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舞台 「桜姫東文章」 観劇レビュー 2023/02/04


写真引用元:木ノ下歌舞伎 公式Twitter



公演タイトル:「桜姫東文章」
劇場:あうるすぽっと
劇団・企画:木ノ下歌舞伎
作:鶴屋南北
監修・補綴:木ノ下裕一
脚本・演出:岡田利規
出演:成河、石橋静河、武谷公雄、足立智充、谷山知宏、森田真和、板橋優里、安倍萌、石倉来輝、荒木優光(サウンドデザイン)
公演期間:2/2〜2/12(東京)、2/18〜2/19(愛知)、2/22〜2/23(京都)、2/26(新潟)、3/4〜3/5(福岡)
上演時間:約3時間15分(途中休憩15分)
作品キーワード:歌舞伎、ラブストーリー、コンテンポラリーダンス、時代劇
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆


木ノ下裕一さんが主宰する、歴史的な文脈を踏まえつつ、現代における歌舞伎演目上演の可能性を発信する団体「木ノ下歌舞伎」の舞台作品を初観劇。
今作は、歌舞伎の演目である四代目鶴屋南北の戯曲を、「チェルフィッチュ」を主宰する岡田利規さんが演劇として脚本を執筆し演出している。
筆者は『桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)』という作品に触れること自体が初めてであり、全く予習や下調べをせずに観劇した。

物語は、武士の時代の鎌倉を舞台とした内容になっている。
修行僧である清玄(成河)は、稚児である白菊丸(石橋静河)と江ノ島で心中を図るも、白菊丸だけが入水して心中し、清玄は心中未遂をして生き残ってしまう。
その土地を治めていた吉田家の当主・吉田少将惟貞が何者かによって殺害され、家宝である都鳥が盗まれてしまい、吉田家の姫君である桜姫(石橋静河)は清玄のいる新清水寺に出家してくる。
しかし、ずっと左手が閉じたままだった桜姫の手は、清玄と出会うことによって開かれ、そこから白菊丸の形見である香箱が出現したことから、清玄は桜姫を白菊丸の生き返りだと信じて恋をするという話。

ストーリーとしては、桜姫はそこから清玄だけではなく様々な侍たちに好かれ翻弄されながら強く生きていく物語なのだが、一番伝えたいポイントはなんと言っても演出部分。
岡田利規さんが演出をされているというのもあって、岡田さんの持つ独特な演出によって見事に世界観が作り上げられていた。
役者は身体をユサユサと揺らしながら演技をし、良い意味で脱力感のある演出がなされているので緊迫感は殺陣のシーンになっても感じられず、絶えずエレクトロン楽器のユニークな効果音が流れて独特な舞台空間だった。
そのため、あまり舞台空間に惹きつけられる感じを受けず、個人的には序盤は、こんなシーンが3時間も続いたら集中力を切らすのではないかと思ったが、案外最後まで楽しむことは出来た。

しかし、演出手法自体は独特で面白かったのだが、なぜこの演出手法で歌舞伎の演目である今作を上演したのかという必然性が感じられなかった部分はモヤモヤが残る結果だった。
一つのエンターテイメントとして楽しめばそれで良いのだが、個人的にはこの演出手法を加えることによって新たに戯曲の一面が見えてくるといった面白さがあれば非常に素晴らしかったと思ったのだが。

役者陣は皆素晴らしかった。
あのような脱力感ある演技(良い意味で)を3時間やっていても十分に楽しめたのは、役者陣の圧倒的な演技力の高さの影響も大きいと思う。
そして個人的には特に石橋静河さんの演技が非常に素晴らしく、終盤の徐々に姫君から、言い方は悪いがグレて逞しくなっていく過程が、石橋さんが演じるからこその迫力があって素敵だった。

歌舞伎の演目と聞くと難しそうに聞こえるかもしれないが、映像で事前に今後の展開が説明されてからシーンが進むので、観劇慣れしていない観客でもストーリーを追いやすく作られていると思う。
ストーリーの咀嚼には苦労はしないと思うが、一人で複数役演じることに対する混乱と岡田さんの独特な演出手法によって、観劇初心者にとっては好き嫌いは分かれるかもしれないが、記憶に残る観劇体験になることは間違いないと思う。ぜひ多くの人に観ていただきたい。

写真引用元:ステージナタリー 木ノ下歌舞伎「桜姫東文章」より。(撮影:前澤秀登)


↓鶴屋南北『桜姫東文章』


【鑑賞動機】

「木ノ下歌舞伎」という団体は以前から知っていてずっと一度は観劇したいと思っていた。2020年6月に木ノ下歌舞伎が『三人吉三』を上演予定でチケットを取っていたが、コロナ禍に入ったことで中止。それ依頼3年越しに木ノ下歌舞伎の舞台作品を観劇する機会に恵まれたので、個人的には非常に楽しみにしていた。
また、岡田利規さんが作演出を務められていて、石橋静河さんが出演されるということもあり、2021年6月に観劇して非常に胸を打たれた『未練の幽霊と怪物ー「挫波」「敦賀」』を思い出して(岡田利規さん作演出で且つ石橋静河さん出演)期待値は高め。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇して得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

ステージ上にかかったカーテンのような幕が開き、役者たちが小道具などの準備を始める。エレクトロン楽器の演奏者も音を流しながら調節をしている。
第一幕、新清水寺の高僧・清玄(成河)は、稚児の白菊丸(石橋静河)と共に、江ノ島で心中を図る。白菊丸はずっと清玄の元にいられたことを嬉しく思い、清玄と一緒ならばこのまま死ぬことが出来ると言う。しかし、海に飛び込んで心中したのは白菊丸だけであり、清玄は海に飛び込まず生き残ってしまう。
巷では、高僧・清玄と白菊丸が心中を図ったらしいと噂されている。

それから17年の歳月が過ぎる。
新清水寺のある鎌倉を治めていた吉田家当主である吉田少将惟貞とその次男の梅若丸が殺害されたらしい。それに加えて、吉田家の家宝である「都鳥」も盗まれた。巷では、吉田家の家宝が無くなったということは、確実に吉田少将惟貞は殺されたと噂されていた。
吉田家に仕える入間悪五郎(足立智充)は、殺害された吉田少将惟貞の娘の桜姫(石橋静河)に許婚しようとするが、桜姫の左手がずっと開かないということを理由に自ら離れた。

新清水寺の清玄の元に、桜姫が出家を申し出るが故にやってくる。桜姫は左手が開かないのを前世の罪だと捉えたようで、その罪を償うために出家を申し出たようだった。桜姫が新清水寺での出家を清玄に認められると、なんと桜姫の左手は開き、そこから「清玄」と書かれた香箱が出てくる。
清玄は驚き、以前白菊丸と心中するときに白菊丸が形見として香箱を持っていたことから、清玄は桜姫が白菊丸の転生なのではないかと疑う。
桜姫の左手が開いたと知った入間悪五郎は、再び桜姫に許婚しようと彼女に近づこうと行動を起こし始める。そして、釣鐘権助(成河)に入間自身との縁組を要請する艶書(えんしょ)をしたためて渡してくるように仕向ける。

新清水寺で桜姫は、権助と再会する。実は桜姫は出家する前に権助と性行為をして子供を産んでいた。しかし、釣鐘権助は盗賊の身分であったため、2人の間に子供が産まれたことを公表する訳にはいかなかった。そこで、産まれた子供は桜姫の主従の長浦(武谷公雄)に預けていた。
権助は桜姫の出家を取りやめるように仕向ける。そしてそのまま、桜姫は権助と良い感じになり、お互いに服を脱ぎ始める。ステージ上のカーテンのような幕が閉まり、その向こうで性行為をしているのだろうというシチュエーション。

第二幕、桜姫はなぜか清玄と密かに恋仲になっているのではないかという「不義密通」の罪をかけられ、桜姫も清玄も非人扱いされ追われる立場となる。2人は取り押さえられ、稲瀬川で晒し者にされる。清玄は、桜姫が自分が以前心中を一緒にしようと図って死んだ白菊丸の転生ではないかと疑っていることを告げ、夫婦になることを迫る。しかし桜姫は当惑する。
そこへ、桜姫と許婚を迫る入間悪五郎がやってくる。入間は桜姫を手に入れようとするが、松井源吾(板橋優里)と粟津七郎(森田真和)が現れて、桜姫を守ろうと一騎打ちを始める。その間に清玄は川に飛び込んで逃げてしまい、桜姫も逃げて清玄とは離れ離れになってしまう。

第三幕、吉田家には寺子屋があり、山田郡治兵衛(武谷公雄)が取り仕切っていた。郡治兵衛には小雛(板橋優里)という娘がいて、稲野谷半兵衛(足立智充)と許婚していた。そして稲野谷半兵衛には弟の稲野谷半十郎(石倉来輝)がいて、なぜか半十郎は寺子屋に居候していた。
ある日、小雛と半十郎は密かに恋仲になっているのではないかという無実の罪を着せられる。2人は否定しているものの、稲野谷半兵衛はそう決めつけて2人を許さなかった。
そして、半兵衛は自分の弟である半十郎の首を斬る。そして、郡治兵衛は娘の小雛の首を斬る。2人はそれぞれ弟、娘の生首を引っさげている。
その様子は吉田家の人々たちに伝えられ大騒ぎになる。

ここで幕間に入る。

第四幕、清玄はずっと桜姫のことを思い探し続けていた。その時、とある女性とすれ違い桜姫ではないかと疑う。雨も降っていて夜で暗かったので、しっかりと顔を把握できぬまま別れてしまう。
清玄は病気になってしまい、女犯の罪で寺を追い出された残月(谷山知宏)と、彼と同棲している長浦(武谷公雄)の元で療養していた。残月と長浦は、清玄を毒殺する計画を立てる。
青とかげの毒の入った薬を作る残月と長浦。それを清玄に飲ませようとするが薬をなかなか飲もうとしないので、強引に押し付けて飲ませて毒殺する。
残月と長浦は死んだ清玄を墓に埋めてしまおうと、墓掘りの釣鐘権助を呼ぶ。権助は穴を掘り始める。
その時、桜姫が現れる。残月と長浦は桜姫を暖かく迎え入れるが、残月は桜姫を自分の女にしようと近づき始める。それを察知した桜姫は残月と長浦を追い払う。
一人になった桜姫は、先ほどまでここに清玄がいたのではないかと感じる。すると、死んでいた清玄は蘇り桜姫の元にやってくる。清玄は、白菊丸という稚児と心中しようと試みたが、自分は心中出来ず、白菊丸だけ心中したこと、そして左手に香箱を持っていたことから、桜姫が白菊丸の転生なのではないかと思っていることを桜姫に告げる。
桜姫は恐怖を感じて清玄を誤って殺害してしまう。
そこへ墓掘りの権助が現れて再会し、彼と一緒に暮らすことになる。

第五幕、権助と桜姫が一緒にいる所に入間悪五郎が久しぶりに現れる。入間は桜姫と許婚しようとするが権助と桜姫で成敗する。
粟津七郎が身をやつして有明仙太郎になっており、その妻のお十(安倍萌)が赤子を預かっていた。権助は桜姫と暮らし裕福になっていたのでその赤子を預かることになる。桜姫は、次第に派手な服装を着て逞しくなっていく。

第六幕、権助は組合の集まりに招集されて家に桜姫を残して留守にした。
桜姫は一人になると、再び清玄の亡霊が現れる。清玄の亡霊は、桜姫に一つ伝えたいことがあると言う。それは、桜姫の父親である吉田少将惟貞を殺害して都鳥の家宝を奪ったのは、釣鐘権助で、彼の本名は信夫の惣太であることを告げる。さらに、今預かっている子供は権助と桜姫との間に産まれた赤子であることも告げる。桜姫は驚く。

権助は酔っ払って帰ってくる。桜姫は清玄の亡霊の言うことを信じて、実は自分の父親を殺していたことを知ったと言って、権助と赤子を殺害してしまう。ここで上演は終了する。

ストーリーだけを手に取れば、桜姫は非常に逞しい女性だなと好きになってしまう。様々な侍に近づかれながら、そこから逃れようと必死で生きる姿にグッときた。やはり最後まで自分の父親を殺された恨みはずっと心の内にしまっているのだなと、桜姫の行動から読み取った。どんなに一緒に暮らし、子供を産んだ男性でも、自分の父親を殺した敵は忘れないのだなと、女の執念を感じた。
また、清玄の白菊丸、桜姫に対する未練も凄いものだった。17年前の心中を一緒に出来なかったという後悔が、ここまで桜姫という女性をも巻き込んで続いているとは。そして清玄は死してもまだ、桜姫にずっとつきまとって彼女を苦しめる思いの強さも凄まじいものだった。
あとは、清玄と権助の立場が非常に近しくて、しかも成河さんという同じキャストが演じているので混同する。私も途中の、「不義密通」の罪に問われる直前の成河さんと石橋さんの性行為を匂わせるシーンは、清玄と桜姫だと勘違いしていた。
小雛と半十郎が無実の罪で殺された下りが、本編とどう絡んでくるか分からなかった。清玄と桜姫も無実の罪を着させられたという点では同じなので、無実の罪を着させられた恋人同士にハッピーエンドは存在しないという伏線を張りたかったのだろうか、分からなかった。

写真引用元:ステージナタリー 木ノ下歌舞伎「桜姫東文章」より。(撮影:前澤秀登)



【世界観・演出】(※ネタバレあり)

岡田利規さんらしい独特な演出手法に圧倒された舞台空間だった。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
舞台上には、ステージのように一段高くなっていてカーテンのような上手から下手に引くことで閉まるような幕のある空間があった。
そのステージのような空間には、下手側には窓(といっても現代的なものでなく装飾が多い)が付けられていて、そこから雷の照明が差し込める仕掛けになっていた。
下手奥には、下へ飛び降りれるような段差が存在しているようで、清玄が「不義密通」で川に晒されたときに川に逃げ込んだ先や、白菊丸が心中をする穴として機能していた。
ステージ中央奥には、巨大な一本の柱があって、そこに「第一幕」のような文字による映像が映し出されていた。幕を表すだけでなく、ストーリーのあらすじを少し先まで文字で提示する演出も取られていて、今回の演出だとなかなかストーリーは追いづらいが、この字幕があることによってだいぶ理解が助けられたと思った。
ステージ上手奥側には、直方体の建物のようなものがあって、青色に装飾されていた。どこの建物ということはなく、デハケになっていた記憶。また、映像が映る柱とその建物の中間くらいに、エレクトロン楽器を演奏する奏者が居座っていて、そこからSEや音楽を流していた。
あとは、カーテンの汚しが結構好きで、白地に黒っぽく汚されている感じが好きだった。

次に舞台照明について。
一番印象的だったのは、下手の窓から差し込む雷の光。あのチカチカと光る感じがとても雷らしくて好きだった。その演出が舞台空間全体の演出ともマッチしていたような気がした。
あとは、白菊丸が心中するシーンなど、石橋さんに白くスポットが当たるビジュアルがとても好きだった。石橋さんが物凄く照明映えしていて素敵だった。
あとは、全体的に赤っぽい感じの照明によって照らされていた気がする。なんとなく時代劇ってそんな印象があるので好みだった。それと夜のシーンの青っぽい感じの照明も好きだった。

そして、次に舞台音響について。
岡田利規さんの演出ということもあり、非常に音楽が独特だった。まず、ずっとエレクトロン楽器によって、「ヒューン、ヒューン」とか「リリリリリ」とか終始小さく効果音が鳴り響いていて、歌舞伎の演目なのに凄く現代的な演出がうまくハマっていて、新鮮なものに出会った印象を受けた。感想を言うのは難しいが、物凄い感動を抱いた訳ではないのだが、どうやったらこんな発想出来るのだろうみたいな、不思議な感覚だった。
あとは、エレクトロン楽器で擬似的な効果音を流す演出も非常に独特に感じられた。例えば赤子の泣き声は、普通は赤ちゃんの泣き声を流すと思うが、今作ではエレクトロン楽器でそれっぽいSEをおそらく創作して流しているあたりにユニークさがみられる。なんとも表現出来ないような効果音が凄く良かった。あとはカモメの鳴き声もとてもユニークだったし、落雷の音もとてもユニークだった。
それと、戦いのシーンでは洋楽がモアーンと流れる感じが、今回の演出とうまくハマっていて好きだった。スローモーションでいくさをするからこそハマる音楽といった感じで、だからこそ緊迫感を与えること無く、でもしっかりと釘付けで観られるシーンを作っていて岡田さんは凄いなと感じた。

さいごに、その他演出について。
まずは、沢山のユニークな小道具が登場したので、そちらについて記載する。一番印象に残ったのは、清玄が幽霊となった姿の空気が送られることによって、グニャグニャと動くチューブマン。非常に遊び心満載で好きだった。一瞬舞台空間の中で浮いているように思えるが、私は全然気にならなかった。面白い演出だと思った。小雛と半十郎が首を斬られる際に、その瞬間を隠す役割をしていた屏風が動くのも面白かった。また、その生首も意外ときれいな白い生首で、印象に残った。
衣装に関しては、なんと言っても桜姫が派手なビニールの黒い衣装になって登場してからの露出の激しい現代的な衣装が好きだった。サングラスをかけて、ちょっと赤いウィッグをして登場する感じが、非常に石橋さん格好良くて素晴らしかった。
あとは岡田さんらしさを感じさせる演出の数々について言及する。まずは、役者たちが準備運動をしながら劇が開始されるのが極めて面白かった。現実と非現実を明確に切り分けない感じが、その後の脱力感を思わせる演技に繋がってくる気がする。役者たちも、演技をしながら身体を常にユラユラと揺らしながら芝居する、そうすることで身体表現力が高くないと出来ないが、緊迫感を感じさせることなく、どこか隙きはあるように感じるのだけれど、逆にそれが良い演出効果になっていた。
役者の話し方も、中にはハキハキ話してインパクトを与える役者もいたが、特に板橋さんのようなユルっぽく話す甘ったるい感じが逆に舞台空間において良い効果を与えていて面白かった。
「ポメラニアン」「ダルメシアン」「ブルガリア」のような掛け声も凄く印象的だった。たしか幕間前がその3つで、幕間後の後半は「ベニヤ」「イナゲヤ」のような掛け声があった気がする。そしてこの掛け声は、戦いのシーンなど本来であれば緊迫感を与えるシーンで、わざとその緊迫感を反らすように演出に組み込まれている点が岡田さん演出らしかった。入間悪五郎が登場した時の、「久しぶり」は単純にウケた。

写真引用元:ステージナタリー 木ノ下歌舞伎「桜姫東文章」より。(撮影:前澤秀登)



【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

役者陣は皆素晴らしかった。岡田さん独特の脱力感ある演技演出なので、演技と身体の使い方が上手くないとこの演出手法では3時間なんてとても持たないだろう。しかしずっと観ていられたのは、ひとえに役者の演技が素晴らしかったからだろうと思う。
特筆したい役者に絞って記載していく。

まずは、清玄や釣鐘権助役を演じた成河さん。成河さんは舞台俳優としてかなり活躍されている方だと思うが、実は私自身彼の演技を劇場で観るのは初めて。
初めて演技を拝見した第一印象は、凄く爽やかな感じがありつつもクールな出で立ちが印象的だった。清玄役の時は、基本的には桜姫につきまとっている感じなので、女に引きづられている感じがあって、その振り回される感じが良かった。
一方で、釣鐘権助役のときは、非常に男らしさを感じさせられたイメージがある。カーテンの向こうで性行為を誘う感じや、長浦と残月が追い出されて桜姫だけになったときにやってきたり、凄く男前な役がハマっていて、個人的には成河さんは権助役をやっている時の方が魅力的に感じられた。

次に、桜姫や白菊丸役を演じた石橋静河さん。石橋さんの演技は、2021年6月に上演の舞台『未練の幽霊と怪物ー「挫波」「敦賀」』で一度拝見しているが、その作品では石橋さんのダンスパフォーマンスの素晴らしさを存分に感じさせられたが、今作では石橋さんの女優としての魅力を存分に感じられた作品だったように思う。
序盤の白菊丸役であったり、桜姫が登場したばかりのシーンでは、どちらかというと石橋さんの演技はお淑やかな印象だった。透き通るような、そして気高い感じがあって好きだった。そんな演技も好きなのだけれど、そこからどんどん逞しくグレ始めていく変わり様が物凄く好きだった。
特に終盤で、黒いビニールの衣装に着替えて、サングラスをかけて、すぐに人を殺してしまうような逞しい女性になっていったのは、凄く石橋さんのオーラともリンクして素晴らしかった。凄く一つ一つの演技にキレがあって、そこに魅力を感じた。
赤い髪型もとても良く似合っていた。

長浦役、山田郡治兵衛役をやっていた武谷公雄さんも素晴らしかった。武谷さんは2021年12月上演の範宙遊泳の『心の声など聞こえるか』でも演技を拝見している。
まず武谷さんの発声が非常に良くて、凄く劇場に響いて聞こえやすかったから良かった。あとは、堂々としている出で立ちが好きだった。

粟津七郎役を務めた森田真和さんも素晴らしかった。2022年夏に上演されたNODA・MAP『Q』や、同年6月に上演された『パンドラの鐘』でも拝見したが、非常に声がハスキーで独特だが、その武器を上手く活かしていて良い意味で目立っていて良かった。前回他の舞台で演技を拝見したときに、もっと演技を観てみたいと思っていたので、より人数の少ない芝居の中でしっかりと芝居を観られて良かった。

あとは、板橋優里さんや安倍萌さんといった女性陣の活躍も素晴らしかった。
板橋さんに関しては、脱力感のある甘ったるい言葉が、非常に上手く舞台空間に溶け込んでいて好きだった。板橋さんでしか出せない味を出している感じがあって他の舞台でももっと演技を観てみたいと思った。
安倍さんは、凄くセクシーなオーラを終始放っていた。飴をなめながら、身体をクネクネ動かし続ける演技は、何も言葉を発していないのにそちらに目が映ってしまう。またお十の役も良かった。凄く色気があって、逆にもっと登場シーンが欲しいなと思ったくらいだった。

写真引用元:ステージナタリー 木ノ下歌舞伎「桜姫東文章」より。(撮影:前澤秀登)



【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは、脚本の考察と演出の考察についてしていきたいと思う。

私は『桜姫東文章』を歌舞伎として観たことがなく、今回の上演で初めて脚本の内容についても触れたのだが、この時代のそれぞれの登場人物の思いの強さみたいなものを感じた。
清玄であれば、白菊丸だけを心中させてしまったことにずっと自分の人生が縛られている感じだったのだろう。その罪悪感に開放されたくて、その白菊丸の転生姿を桜姫に見たのだろう。死しても尚、桜姫に幽霊となって取り憑いて彼女を苦しめるあたりが日本の戯曲にありがちなシーンだと思った。怨念みたいなものは昔から日本の戯曲にはよく登場するので、そういった目に見えない何かの力を描くというのは凄く歌舞伎らしさを感じた。
一方で、桜姫の未練も凄まじい。吉田家の娘として生まれながら父親は何者かによって殺害されて転落してしまった。その恨みはずっと心の内に秘めていたのだろう。だからその相手が自分の夫であろうとも許せなかった、だから殺してしまった、自分の子供までも。この行動力は凄まじいと思う。
あとは、禁断の恋を扱うというのも、やはりウケの良い要素な気がする。高僧が恋をするというのは、たしかにタブーであるので、そのタブーを犯してまで桜姫を愛そうとする狂気というは凄く伝わってくる。

では今回の演出では、そういった脚本の良さは活かされていたのかというと個人的には今ひとつだったように思う。
たしかに歌舞伎の演目を、全く新しくエレクトロン楽器を使ったり、敢えて緊迫感を除いたりして観せ方を変えるのは良いと思うが、それによる必然性というものが浮かび上がって来なかった。まだ『未練の幽霊と怪物』に関しては、能で上演することの必然性を感じたのだが、今作は一体どういったコンセプトで進めたのかはクリエイターにたずねてみたい所である。

ただ、やっぱり日本の古典を現代風にアレンジして上演するというのは面白い取り組みだと思うので、木ノ下歌舞伎は今後も積極的に見に行きたいと思う。

写真引用元:ステージナタリー 木ノ下歌舞伎「桜姫東文章」より。(撮影:前澤秀登)


↓岡田利規さん作演出作品


↓武谷公雄さん過去出演作品


↓谷山知宏さん過去出演作品


↓森田真和さん過去出演作品


↓石倉来輝さん過去出演作品


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