記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

舞台 「(あたらしい)ジュラシックパーク」 観劇レビュー 2024/03/30


写真引用元:南極ゴジラ 公式X(旧Twitter)


写真引用元:南極ゴジラ 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「(あたらしい)ジュラシックパーク」
劇場:王子小劇場
劇団・企画:南極ゴジラ
脚本・演出:こんにち博士
出演:端栞里、TGW-1996、こんにち博士、九條えり花、古田絵夢、瀬安勇志、ユガミノーマル、和久井千尋、井上耕輔、揺楽瑠香
公演期間:3/28〜3/31(東京)
上演時間:約2時間5分(途中休憩なし)
作品キーワード:SF、恐竜、クローン、青春群像劇、舞台美術
個人満足度:★★★★☆☆☆☆☆☆


最近ではイマーシブシアター「泊まれる演劇」の『Moonlit Academy』の脚本・演出を担当するなど、徐々に演劇創作者としての頭角を現し始めて勢いに乗る、こんにち博士さんが作・演出を務める劇団「南極ゴジラ」の新作公演を観劇。
劇団として第5回本公演となる今作は、若手の劇団を中心に、実行委員の推薦により参加団体を招聘して開催する「佐藤佐吉演劇祭2024」の参加作品となっている。
「南極ゴジラ」の公演は、昨年(2023年)8月に北千住BUoYで上演された『怪奇星キューのすべて』以来2度目の観劇となる。

今作は、「南極ゴジラ」が最初の本公演で上演した『贋作ジュラシックパーク』を大幅リメイクした完全新作公演で、恐竜を生で見ることができる娯楽施設「ジュラシックパーク」をリニューアルしようと奮闘するスタッフたちの物語である。
1993年に公開された映画『ジュラシックパーク』をモデルに誕生したテーマパーク「ジュラシックパーク」がオープンして27年の月日が流れようとしていたが、近年では客足が減少の一途を辿っていて低迷していた。
さらに、「ジュラシックパーク」で働くスタッフである湾田ほんと(端栞里)は、仕事ができる訳でもなく仕事に身が入らなかった。
そんな中、この「ジュラシックパーク」を大幅リニューアルしようと様々な案が提案される一方で、湾田は仲良しの着ぐるみのスタッフであるドゥドゥ(古田絵夢)と妄想ごっこをしていたが、ふと湾田は自分がクローン人間の片割れではないかという疑いを抱き始め、そんな妄想を生きがいとして見出し始めようとするが...というもの。

まず今作を観劇していて目を引くのは、王子小劇場という100席ほどの小さい劇場のステージに、わちゃわちゃと沢山の手作りの大道具小道具が仕込まれた世界観。
舞台は「ジュラシックパーク」の施設の中なので、それと分かる舞台セットになっているのだが、登場する恐竜は全部ガラクタを組み合わせて模した可愛らしいミニチュアで、手作りだからこそ伝わってくる演劇の良さと温もりを感じた。
大型の恐竜を劇場内に登場させる訳にはいかないので、草木を大きく揺らしながら「ドスーン」という轟音によってその迫力を表現していて興奮させられた。
園内の天候を自由自在に変えられるマシーンの「お天気ボックス」、オリジナルの人間を能力的にパワーアップさせてクローン人間を製造する「人間製造機」など、奇妙で昔のSF映画を想起させるようなアナログなマシーンも登場して、そしてそれらが非常に手作り感があって、SF好きにとっては堪らない仕掛けが満載だった。

脚本に関しては、前回公演の『怪奇星キューのすべて』と比較すると、ポップなSF作品に感じられ、人間ドラマにフォーカスされている点も多く、割と多くの観客に取っ付きやすい内容だったと感じた。
物語序盤に映像で、この作品は1000話以上ある内の最初の4話であるというメッセージから窺えるように、アニメ作品っぽさを感じさせるストーリーテリングを持っていた。
だからこそ、非常にストーリーに重きが置かれているように感じた作品でもあった。
そして、青春群像劇を謳っているが、個人的には主人公の湾田を中心に展開されていく物語に感じた。
湾田は、仕事ができない施設のスタッフで仕事にやりがいを見出せていないキャラクターなので、「ジュラシックパーク」というファンタジーを扱いながら、誰でも共感できるような日常にも置き換えやすい話になっていてドラマとして見応えがあった。

しかし、ドラマ性で見せようとする演劇作品にしては少々演出が荒削りにも感じられて勿体無かった。
舞台セットの手作り感とわちゃわちゃは、荒削りっぽさや完成されていない感じがあって、それはそれで良いのだが、物語を見せるという観点での演出方法はもっと磨き上げて欲しいとも感じた。
ストーリー上に登場する情報量が多くて、且つそれらが丁寧に説明されずにどんどん進んでしまうストーリー展開だったので、もう少し観客に優しく分かりやすさを与えてくれた方が今作の場合は良かったと思う。

役者陣は全員熱量があって、良い意味で大学演劇出身ぽくて洗練されていなくて、勢いでやってきた感じのあるオーラが凄く好きだった。
主人公の湾田ほんと役を演じた端栞里さんの不器用なキャラクター性には共感させられて好きな登場人物だったし、WONDER役を演じた揺楽瑠香さんのあの美しくて格好良い感じのキャラクター性にはみんな惹きつけられるのではと思った。
他の役者陣もそれぞれに個性があって、そしてどのキャラクターも憎めない感じの愛らしさがあるのが、この劇団の持ち味だと思うし魅力にも感じられて良かった。

まだまだ伸び代は沢山ある劇団だとは思うが、間違いなく前回公演よりは個人的には好きだったし、もっとストーリーの見せ方に磨きがかかれば大ブレイク間違いなしだと思う。
そんなポテンシャルを秘めた今勢いに乗る若手劇団の公演を多くの方に観て欲しい。
ビデオ版もあるらしいので、劇場での観劇が叶わない方は配信を是非見て欲しい。

写真引用元:ステージナタリー 南極ゴジラ「(あたらしい)ジュラシックパーク」より。(c)おまつ(松下奈央)



【鑑賞動機】

「南極ゴジラ」は今勢いに乗る若手劇団で、個人的には大注目だから。前回公演の『怪奇星キューのすべて』では、どちらかというと普通の演劇公演とは少し違う体験型の演劇で、客席が移動する仕掛けになっていた挑戦作だったので個人的にハマらなかったが、脚本や演出に凄く光るものを感じていたので、次回公演も見てみようと思った。
イマーシブシアター「泊まれる演劇」の『Moonlit Academy』の脚本・演出に選ばれるくらいの存在になっているこんにち博士さんの新作公演、イマーシブシアターが徐々にメジャーになりつつある昨今、一観劇者として絶対観ておきたいと思った。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

ステージ上にキャスト全員が楽器を持って歌を披露する。そして、物語は始まる。

幕が降りて、今回の上演は1000話以上続く物語の最初の4話を上演するものだという説明がなされる。そして「第1話 お天気ボックス」と映像で表示される。
ジュラシックパークで働く湾田ほんと:以下ワンタ(端栞里)は、自分が職場で輝かしく働いている光景を夢見ている。しかし、現実は仕事が出来ず身が入っていなかった。ワンタは、小型草食恐竜管理チームで恐竜たちにエサを与えるなどしていた。同じチームのスタッフには、メガマック(TGW-1996)、微山治夫(こんにち博士)、アルミ(九條えり花)がいたが、ワンタはいつも彼らに仕事で色々指図されて動いていた。
小型草食恐竜管理チームに新しく「お天気ボックス」が導入された。これによって自由自在にお天気を操って恐竜たちを管理出来る。微山はワンタにこのマシーンの操作は頼んだと言われる。今日の夜は用事があるからと。どうせワンタは家帰って漫画を読むだけなんだから、自分の用事とは価値が違うと言う。ワンタは渋々引き受ける。
そこへロッカールームから明星(井上耕輔)が現れる。ワンタが落ち込んでいると、明星は自分も20代のうちは仕事が出来ず落ち込んでいたと言う。しかしハリウッド映画で主人公にオーディションに合格してから変わったという。
ここでジュラシックパークの経緯が登場人物たちによって語られる。1993年にスピルバーグ監督によって映画『ジュラシックパーク』が公開され、初めてCGによって恐竜を表現した映画が作られ、SF映画の歴史を塗り替えた。それに伴って、1996年に映画に登場するパークを再現したテーマパーク「ジュラシックパーク」がオープンした。最初はこのパークも大盛況だったが、27年経った今では客足が減少の一途を辿っている。
ワンタは施設内の倉庫に足を運ぶ。倉庫には、青い着ぐるみを着た杜杜:以下ドゥドゥ(古田絵夢)がいた。ワンタはドゥドゥと仲良しで二人で家に帰った。ドゥドゥは、最近好きな男性が出来たと言って、アイスクリーム屋さんの店員さんの話をして盛り上がる。ワンタはドゥドゥに一つの可能性の話を打ち明ける。ワンタは生まれがこの「ジュラシックパーク」のテーマパークのある島らしく、この島の外へ足を踏み入れたことがない。だから、きっと自分自身がこのパーク内で暮らす恐竜と同じように、クローンによって生み出された人間なのではないかと思っていると。だからワンタは、自分のオリジナルがどこかにいて、そういう意味で自分が特別な存在なのではないかと。

幕が降りて、「第2話 オオカミ男クリーム」と映像で表示される。
ワンタの同期にシャークウィーク(瀬安勇志)という男がいた。彼は、大型肉食恐竜管理チームのリーダーで、ワンタに肉食恐竜にエサをやる光景を披露する。ワンタは驚く。よく恐竜に食べられずに無事にエサを与えられるねと。そこへ、乳新製薬のセールスマンである中黒二鳥(ユガミノーマル)もやってくる。
その後テーマパークのスタッフたちは、ブレスト会に出席する。議題は、低迷した「ジュラシックパーク」をV字回復させるためにどういった大幅リニューアルを行えば良いのかというアイデア出しだった。アルミは、「4つの頭が生えた新恐竜マジカルサウルスを生み出す」という案を提案する。それに付随して、二鳥に対して恐竜の胚を提供するように指示される。
その後、ワンタ、アルミ、微山、シャークたちは同期でランチをする。シャークは、入社5年目で最優秀ベストプレーヤー賞を受賞して凄いと同期に言われる。しかしシャークは、社内という狭い世界で表彰されても嬉しくないと言う。微山も、昔新人賞を受賞したことがあって、その時も同じ気持ちだったと言う。シャークは、新人賞なんて頑張ったで賞みたいなもんだから、受賞する側の気持ちを考えて欲しいと言う。
二鳥はメガマックと一緒に、恐竜の胚を盗難するというミッションを遂行するために計画を立てる。まず「お天気ボックス」を使って嵐のカードを挿入し、恐竜たちのパークを嵐にする。その時、嵐以外の天気にすぐに変えられないように他の天気カードは隠しておく。スタッフがパニックになっている所へ、鳥のような恐竜であるギミックを施設内に放ってさらに混乱させる。その間に、恐竜の胚が保管されている部屋に忍び込んで盗み出すという作戦である。
作戦は実行される。パーク内は嵐になり、ギミックが飛び交ってスタッフは混乱する。メガマックは、その時恐竜の胚を盗み出し、「オオカミ男クリーム」を塗ろうとするビビって逃亡してしまった。
恐竜の胚と「オオカミ男クリーム」が放置されるのを後で発見した二鳥は、自分自身で「オオカミ男クリーム」を全身に塗る。しかし、何やら様子がおかしくなって二鳥はそのまま恐竜に姿が変わってしまう。

幕が降りて、「第3話 人間製造機」と映像で表示される。
微山は「ジュラシックパーク」の大幅リニューアルプロジェクトのリーダーに抜擢されて、色々な人から祝電が届いている。
浮卵博士(和久井千尋)は、生物学を研究してきた博士で、彼の発明した人間製造機を使って恐竜だけでなく人間のクローンを製造できることを発表した。そこへワンタがやってくる。ワンタは、そこで浮卵とのファーストコンタクトを取る。
ワンタはアルミから行方不明だったメガマックが戻ってきたと言われるがどうやら様子がおかしいと言う。メガマックは自分のことをギガマックと名乗っており、ハンコを連打して会話する。そして物凄い速度で仕事をこなす人間になってしまっていた。
次にワンタが仕事場に行くと、今度はアルミが4つ手を生やして仕事をしていた。アルミはスチールと名乗っていて、こちらの方が仕事が捗って嬉しいのだと言う。ワンタはドン引きするが、これで自分が仕事しなくても運営が回っているのでのんびりくつろいでいる。
ワンタは、仕事をズル休みする。家でテレビをつけながら漫画を読む。そして公園へと散歩する。明星が現れて一緒にキャッチボールすることになる。ワンタは明星に相談する。メガマックがギガマックに、アルミがスチールになってしまって自分が仕事しなくても回っているが仕事が楽しくないと、早く元の状態に戻って欲しいと言う。明星はそれは出来ないと言うと、ワンタによってロッカールームに閉じ込められてしまう。
ワンタが職場に行くと、WONDER(揺楽瑠香)という女性が現れた。

幕が降りて、「第4話 エアポッズ」と映像で表示される。
WONDERが今日から小型草食恐竜の管理チームに配属になったと言う。WONDERは非常に仕事をテキパキとこなす。ギガマックやスチールとも上手く連携してまるで彼女は今までワンタがやっていた仕事をワンタ以上にスピーディに効率よくリーダーを推進していた。ワンタはキレる、WONDERのことが嫌いだと。いきなりやってきて、こんなに仕事を回してしまったら嫌いになるに決まっていると。
WONDERはワンタを浮卵の元へ連れていく。WONDERは、浮卵こそ自分の生みの親であると説明する。どうやらWONDERは、ワンタの情報から新たにアップデートされた人間を人間製造機で作り出したのだと言う。WONDERは、ワンタに完全にWONDERにこのマシーンを使って乗り換えるかい?と聞かれる。ワンタは恐る恐る人間製造機に近づいてWONDERと同化しようとするが、やっぱりやめるとストップさせようとして浮卵が開発した人間製造機を壊してしまう。
その後、ワンタにシャークから電話が入る。今アルミが以前提案した「マジカルサウルス」を生み出すプロジェクトを行なって成功したが、小型草食恐竜のエサ代のコストによって予算が逼迫しているので、全員剥製にして売りたいと言われる。ワンタは猛反対する。それは「マジカルサウルス」を生み出してそこでのエサ代にコストをかけ過ぎているからじゃないかと。ワンタはパーク内を見渡すと、ずっとV字回復をしたと思っていたのだが、客は全て作り物の人形で本物の人間の客なんて一人もいなかった。
ワンタは微山に追求する。このパークはマジカルザウルスプロジェクトでどう変わってしまったのだと。そこへ、恐竜になってしまった二鳥がやってくる。オオカミ男クリームによって恐竜になってしまったらしい。こんなパークにはいる価値ないのでみんなで脱走しようと言う。しかしワンタは、その前に済ませておきたい用事があると言う。
ワンタは浮卵博士の元に向かう。ワンタは、自分が誰かの人間のクローンであるのかを彼に尋ねる。浮卵が何か答えようとしたその時、浮卵はシャークが放った弓矢によって死んでしまう。ワンタは悲しみと怒りが込み上げる。
その時、マジカルザウルスが脱走したらしく大騒ぎになる。スタッフ全員でマジカルザウルスを食い止める。
ワンタは、このジュラシックパークを後にすることを決意する。結局自分が誰かのクローンであるのかを突き止めることは出来なかった。しかし、まだ足を踏み入れていないこの島の外に行って、ダンスをしたりとやりたいことを見つけたいと。ワンタはエアポッズを片方いつも無くしてしまう。しかしスマホには無くした片側のエアポッズを追跡するアプリを入れていた。だから無くしても追跡することで辿れると。ここで上演は終了する。

非常にストーリーテリングの強い作品で、アニメを見ている感覚にさせられた。そしてまだ1000話以上あるうちの4話なので、むしろワンタの物語はこれから始まるのだろうなと続きが気になってしまう類の作品だった。
SFではあれど、ブラックな「ジュラシックパーク」という職場でハードワークをさせられているスタッフたちの物語なので、非常に共感できるドラマ性があって親しみやすい脚本だったと思う。また、映画『ジュラシックパーク』のパロディもあってSF好きにもたまらない設定になっている点が良かった。
脚本の内容についての考察は考察パートでしようと思うが、やはり情報量が多くて且つ125分と言う枠組みに無理やり詰め込んだ感じがあって、初見だとだいぶついていけない部分も多かった(上記のストーリー書き出しは台本も参考にしている)。特に前半のワンタの妄想の世界と現実の世界がごっちゃになるので非常に混乱させられた。夢と現実を交錯させて複雑に描くことで意味のある演劇もあるが、今作はむしろわかりにくくなってしまい逆効果だったかなと思う。今作はワンタを主人公に据えた成長物語なので、そういう脚本のギミックはむしろマイナスの意味で難解に感じてしまった気がする。
あとは、ジュラシックパークの成り立ちを説明したりするシーンは良いが、場所がそもそも小型草食恐竜チームなのか大型肉食恐竜チームなのか、それぞれの登場人物の肩書きは何か、今のポジションはどこにいるかを映像なりで説明したり、テーマパークの組織構造を当日パンフレットに記載しておいた方が分かりやすくて良かったのではないかと思った。
背景設定部分で少々不親切かなという箇所は存在したが、改めて台本を読んでみたら物語として面白かった。

写真引用元:ステージナタリー 南極ゴジラ「(あたらしい)ジュラシックパーク」より。(c)おまつ(松下奈央)


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

とにかく良い意味で手作り感溢れる小劇場演劇らしさ満載の世界観で好きだった。前作の『怪奇星キューのすべて』はガチな1980年代のSFの世界といった感じだったが、今作はジュラシックパークの園内ということで、SFらしさもありつつ、もう少しポップな感じもして多くの観客に取っ付きやすい舞台美術だったと思う。
舞台装置、映像、衣装、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
ステージ上には、小型草食恐竜チームが操作する管理室の部屋が仕込まれていた。ステージ中央には長い机のようなものが仕込まれ、そこに「お天気ボックス」やその他マシーンが置かれていて、客席に向かってスタッフ達が座る形で仕事をしていた。その奥には、透明なアクリルか何かで覆われた一面があり、その向こうに恐竜たちが暮らす大自然のパークが広がっていた。パークは草木が生い茂っていていかにも恐竜が出てきそうな空間だった。その恐竜の暮らす空間とスタッフたちの作業場の間に下からでハケ出来るような通路がありそうで、役者たちがその下からぬるっと登場していたシーンがあったように記憶している。
ステージ下手には、ハシゴになった所を少し登った所にワンタの寝床が仕込まれていて、ズル休みのシーンなどはワンタがそこに寝転がったりしていた。その奥には、やはりデハケが一つ用意されていた。
ステージ上手側には、大型肉食恐竜が管理されているエリアになっていた。ジュラシックパークにいかにもありそうな一本の椰子の木のようなものが設置されていて、大型肉食恐竜がやっているタイミングで椰子の木が大きく揺れる演出が良かった。また同じ箇所に柵のようなものもあって、その柵の向こう側が大型肉食恐竜達のいるエリアになっているようだった。また、第3話、第4話ではこのエリアに浮卵博士の開発した人間製造機が置かれていた。銀色の直方体のボックスが複数くっついたような装置で手作りな感じのマシーンが印象に残った。この奥にも一つデハケがあった。
あとは全体的に、ジュラシックパークの世界観ということで、分厚い本が本棚に置かれていたり、地球儀があったりと研究所の雰囲気も醸し出していて良かった。
そして舞台装置ではないが、手作り感のある恐竜も凄く良かった。ギミックはプテラノドンのような鳥類のような恐竜はぬいぐるみで用意されていて、そこに細い棒がつけられていて役者が操れるようになっていた。他の恐竜達は、ガラクタで頭部だけ作られたような手作り感ある恐竜が多く、アクリルで貼られたエリアから首だけ恐竜が覗かせたりという演出があった。

次に映像について。
映像は、基本的に話が変わるタイミングでステージ手前に幕がかかり、そこがスクリーンの代わりになって映像が映し出された。
ワンタの頭部だけが青白く映像として映し出されるのは凄くインパクトがあった。また、第x話(タイトル)の形で映像に投影されるのだが、その時の映像のデザインが昔のSFアニメっぽさがあって「南極ゴジラ」らしいなとも思った。あの青い地球のマークはどこかUNIVERSALの地球を思い浮かべたりした(ちょっと違うが)。

次に舞台照明について。
前作から感じていたが、「南極ゴジラ」の作品の舞台照明と舞台音響は非常にセンスを感じていて今作も非常に素晴らしかった。
劇序盤で役者たち一同が楽器を演奏しながら歌っている時のポップな照明、確か劇中盤にも役者達がダンスするシーンがあってそのシーンのポップな照明も良かった。
あとは、狭い舞台空間であるにも関わらずとあるシーンで役者にスポットで照明を当てるシーンもあって、色々と工夫が凝らされていた。かなりの数の灯体が設置されているイメージだった。
舞台装置の上部に下手から上手に飾られている豆電球のような照明も可愛らしかった。チカチカと流れるように青と白で光っていた記憶があって、SFだけれどもどこか可愛らしさがあるのは、こういった所に手作り感があるからなのだろうなと思う。

次に舞台音響について。舞台音響も非常にセンスを感じられて素晴らしかった。
まず、劇序盤の生演奏に見せられた。いきなり最初から生演奏やるんだと度肝抜かれた。ちょっと学芸会っぽさがあるのだが、それが当劇団の持ち味なので、ここでしっかり雰囲気を作りに行っていて引き込み方が上手かった。この楽曲も当日パンフレットを見る限り音楽担当が、揺楽瑠香さんになっているので彼女が作曲したということだろうか。踊れて役者としても素晴らしくて音楽も作れてしまうって才能を感じた。
一番音響で好きだったのは、大型の恐竜の足音でズシーンと大音量でスピーカーから流れる演出。それに伴って、樹木などが大きく揺れるのも臨場感があって良い演出だった。
また、恐竜が何かを食べているようなくちゃくちゃとした音も非常にリアルで素晴らしかった。こういうハマった効果音をしっかりと用意出来るって素晴らしいなと思った。そして小劇場だから、真近に恐竜がいそうという迫力も同時に感じられるので小劇場だからこその良さも存分に活かされていると思った。
あとはトランシーバーの音も好きだった。あの途中で途切れ途切れでスピーカーから流れたり流れなかったりする感じ、あの決して完璧でない感じの音響が、逆に味を出していて良かった。
それと流れるBGMも凄く良かった。基本的に話と話の間の幕が下されるシーンでは流れていたが、個人的に好きだったのはエンディング。ワンタがジュラシックパークを後にして旅立つシーンで、前向きで明るい感じの爽やかな音楽によって終演するのが凄く心地よくて好きだった。こういう選曲も素晴らしいなと感じた。

最後にその他の演出で素晴らしかった点について。
アクリルのセットの上手側に設置されていた小さなモニターが非常に凝っていて素晴らしかった。非常に初期のファミコンのような感じの画面で好奇心を唆られた。ちっこい恐竜が移動しながらエサを食べる画面が、まるでファミコンのテレビゲームのように映し出されていて好きだった。
あとは、雨と風を表現するやり方も上手いなと思った。どこかで扇風機を回しているのだと思うが、「お天気ボックス」で嵐になった時に、アクリルの向こう側が風雨に晒される感じを上手く演出していて、どこか欽ちゃんの仮装大賞を思い浮かべた。
細かいが、二鳥がオオカミ男クリームによって恐竜になってしまうシーンで、2話から3話に移るために幕が下されるのだが、その幕にシルエットで二鳥が映っていて、恐竜に変異して行ってしまうシーンを上手く演出していたと感じた。
あとは登場人物がアップデートした時の姿も面白かった。メガマックがギガマックになった時にハンコを押しまくって文章にして読ませる演出が面白かった。あのカンカンカンとハンコを連打する音がまた印象に残った。それと、アルミがスチールになった時に、九條さんの服の中にもう一人(おそらく女性)の役者が入って実際に腕が4本生えているように見せかけるのは面白かった。
ドゥドゥは倉庫にいつもいるが、倉庫へ繋がるドアがピンク色で、そしてドゥドゥも青い着ぐるみを着ているのでドラえもんにしか見えなかった。

写真引用元:ステージナタリー 南極ゴジラ「(あたらしい)ジュラシックパーク」より。(c)おまつ(松下奈央)


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

良い意味で荒削りで熱量一筋でやってきた若手劇団という感じがあって、若々しくて惹きつけられる演技で素晴らしかった。
特に印象に残った役者について見ていく。

まずは、主人公の湾田ほんと、通称ワンタ役を演じた「南極ゴジラ」の劇団員の端栞里さん。端さんの演技は、「南極ゴジラ」の『怪奇星キューのすべて』で一度拝見したことがある。端さんは直近だとやみ・あがりシアターの『濫吹』(2023年9月)、コンプソンズの『岸辺のベストアルバム』(2024年1月)などに出演され、劇団以外での活動も目覚ましい。
ワンタは、若者であれば誰しもが共感しそうな、普段仕事に追われていてあまり仕事にやりがいを見出せていない主人公。決して天才ではないので、周囲の同期たちと比べていつも自分を卑下してしまう存在。だからといって仕事を頑張ろうという感じでもなく、ただただやりたくもない仕事に追われて、仕事しないで妄想だけしていたいと感じている主人公である。
しかし、自分がこの「ジュラシックパーク」のある太平洋に浮かぶ島から出たことないという事実から、自分がもしかしたら誰かのクローンなのではないかという仮説を自分のアイデンティティにしていた。そういう妄想って良いなと思った。たとえその仮説は違ったとしても、そうなのかもしれないという希望だけを胸に秘めていられるのは、自分を自分たらしめてくれる存在で、生きがいを与えてくれるものだよなと感じた。昔絵本で『さっちゃんの魔法の手』というのがあって、さっちゃんは片手だけ指がなくて、それをアイデンティティとして生きているというのが脳裏をよぎった。人と違ってこういう点で自分は特別だと思えるものがあるのは、時にはそれによって苦しめられることもあるかもしれないが、自分のアイデンティティを形作るという点で良いのかもしれない。
青い着ぐるみのドゥドゥといる時は、ワンタはのび太に見えた。ドゥドゥはドラえもんで。アニメ『ドラえもん』もSFといったらそうだが、どこか子供にも親しまれやすいポップさ取っ付きやすさがある。そういった点で、今作もSFだけれどドラマを描いているという点で共通するのかもしれない。
途中からワンダーという自分の上位互換みたいな存在が職場に乱入してきて、ワンタの仕事を奪っていく。これは、今生成AIなどが普及して平凡な自分の仕事が奪われかねないという、漠然とした今を生きる私たちの不安とも通じるのかもしれない。そういう意味で、ワンタには多くの人が共感しやすいキャラなのではと思う。
個人的に端さんの演技でグッと来たのは、ラストの「ジュラシックパーク」を飛び出す決意をするシーン。とても勢いがあってエネルギーに満ちていて好きだった。そこにはワンタ自身の成長物語がある。ずっと仕事に追われて生きがいを失っていたワンタに、何か生きるミッションを与えられたラストだった。エアポッズの片側を探すように、自分のルーツを探す旅へ。非常に好きだった。

次に、WONDER役を演じた同じく「南極ゴジラ」の劇団員の揺楽瑠香さんが素晴らしかった。揺楽さんも『怪奇星キューのすべて』で演技を拝見している。
揺楽さんは、如何せんビジュアルにめちゃくちゃ惹きつけられた。美しくもあって、格好良さもある。小劇場演劇なのに実にエレガントな個性が光っていて魅力的だった。
途中でダンスするシーンがあったり、演技だけでなく身体表現で見せてくるあたりも多才さを感じさせられた。
WONDERとしては、やはり仕事が出来る感じの役が凄くハマっていた。ワンタと比較してテキパキと仕事をこなしていく感じは見ていて格好良かった。しかし、嫌な奴には見えないのがまた魅力的だった。
揺楽さんに関しては、「南極ゴジラ」の公演に留まらず、様々な舞台演劇で演技を拝見して見たいなと感じた。今後大注目の役者だと感じた。

中黒二鳥役を演じたユガミノーマルさんも、今作でも大活躍だった。
前回の『怪奇星キューのすべて』ほど出番はなかったように思えたが、あのウィル・スミスみたいな風貌は、昔のSF作品のような作風にピタリとハマるキャラクター性だと再認識した。
今作で最も印象に残ったのは、やはりオオカミ男クリームで恐竜に変異してしまう点。なんだからしい役柄だなと感じる。

最後に、シャークウィーク役を演じた瀬安勇志さんも良かった。瀬安さんも「南極ゴジラ」の劇団員で『怪奇星キューのすべて』でも演技を拝見している。
非常に優秀で、そしてクールだからこそ鼻につく感じのキャラクター性が堪らなかった。WONDERは優秀だが、どこか悪者という感じはしないのに対して、シャークは優秀で且つ悪者感あるのが逆に魅力的だった。
優秀だからこそ「ジュラシックパーク」を自分の意向のままにリニューアルさせてしまうやり手である一方、草食恐竜たちを排除しようとするドライさがあって非常に心を揺さぶられる。ワンタが怒るのも無理はない。業績をV字回復させるにはドライな意思決定もいとわないシャークの個性が、誰しもが悪者だと感じると思うが個人的には結構好きだった。

写真引用元:ステージナタリー 南極ゴジラ「(あたらしい)ジュラシックパーク」より。(c)おまつ(松下奈央)


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは、この作品の元となっている映画『ジュラシックパーク』についてと、今作の脚本について考察していく。

映画『ジュラシックパーク』シリーズは、小さい頃の私を夢中にさせた映画の一つだった。私は1993年生まれなので、すでに自分が幼かった時には『ジュラシックパーク』がこの世に存在していたので、その映像で見る恐竜の迫力に何度も驚かされワクワクさせられたものだった。自分の父親も『ジュラシックパーク』が好きで、昔埼玉県所沢市にあった「ユネスコ村」にはよく連れて行ってもらった。「ユネスコ村」は、実物大の恐竜が登場するアトラクションがあって、恐竜が生きた時代の勉強にもなったしテーマパークとしても面白かった記憶があった。今は「ユネスコ村」は閉園してしまっているのは非常に悲しいことである。
小さい頃は、映画『ジュラシックパーク』を見ても、恐竜の迫力が凄いとかアトラクション的な要素で楽しんでいた記憶だが、大学生になって大人になってから改めて映画を見返すと、小さい頃には気がつかなかった作品としての魅力が秘められていることに気がついた。
1993年版の映画『ジュラシックパーク』では、バイオテクノロジーの最新技術を駆使して恐竜を甦らせてテーマパークにするといった物語である。テーマパークの経営者たちは、メスのみに限定することで恐竜を人間のコントロール下に置くことができるのではと考え、恐竜を飼育していた。しかし、ネドラーという欲深い男は、恐竜の胚をテーマパークから盗み出して一攫千金を狙おうとする。しかし、彼は恐竜の胚を盗み出そうとした時に恐竜に食べられてしまう。また、その時テーマパークに大嵐がやってきていて、恐竜たちを囲っていたバリアは停電によって機能しなくなって恐竜たちが脱走してしまうという話である。
今作のストーリーにも似た部分があるとは思いつつ、この脚本で重要なのは人間の愚かさを普遍的に描いている点だと思う。人類は、テクノロジーの進化によって様々な快楽を得てきた。しかし、テクノロジーを使って快楽を得ようとする思想が度を越してしまったら大変なことになってしまうということ。そんな警鐘を、「ジュラシックパーク」というファンタジーで描いている点に面白さを見出せたのは、私が大学生になって改めて映画『ジュラシックパーク』を見た時だった。
原子力発電にせよ、インターネットにせよ、AIにせよ、人類はさらなる快楽や利益を追求するためにテクノロジーを応用してきた。しかし、新しいテクノロジーに手を出すときには、その社会変革によってリスクも発生しうることを忘れてはならない。原子力発電を導入したことによって、巨大地震や津波が襲ったとき、とんでもなく脅威的なものになりうることは、私たちは東日本大震災で学んできた。インターネットの登場で世の中は便利になったが、SNSの普及でお互いに傷つき傷つけられることで精神的ダメージを受けやすくなったというリスクはあった。AIの進化によって、それが今後どういったリスクがもたらされるのかは分からない。
そんな普遍性を映画『ジュラシックパーク』では訴えていて非常に面白かったからこそ、今までこうやって人気があるSF映画になったのだと思う。決して、CGによって恐竜を再現できるようになったとか、そういう部分だけではなく脚本に込められたメッセージ性も含めて大傑作なのだと思う。

今作にも、そういった映画『ジュラシックパーク』のパロディではないけれど、人間の欲が大きくなったばかりに、恐竜の胚を盗んだり、恐竜が逃げ出してしまったりというシーンが存在する。そこには、こんにち博士さんの映画『ジュラシックパーク』へのリスペクトがあるように思う。
さらに今作には、そんな恐竜が脱走してしまうというSF的要素に留まらず、テーマパークの一スタッフとして働くワンタのパーソナルな悩みにもフォーカスされていて面白かった。それは、非常にドラマ性に富んだ話でありながら、実はSFによくあるヒューマンドラマでもある。
スティーブン・スピルバーグ監督の『A.I.』という映画は、人間になりたいという欲求がモチベーションとなって自分の生みの親を探し出すという人工知能のロボットの話があるのだが、それに若干似たようなものを感じた。『A.I.』に登場する主人公も、周囲の人間と同じようなことができなくてずっと苦しみもがく。けれど、自分の生みの親に出会って人間にしてもらうという夢が生きがいにして冒険をするのである。それは、ワンタが自分がクローン人間でオリジナルがいるのかもしれないと思って生きるモチベーションを抱くことと近いような気がして類似性があった。

科学技術の発達によって人間の愚かさが露呈するSFと、AIの出現によってアイデンティティとは何かというドラマ性のあるSFの融合、今作はそんなように感じた。
そしてAIの出現は、効率性を求められる昨今だからこそパーソナルなドラマとしても響く側面を持っていると思う。前作に引き続き、またしてもこんにち博士さんからSF作品の愛に溢れる作品を享受頂いたように感じた。


写真引用元:ステージナタリー 南極ゴジラ「(あたらしい)ジュラシックパーク」より。(c)おまつ(松下奈央)


↓南極ゴジラ過去作品


この記事が参加している募集

舞台感想

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?