっと佐和子を発見して江頭に見せると、間違いなくこの人だったと言う。
杉本は急いで経ヶ崎を捜索すると行ってしまう。信夫もそちらに行こうとするが、直子に引き止められる。直子は、自分が経ヶ崎で溺れていた時信夫が私を助けてくれたと言う。信夫は狐に摘まれたように困惑し、経ヶ崎で直子が溺れているのを助けた覚えはないという。信夫は小さい時に、佐和子を経ヶ崎で遊んで溺れていた時に助けたことがあるが、直子を助けた覚えはないと言う。
しかし直子はそれを強く否定する。信夫に助けてもらったと。信夫はさらに困惑する。

暗転し、童歌が聞こえる。

昼間、平岡家には誰もいなかった。そこへ清川裕子(田野聖子)と娘の清川有里(金子琉奈)がやってくる。有里は、勝手に平岡家のベランダに座り込んで、裕子は一度は知らない人の家に座り込むものではないと叱るも、誰もいないので二人して座ることになる。
そこへ、信夫と直子が礼服で帰ってくる。どうやら大浦家で葬式があったらしく、その帰りだった。清川裕子は挨拶をする。清川悟の元妻の裕子と娘だと。今、清川悟と佐和子はどこにいるのかと尋ねる。清川の離島の実家にいっても留守だったので、きっと佐和子の元にいるに違いないと思って来たのだと言う。
信夫は、二人はどこにいるのか知らないと言う。そんなはずはないと裕子は思いながらも、何も手がかりがつかめなそうなので平岡家を後にする。信夫と直子は、夏から秋に季節が移り変わっていくのを感じる。ここで上演は終了する。

狭いドロドロとした人間関係、男性や長男が可愛がられる家父長制、女性は翻弄される宿命、そんなものを感じて私は終始心地悪かったが、これぞ田舎の暮らしだと思いながら納得しながら観劇していた。松田正隆さんの戯曲らしく、鋭さがあって田舎出身の私に響く物語だった。
丸尾の進路に関しても、家業を継がないとだから水産系以外の進学はNGとか、野球部なのに野球をやったことがないとか色々地方だからこその苦しさを反映していて苦しかった。
結末をほとんど描かずに余白を沢山作る脚本という点が凄く面白かった。結局、清川悟と佐和子はどうなったのか、結末は書いていない。また、直子がなぜ経ヶ崎で信夫に助けられたと言ったのかについても解釈が色々と考えられる。
また、信夫の心情の変化、佐和子の心情の変化、直子の心情の変化などを追っていくことでも物凄く考察が出来るから奥深く楽しめるのもこの戯曲ならではだと思った。

写真引用元:ステージナタリー unrato#11「月の岬」より。(撮影:交泰)


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

長崎の島の田舎の家屋なのだが、そこにはエンタメ要素も取り入れていて、今まで私が観てきた松田正隆さんの戯曲の世界観とは一味違った世界観だった。これはこれで一貫性があって良かったが、好みの問題としてやはりエンタメに寄せない方が私は良かったかなと思った。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
東京芸術劇場のシアターウエストという横長のステージに対して、下手側から上手側まで目一杯に平岡家の屋敷が広がっていて、非常に横長な舞台セットだった。まずステージ手前側には縁側が横長に端から端まで広がっている。縁側の手前には、石段とジョウロなどが複数無造作に置かれていた。劇中、空になったジョウロに直子は何度もつまづく。そして大量の水を飲み始める。信夫は直子との結婚は決まったものの、信夫は佐和子への感情もあって最初は愛されていなかった。しかし、徐々に信夫の気持ちが直子に向くようになって、直子は水分補給をするようになる。直子が空になったジョウロを蹴飛ばす暗喩というのは、信夫からの愛情不足で感情が枯渇していたことを暗示するのかもしれないと思った。
縁側には、木造の扉がいくつも横に移動出来るように配置されている。扉は格子状になっているのだが、その格子から奥の平岡家の中が丸見えになっている。
平岡家は、下手側が台所になっていて、ステージ中央が広く居間となっている。ちゃぶ台が置かれ、扇風機が置かれていた記憶である。そして上手側奥には仏壇が置かれていた。信夫たちの父と母の仏壇である。
そして、そのさらに奥も中庭?のようになっていて、植物が生い茂っていた。
かなり横に広い舞台装置だったので、若干居間が大き過ぎて違和感があったかなと思う。本来であれば、もう少し横に狭いステージで上演されるようの作品だと思うので、横に広すぎる点が若干不自然に思えた。あとは、欲を言えばちょっと舞台セットが子綺麗過ぎて、もう少し長崎の田舎の古びた屋敷らしさを出して欲しかった。そういったセットを用意する方がコストがかかると思うので、欲を言えばだが。

次に舞台照明について。
舞台照明については凄く私は好きだった。あのギラギラした太陽が輝く日中の照明、夜の満月が綺麗だと満月がなくても分かる月明かりの照明、夕暮れの照明、どの照明も時間帯を象徴的に表していて好きだった。
あとは、ステージ奥にある植物に照明が照らされて、本当に向こうに庭が広がっているのではないかと錯覚させる照明も好きだった。
あとは印象に残るのは、信夫が直子と二人で行ってしまって、一人佐和子が取り残された後半のシーンで、佐和子に寂しそうに青白く照明が当たる感じが美しかった。

次に舞台音響について。舞台音響は少々ベタだったかなと個人的には思った。
まずは、劇序盤と終盤に童歌みたいな音楽がかかる。童歌を選曲するのは合っていると思うのだが、曲調や使われている楽器がかなりエンタメ色に寄っていて、主張が強いのが個人的には合わなかった。だが、今回のような演出で一貫性を持たせるのであれば、そこは好みの問題なのかなと思った。
物語序盤に登場した、船のフェリーの音も個人的には主張が激しいように思えた。もう少しフェリーだとわかる程度にかすかに聞こえた方が臨場感は出ると思った。
信夫と悟の取っ組み合いの中、しきりになり続ける電話の呼び鈴は良かった。ここの呼び鈴は強調されていて効果的だった。これって、信夫は佐和子を守るために必死で直子を庇うことができず、代わりに受話器を取らざるを得ない直子が分校からのイタズラ電話に対応する羽目になってしまって、直子は信夫から守られていない構造を表現したかったのだろうか。男性はどちらか一人の女性しか守ることは出来ない、どちらかを選択することしかできないという苦渋の選択を突きつけているように感じた。

最後にその他演出について。
今作の演出では、役者のデハケがステージ内に止まらず、客席からも登場し捌ける演出が印象的だった。しかし、それが効果的かどうかは個人的には微妙だと感じたが、役者目当ての観客にとっては自分の客席の近くを役者が通っていって感動的な演出に感じるのかもしれない。
長崎弁の方言は全体的に役者に馴染んでいない感があった。「ばってん」という長崎弁が凄く無理やり取ってつけた感じがあって、方言を自然に話す演技というのは難しいのだろうなと感じた。
あとは、信夫と悟の取っ組み合いのシーンはもうちょっと迫力が欲しかったなというのが個人的な感想。ちょっと無駄な間もあって、勢いも途中で失速したりして不自然なタイミングがあった。これがもう少し小さめの小劇場であれば臨場感や迫力が伝わるかもなのだが、横に広いステージだし劇場自体も広いしで、迫力が発散してしまっている感じが否めなかった。
至る所で家父長制や男性優位な描写が多くて、今のジェンダー価値観で生きる現代人にとっては少し脚本の古さはあるかもと思った。しかし、時代設定的には違和感がないので、それを受け付けられるか受け付けられないかの観客の問題な気がする。例えば、信夫がどの女性へ愛情を傾けるかによって、平岡家を支配する女性が変わる感じがした。物語前半は佐和子であったが、徐々に佐和子は信夫が直子を優遇するようになったので平岡家から消える羽目になった。一方で直子は最初は平岡家に嫁いできたという身なので肩身が狭そうだったが、徐々にこの屋敷の妻としての風格を持っていく変わりぶりが見応えあった。これは単に、信夫がどの女性へ愛情を注ぐかに依存するんだよなと考えると残酷だった。また、平岡家のアルバムを取り出す場面があったが、信夫の写真ばかりだという発言に衝撃を受けた。平岡家一族として小さい頃から大事にされたのは信夫で、佐和子はあまり気に留めてもらえなかったことを窺わせる。
また、信夫は高校の先生をしているが生徒に対してかなり上からで高圧的だったのが、今の価値観で生きていると受け付けなかった。こんな高圧的な教師は今の時代はアウトだろうなと思ってしまう。
大浦幸一が佐和子に対して、早く結婚して平岡家を出た方がいいと人様の家庭に口出ししてくるのも、今の価値観で生きていると良い意味で違和感を感じた。昔の田舎はこんな感じの親戚ばかりだったのだろうなと思う。

写真引用元:ステージナタリー unrato#11「月の岬」より。(撮影:交泰)


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

役者は美男美女揃いで、彼ら彼女らを観ているだけで官能的で心が揺さぶられる思いだった。そういった魅力を放っている点では素晴らしかったのだが、演技力は全体的にもう少し磨いて欲しかった。
特に印象に残った役者、キャラクターを記載する。

まずは、平岡信夫役を演じたワタナベエンターテイメント所属の陳内将さん。陳内さんの演技を拝見するのは初めて。
非常に体格の良い方なので、タンクトップ姿が凄く似合っていた。いかにも長崎の田舎に暮らす若い男性という感じがあった。そして声が凄く太いので、男らしさは十分感じられたし、平岡家の大黒柱という感じがあって男性としての迫力があったので、家父長制という構造をよく反映していたと思う。
そういう意味で私はキャラクターとしては好きになれなかった。昔の価値観を持つ男性というのが強くて、佐和子や直子に対して偉そうだし、特に先生というのもあって生徒に対してはより偉そうだった。そして佐和子も直子もどちらも守ってやりたいという傲慢な男性欲も感じた。しかし男性は基本、一人の女性しか幸せに出来ない。そんな不条理が突きつけられている感じがして、そこに心動かされた。

次に、平岡佐和子役を演じた谷口あかりさん。谷口さんはミュージカル俳優で劇団四季にも所属していたことがある方。谷口さんの演技を拝見するのは初めて。
ミュージカル俳優だと後になって知ったのだが、納得のオーラを放つ女優だった。ステージに立っている姿も力強くてたくましさを感じられた。だからこそ、物語序盤の平岡家を取り仕切る感じは合っていたのだが、徐々に信夫の愛が直子に変わっていくうちに、平岡家を追い出されるほどのか弱い女性へと移り変わっていく点に若干の違和感を感じた。谷口さん演じる佐和子はもっとたくましい女性にそれまで映っていたので、清川悟などを押しのけて自分の力で生きていけそうだとも思ってしまったので。
しかし、劇団四季にいた俳優だけあって、ステージに立つ姿は凄く凛々しくて素晴らしかった。透明感のあるオーラを感じてその魅力に私は惹かれた。凄く透明感があって魅力的な女優が舞台にいるだけで凄く惹き込まれるのは間違いないなと思った。その辺りのキャスティングとベタな音楽演出には一貫性があったなと思った。

平岡直子役を演じた梅田彩佳さんも素晴らしかった。梅田さんは元AKB48、NMB48のメンバーであり、演技を拝見するのは初めて。
谷口さんと並ぶくらい梅田さん自身も凄く官能的に心を揺さぶられる存在だった。凄く魅力的で観ているだけで惹き込まれる。ただ、谷口さんとの大きな違いは、梅田さんの方が単独でのオーラはそこまで強くなくて、だからこそ今作の戯曲に馴染んでいるようにも感じた。
まず、信夫と新婚旅行から帰ってきたシーンでは、まだ平岡家に馴染めていない感じがあって肩身の狭い存在だった。それが衣装や仕草からも感じられて演技としても素晴らしかった。しかし徐々に信夫から愛されていくことによって平岡家での存在感を発揮していく過程が物凄く良かった。おそらく、母から佐和子と受け継がれてきた着物を着たというのもあるのかもしれない。そんな過程に引き込まれたが、それは女性が嫁に行って嫁ぎ先に染まっていくことを暗に示しているとも思えるので、そういった意味での家父長制にもゾッとした。
ラストの平岡家をもはや取り仕切る感じのオーラになっている直子が凄くかっこよくもあって怖かった。こんなに女性って変わるものだっけと思うくらいに。新婚旅行から帰ってきた時のあどけない直子はどこかへ行ってしまって、ぴっしりと着物を来て構えている姿は一段と強く逞しくなった感じを受けた。梅田さんは、非常に役にもハマっているし、そのギャップも上手く見せていて素晴らしかったと思えた。

清川悟役の石田佳央さんも素晴らしかった。石田さんの演技も初めて拝見する。
いかにも柄が悪くて不審者そうな感じが怖くて良かった。あんな男性が田舎で急に現れたら怖くなるのも無理はない。そして、これはそもそものキャラクターなので仕方ないのだが、いきなり他人の家に上がり込んで女性を触ろうとするって道徳的にやばいなとも思った。そんなことが罷り通るひと昔前の田舎の怖さを知った。
あとはサングラスが凄く似合っていた。

写真引用元:ステージナタリー unrato#11「月の岬」より。(撮影:交泰)


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは今作の戯曲について考察していく。

この戯曲、特に物語後半にはかなり謎めいた描写も沢山あって解釈の余地が沢山ある。そこを私なりに考察していこうと思う。
まず、平岡家は佐和子、信夫、和美にとっての父親と母親は死んでしまっている。たしか母親は信夫がまだ小さい頃に亡くなっていて、父親は経ヶ崎で佐和子が溺れているのを助けようとして亡くなっている。だからこそ、平岡家を佐和子と信夫の姉弟で小さい頃からずっと暮らしてきたと考えられる。妹の和美もいたと思うが、物語が始まった段階で大浦家にお嫁に行っている。
昔の長崎なので、女は早めに嫁に行くというのが当たり前だったに違いない。しかし佐和子はなかなかいい歳をしても嫁に行かなかった。それは、幼い頃から父と母を失って平岡家を守ってきた佐和子と信夫だったからこそ、彼らは姉と弟の関係であるもののいわば夫婦に近い形で暮らしていたのだと思われる。

しかし、信夫は直子と結婚することになる。直子が平岡家に嫁に来て信夫と直子で平岡家に同居することになる。佐和子はこのまま平岡家に留まるつもりでいたが、妹の和美の旦那の幸一にも早く嫁に行ったらとおせっかいを言われる。
そこへ清川悟という東京で結婚して暮らしていた男性が佐和子の元に現れる。悟は、清川裕子と離婚して行方をくらませて長崎の離島に戻ってきたらしい。きっと悟にとっては東京の暮らしが生きづらくて、信夫が直子と結婚するというのを聞きつけて、佐和子と復縁しようとして戻ってきたのかもしれない。
しかし佐和子はそんな悟の誘いを断る。佐和子はやっぱり弟であるけれど信夫が好きみたいで、悟のことは生理的に受け付けなそうである。

ここから、物語後半の考察を経ヶ崎に伝わる伝説と合わせて考察していく。
まず経ヶ崎の伝説は、満月の満ち潮の晩、長崎の本当の殿様であった父親が助けに来なかったがために、娘は経ヶ崎で溺れ死んだとされている。一方でこれには逆のことも言えて、経ヶ崎でもし溺れた女性を男性が助けたら、その二人は結ばれるということにもなりえるのだと思う。
実際、沢柳と七瀬がそうだった。七瀬は経ヶ崎で溺れたが沢柳が彼女を助けた。その後二人はキスをして付き合うことになった。さらに、幼い時の佐和子もそうである。佐和子が経ヶ崎で溺れていた時、助けたのは父親だったがその助けを呼んだのは信夫である。だから間接的に経ヶ崎で溺れている佐和子を信夫が助けたと言って良い。そして、信夫は直子と結婚するまで佐和子と一緒に暮らして愛し合ったのである。

まず最初の疑問が、信夫は直子を経ヶ崎で助けていないのに、直子は信夫に助けてもらったと言っている。これはどういうことなのか。もちろん、信夫は直子を経ヶ崎で助けた覚えはないと言っているので何かの比喩だと考えられる。
信夫は喉が乾いた直子にしきりに水を飲ませる描写があるが、一方で佐和子は平岡家から姿を消してしまう。この水を信夫が直子に飲ませたというのがおそらく、ここでいう経ヶ崎で溺れた直子を信夫が助けたに該当するのかなと思う。この時おそらく直子は妊娠していて、だからこそ脱水症状を起こしそうな状態だったのではないかと思う。もし直子に信夫が水を飲ませていなかったら、きっと直子は脱水症状を起こして死の危険がったのかもしれない。
しかし、男性は誰か一人の女性しか助けることは出来ない。直子を助けた代わりに佐和子を助けることが出来なかったのだと考えられる。直子が脱水を起こしそうになったと同時に、江頭の話では佐和子は経ヶ崎にいた。きっとこのタイミングで、佐和子は経ヶ崎で溺れて信夫からの助けを得られなかったと解釈出来る。これによって、信夫は佐和子ではなく直子を選んだと解釈できる。

佐和子は果たして、経ヶ崎で溺れ死んだのだろうか。私はここに関しても2つの解釈が考えられると思う。一つは佐和子はそのまま経ヶ崎で溺れて亡くなったという解釈である。信夫の助けが来なかったから。それはつまり、殿様の父親に迎えに来てもらえず溺れ死んだ娘の伝説とも通じてくる。
もう一つの解釈は、溺れた佐和子を清川悟が助けに来たという解釈である。これによって佐和子は救われ悟を好きになったのではという解釈も出来ると思う。経ヶ崎には、溺れて助けられた男性を好きになるという魔力がある。父に助けられた佐和子しかり七瀬しかり。だから今まではずっと佐和子は悟のことを避けていたが、ここで救われたことで好きになり、どこか見つけられない場所でひっそりと二人で暮らしているという解釈も出来るのかなと思った。

しかし、ここで二つ考慮しないといけないことがある。佐和子が再び溺れた日は満月であり、伝説の父親が助けてくれなかった娘が溺れ死んだシチュエーションと重なるということである。たしか、それ以外の助けられたタイミングは全て満月ではなかったと記憶している。七瀬が溺れたのは日中なのは間違いないし。だとしたらやはり、佐和子は誰にも助けてもらえず溺れ死んだと考えた方が良いのかもしれない。
また、もし悟が佐和子を経ヶ崎で救っていたとしたら、清川裕子はどうなるのか。この物語のラストで清川裕子は登場するが、別に死んではいない。もし、悟が佐和子を救っていたとしたら、何かしらの比喩で裕子も溺れ死んでいないといけないのかなと思う。しかし生きているので、悟が佐和子を救ったとも考えにくいのかなと思った。

最終的なラストの解釈は観客一人一人に委ねられているが、私は佐和子はそのまま満月の晩、経ヶ崎で溺れ死んで再び伝説が生まれたと考えたほうがしっくりいくと思っている。

写真引用元:ステージナタリー unrato#11「月の岬」より。(撮影:交泰)


↓松田正隆さん作の作品


↓田野聖子さん過去出演作品


↓山中志歩さん過去出演作品


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