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舞台 「宝飾時計」 観劇レビュー 2023/01/14


写真引用元:舞台「宝飾時計」公式Twitter



写真引用元:舞台「宝飾時計」公式Twitter



公演タイトル:「宝飾時計」
劇場:東京芸術劇場 プレイハウス
劇団・企画:ホリプロ
作・演出:根本宗子
出演:高畑充希、成田凌、小池栄子、伊藤万理華、池津祥子、後藤剛範、小日向星一、八十田勇一
公演期間:1/9〜1/29(東京)、2/2〜2/6(大阪)、2/10〜2/12(佐賀)、2/17〜2/19(愛知)、2/25〜2/26(長野)
上演時間:約2時間40分(途中休憩15分を含む)
作品キーワード:音楽劇、ラブストーリー、ヒューマンドラマ
個人満足度:★★★★★★★☆☆☆



岸田國士戯曲賞にノミネート経験もある劇作家の根本宗子さんが、高畑充希さんを主演に据えて新作公演を上演。
根本宗子さんの作品は、2019年12月に『今、出来る、精一杯。』を観劇していて、それ以来3年ぶりの観劇となる。
今作は、舞台衣裳デザイナーに、ビームスなどの企業ブランドのクリエイティブディレクターを務めたことのある有名なファッションデザイナーの神田恵介さん、テーマ曲には椎名林檎さんの新作書き下ろし曲である『青春の続き』が起用されている。

物語は、根本宗子さんが高畑充希さんにあて書きされたストーリーになっている。
松谷ゆりか(高畑充希)は、10歳の時から19年間もミュージカル『宝飾時計』というロングラン公演の少女役を務めた。
それはゆりかが、10歳の時からまるで成長が止まってしまったかのように身長や身体のサイズが変化しなかったからである。
しかし、29歳で大小路祐太郎(成田凌)と出会い、彼がゆりかのマネージャーとなって付き合い始めてから、ゆりかは急に成長し始めた。
『宝飾時計』の20周年記念公演があるということで、そのセレモニーに呼ばれたゆりかと、ゆりかが呼んだ板橋真理恵(小池栄子)と田口杏香(伊藤万理華)の2人の他の少女役。
そこでゆりかが明らかにしたかったのは、ゆりかが19年間もずっと成長が止まったままでいた理由である、10歳の時に相手役をやっていて恋人関係にあった勇大(小日向星一)が身投げした事故についてだったというもの。

2020年の舞台『もっとも大いなる愛へ』以来の2年ぶりの新作公演となる根本さんの作演出作品だったが、時間をかけただけあってかなり洗練された舞台作品でとても素晴らしいものだったという感想。
根本さんの作演出作品らしく、今を生きる女性のリアルにフォーカルされた結婚に対する価値観や恋愛に対する価値観は健在しつつ、より音楽劇風に作品全体が磨かれていて舞台芸術としてのクオリティが高かった。
ゆりかが10歳だった頃の描写と30歳になった現在の描写が交錯しながら描かれるのだが、その交錯の仕方によって徐々にミステリー風に物語の核心に迫っていく展開が巧妙だった。

ゆりか、真理恵、杏香と三者三様の女性が登場するのだが、どの女性もキャラクター設定として魅力的に見えた。
それは、彼女たちが発する言葉一つ一つが非常に耳に残りやすくて、はっとさせられたからかもしれない。
特に、自分が幸せになりたいのか、誰かを幸せにしたいのかという言葉は印象に残った。『今、出来る、精一杯。』を観劇した時も感じたが、根本さんが紡ぎ出す言葉は、どこか自分の今の人生の歩みの核心となる所を言語化して突いてくれるので、はっとさせられると同時に、生きる活力を与えてくれる。これぞ根本宗子作品だと再認識させられた。

ステージは回転舞台になって、ヴァイオリンやピアノ音楽と共に回転するのだが、それが時間の疾走を上手く表現していて演劇ならではの演出が功を奏していた。
高畑さんが歌うシーンも、ミュージカルまではいかないのだけれど、どこかミュージカル風で高畑さんの美声を上手く活かした惚れ惚れする演出だった。

キャスト陣も豪華で皆素晴らしかった。決して難解な物語ではないし、人生思い通りにいかないことやムカつくことは誰だってあることだけれど、そんな気持ちを浄化してくれて前向きに生きようと思える舞台作品だと感じた。多くの人に観て欲しい舞台だった。


写真引用元:舞台「宝飾時計」公式Twitter



【鑑賞動機】

根本宗子さんの舞台作品は、2019年12月に観劇した『今、出来る、精一杯。』から遠ざかっていたので、久々に観てみたいと思っていた。特に今作は、高畑充希さんを主演に据えてという点も興味を引いたポイントであり、過去舞台を観劇して素晴らしいと感じた伊藤万理華さんや、後藤剛範さんなどが出演されていたのも大きい。期待値は高めで観劇した。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇して得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

松谷ゆりか(高畑充希)と大小路祐太郎(成田凌)は、恋人同士であり、2人で食事をしている。2人は今食べている食事が美味しいことを話している。そして大小路は、ゆりかが自分の話を始めずに、お互い今目の前にあることに対して会話が出来る所に好感が持てると言う。ゆりかも同じくそう言う。
大小路の携帯に電話がかかってくる。どうやら以前ゆりかが出演したミュージカル『宝飾時計』の20周年記念公演の出演以来のようである。ゆりかは断ってしまう。しかし、真理恵と杏香を呼べるのならアリだと、再び電話がかかってきた先に連絡しようとするが繋がらなかった。

場所は変わって、ミュージカル『宝飾時計』の楽屋。ゆりかと板橋真理恵(小池栄子)、田口杏香(伊藤万理華)が『宝飾時計』の主役の少女役のためにメイクをしている。杏香は、今日の少女役で選ばれるのは絶対に自分だと、自分の演技は天才的だと言い張っている。そこへプロデューサーの滝本伸夫(八十田勇一)がやってくる。そして、今日の『宝飾時計』の少女役はゆりかであると告げられる。

ゆりかは、大小路というマネージャーと付き合っている。ゆりかが29歳の時、ミュージカル『宝飾時計』の主役の少女役を務めていた時、大小路が観てくれていて涙を流しながら素晴らしかったと褒めてくれた、マネージャーになるというのに感情的になって申し訳ないと。ゆりかは非常に嬉しかった。そこからマネージャーである大小路はゆりかの彼氏となっていった。大小路は、ゆりかが食べたい食事を作ってくれた。しかし、ゆりかは本当に食べたい料理を注文せず、あえて3番目くらいに食べたい料理を選択した。それは、ゆりかが10歳の時に好きだった男の子との思い出からくる。
ゆりかが10歳の時に好きだった男の子の名前は、勇大(小日向星一)という。ゆりかと勇大は、一番好きなものに関しては怖くて言えないということで意思を通じ合っていた。一番好きなことを言ってしまうと、なんだか自分をさらけ出し過ぎている感じがして怖いのだと。でもそうやって自分をさらけ出すことが怖くて、本当に好きであるもののことを好きと言えなくなると、本当の自分を見失ってしまうと。

関一(後藤剛範)が登場する。彼はモノローグを語り始めるが、立派な劇中の登場人物である。モノローグを語り終わると劇中へ入っていく。そのモノローグの内容は、20年前に起きたとある事故だった。ミュージカル『宝飾時計』の少女の相手役をやっていた勇大が、突然海に身を投げたという事故である。勇大がなぜ海に身を投げたのか理由は誰も分からなかった。それによって勇大は、この世から忽然と姿を消してしまった。
関が劇中に入り込むと、楽屋にいた真理恵が彼にスポーツドリンクを買ってきて欲しいと頼む。関は真理恵のマネージャーだった。関はスポーツドリンクを買いに退出する。真理恵とゆりかは久しぶりに再会し、近況を語り合う。真理恵は、とうの昔に『宝飾時計』の少女役を辞めてからは女優活動は引退、そしてIT社長と結婚した。それに加え、最近は農業を始めていた。真理恵は、持ってきた米袋をゆりかに持たせて写メを取り始める。そして、今の時代オーガニックは大事だと訴える。
そこへゆりかのマネージャーの大小路がやってくる。大小路は始めましてと真理恵に挨拶する。真理恵は大小路のことを良い男じゃないかと褒める。そして、ゆりかは実は大小路と付き合っていると言う。真理恵は驚く。
そこに関が戻ってくる。関はスポーツドリンクでなく、スポーツ飲料の粉末とミネラルウォーター2リットルを買ってくる。真理恵は激怒する、どうしてスポーツドリンクではなく、粉末とミネラルウォーターを2リットルも買ってきたのかと、前も同じことをしてスポーツドリンクを買ってこいと言ったのにと叱る。すると関は、粉末と水の方が粉末の量によってさじ加減を調節出来て良いかと思ったと言う。真理恵は、そもそもミネラルウォーターを2リットルも飲まないし、スポーツドリンクを買ってきてと言ったのだと反論し、恥ずかしいと言いながら出ていく。

話は遡って、20年前のミュージカル『宝飾時計』の少女役の最終オーディション。オーディション現場には、ゆりかと真理恵と杏香がいた。杏香は母親の杏香ママ(池津祥子)と共にいた。また、肌が黒くて見窄らしいオーディション生(後藤剛範)もいた。杏香は、母親に英才教育を受けてきて、周囲のオーディション生を蹴散らす生意気な子どもだった。杏香は、これから宝塚歌劇団のオーディションもあるらしく、こんなミュージカルのオーディションなんて楽勝だと高を括っていた。そして見窄らしいオーディション生に、あんたなんてどうせここしかオーディション受けてないのだろうしオチておしまいよと言う。見窄らしいオーディション生は、アニーのオーディションも受けると言う。杏香のママは、アニーの方が似合っているでしょと言う。その上、杏香はこっちはインフルエンザのワクチンを打っているけれど、あなたは打ってないでしょ?ウイルスを移されそうだから近づかないでと言う。
オーディションの待合室部屋に、プロデューサーの滝本と、勇大が入ってくる。最終オーディションは、実際の相手役である勇大と演じてもらうとのことだった。杏香は、勇大の名前は聞いたことあると言う。ゆりかは、あの有名な勇大と共演出来るなんてと夢見心地気分だった。

杏香は、自分が出演した公演アンケートが自分の演技に対するダメ出しばかりで自信喪失してしまう。そしてその挫折が答えてしまい、そこから引きこもり生活になってしまう。

滝本は、ゆりか、真理恵、大小路、関の前で、20年前の相手役の海への身投げについて話す。どうやら大小路も関もその事故について知らないようだった。滝本は、勇大という相手役の少年が海に身を投げて自殺したと言い、その予兆は舞台現場にもあったと言う。しかしゆりかは、そもそも勇大は海に身を投げただけで、自殺したとは断定出来ず、その理由は誰も何も分からないままだと主張する。
20年後の『宝飾時計』20周年記念公演の出演者楽屋で、杏香が杏香ママに無理やり連れて来られる様子が飛び込んでくる。杏香は行きたくないと大の字になっている。それでも杏香ママは強制的に杏香を連れてくる。
楽屋で、ゆりかと大小路と真理恵が何気ない会話をしている。その時、ゆりかは大小路の匂いが勇大とそっくりであることに気がつく。そしてゆりかは大小路に「勇大?」と尋ねる。真理恵もその反応に飛びつく。そこへ、関と滝本がサプライズで真理恵の誕生日ケーキを用意していてろうそくに火を付けてケーキを持ってきた。しかし、ゆりかも真理恵も誕生日サプライズ所ではなく、大小路が勇大ではないかという疑惑に夢中だった。そこへ勇大も現れ、勇大が2人になる。少年の勇大は、まるで大小路が自分ではないというかのように、彼が何を考えているかさっぱりわからないと言う。

ここで幕間に入る。

写真引用元:舞台「宝飾時計」公式Twitter



ここから、ゆりかの『宝飾時計』で主役を務めた20年間が語られる。ゆりかの元から勇大がいなくなってしまった時、少女役をやり終えた後のゆりかの元に、勇大が現れたのだ。その勇大はゆりかの強い気持ちが生み出した幻想であるのだけれど、なぜか少女役をやり終えた後に毎回ゆりかの前に現れるようになった。自分が少女役を続投すれば、ずっとゆりかは勇大に会えるかもしれない。そう思ったゆりかは、このままずっと『宝飾時計』で少女役を続けたいと滝本プロデューサーに懇願した。滝本プロデューサーは、1年後も容姿がそのままだったら検討するとのことだった。
しかし、不思議なことにゆりかの身体はずっと10歳のままストップした。そのため何年もゆりかは『宝飾時計』の少女役を続投した。そして毎公演後、ゆりかの元に勇大が現れた。
ついにゆりかは20歳になったが、成長はストップしたままだった。勇大も20歳になったゆりかを祝福した。

ゆりかが29歳の時、新しく大小路というマネージャーが担当することになった。大小路はゆりかの芝居を観て、涙を流しながら演技を褒めてくれた、感情的になってすみませんと。ゆりかは非常に嬉しいですと答える。それからゆりかと大小路は仲良くなっていき、付き合うことになった。
ゆりかの家に大小路が泊まっていく。大小路は料理が得意で、ゆりかが食べたいというアクアパッツァを作る。大小路は帰ろうとする。どこへ帰るのと聞くゆりかに、中野の自宅に帰ると大小路が答える。会話を色々交わした後に、大小路から「そっちも気をつけて」という言葉にゆりかは傷つく。「そっち」という言葉が、なんか距離感を感じて雑に扱われている感じがしたと。
それを幻想の勇大に相談するゆりか。『宝飾時計』の公演後でなくても勇大が出てきてしまうくらい、ゆりかの中で勇大に対する気持ちと不安は強くなっていった。

ゆりかと大小路が2人で食事をしていた矢先、滝本から大小路へ連絡が入って『宝飾時計』の20周年記念公演に出席して欲しいとのオファーだった。ゆりかは最初は断っていたが、真理恵と杏香が出席するのであれば可能だと答えた。
早速ゆりかは、真理恵へ電話をかけて記念公演に出席しないか誘った。真理恵は最初は渋っていたが、ゆりかに説得されて参加することになった。杏香ママにも電話をかけ、ずっと引きこもりしているからどうかという感じだったが、結局杏香も記念公演に参加することになった。
ゆりかは、先ほどの2人が今目の前で起きていることを話題にしてくれることに大小路は好感を持っていると言っていたが、その続きがあるのでは?と思う。

ミュージカル『宝飾時計』の20周年記念公演で、ゆりかは大小路に単刀直入に勇大と同一人物でしょ?と聞く。一度10歳の時失踪して、でもゆりかのことは忘れられなくて、マネージャーとなって会いに来たのでしょ?と。どうして勇大であることを素直にゆりかに伝えてくれなかったの?20年間も失踪していた理由は何?と。
大小路は、たしかに自分が勇大であることを認め、本当にごめんとゆりかに謝る。しかしゆりかは、謝られても何に対して謝られているかが分からず、その理由を説明して欲しいと言い続ける。

そこへ、関がいきなり話題を変えて、今日は真理恵の誕生日だからみんなで真理恵を祝おうと言い出す。真理恵は、今はゆりかと勇大のことの方が重要でしょ?何言ってるのと呆れる。しかし関は、誕生日をしっかりと祝うことも大事だと言い張る。そして、関は自分はいつもダメな男だけれど、そんな自分を叱りつけながらもマネージャーとして働かせてくれる真理恵に感謝していると言う。そして真理恵の良いポイントを沢山上げる。
真理恵も次第に関の言葉に耳を傾け、結局結婚して自分が幸せになりたいか、誰かを幸せにしたいかだと思うと言う。たしかに関の空気の読めない感じには本当にいつも腹が立つけれど、そうやって関に腹を立てて叱りつけることで自分を保ち、自分が幸せになっているのかもと。
真理恵は、こんな勇大みたいな当たり障りのないような掴みどころのないような男性に振り回されず、自分がどうなりたいのかをしっかり考えると良いと言う。
今度は杏香がやってくる。杏香は、ゆりかのことを自分よりも全然時間が進んだ女性に見えると言う。杏香は、母親のせいで宝塚歌劇団を目指し、それしか自分にはなかったからそこを否定されてしまうとショックで家から出られなくなって、全てのことに対してやる気が失われたと。ずっと引きこもりだから何も時間が進んでいない。でもゆりかは、勇大を想い続けて前進していると。

その日の夜、ゆりかと大小路(つまり勇大)は、2人で一緒に寝る。結局勇大は、本当のこと話してくれないんだねと。そうやってずっとはぐらかすんだねと。きっとそれが勇大にとって一番楽だから。
次の朝、大小路はゆりかの元からいなくなっていた。再びゆりかの前から姿を消してしまった。

時間が経ち、ゆりかは年をとって老女になった雪の日。突然、勇大は現れる。
ゆりかはずっといつか現れると信じていたと言う。そして勇大に身体を委ねる。こうしていると、この長い長い孤独な時間もどうでも良くなってしまうくらい癒やされると。そしてゆりかは、勇大の胸の中で静かに息を引き取るのだった。ここで上演は終了。

20年前の勇大の失踪事件と、現代の20周年記念公演で起きる出来事が、時間軸を交差させながら勇大の存在に迫っていく展開に、目が離せなかった。非常に飽きさせないストーリー展開にずっと魅了されていた。
根本宗子さんが紡ぐ言葉は、はっとさせられることが多くて、人間を描くのが上手いなと思う。男性視点で考えると、勇大という男性の気持ちも良く分かる。どことなく空っぽで空虚な感情、何かに情熱的になれる訳でなく、何かあると本当のことは言いたくなくて逃げ出してしまう。本当のことを言いたくないのではなくて、ずっと怖くて本当のことを言い出せないで大人になってしまい、本当の自分を見失っているのかもしれないと感じた。
そして、結婚というのは誰かを幸せにしたいという気持ちも芽生えるのだなと色々考えさせられた。ゆりかは結局、自分が幸せになる道を選んだのではなく、勇大を幸せにする道を選んだのかなと思った。だから、好きにさせてあげた。きっとゆりかが彼を束縛してしまうと、勇大は楽には生きられなかっただろう。恋愛って凄く難しいと思った。
この辺りは、しっかり考察パートでも言及したい。非常に素晴らしいヒューマンドラマだった。

写真引用元:舞台「宝飾時計」公式Twitter



【世界観・演出】(※ネタバレあり)

普段の根本宗子さんの舞台作品よりも、より音楽劇風に仕上がっていて一つのエンターテイメントとしても素晴らしかった。
舞台装置、衣裳、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
まず目を引くのは、背後に吊り下げられた巨大な時計の文字盤。非常に巨大で、プレイハウスという大きな劇場でもその文字盤の半分くらいしか見えない。白い文字盤だった。
ステージは回転舞台が設置されていて、その回転舞台の部分に、階段のてっぺんがただの平台になったような舞台装置や、アンティークで高級そうな机や椅子が沢山並んでいて可愛らしい世界観だった。回転舞台が回転することによって、時間がグルグルと進んでいく感じがあって、演劇でしか表現出来ない素晴らしい演出だった。
ステージの下手には、グランドピアノが置かれていて、そこでピアノ奏者が演奏していた。ヴァイオリン奏者は舞台上を移動しながら演奏していた。
序盤で登場する天井に吊るされた横に大きな3つの窓枠がついていて、豆電球のような装飾も拵えた舞台装置が目に止まった。根本宗子さんの作る作風のイメージにピッタリで、根本さんの芝居を観ている感じがした。
あとは、ラストで完全に舞台装置が捌けきって、雪のような紙吹雪が舞う演出は非常に美しかった。

次に衣裳について。
なんと言っても注目したいのが、神田恵介さんが手掛けたゆりかの衣裳である。まずは、フライヤーデザインでも映っている、着物のようなドレスのような和洋折衷した白い衣裳が素敵だった。地面に引きずっている衣裳部分があると思うが、そこがカラフルになっているのが凄く素敵だった。
劇中は、もっとこの衣装が登場するのかと思っていたが、意外とあまり登場しなかったが、本番中に着ていた衣裳も素晴らしかった。全体的にちょっとアンティーク感があって、でもどこかレトロな感じもあって、和洋折衷といったような非常に面白い世界観だと個人的には感じた。
ビジュアル的に印象に残ったのは、後藤さんがピンクの衣裳を着てオーディション生をやっていた姿。2022年7月に上演されたハイバイの『ワレワレのモロモロ2022』でもそうだったが、後藤さんはあのような男らしいガタイをしておいて、結構キュートな役をやって笑いを取れるから素晴らしい。

次に舞台照明について。
なんといっても印象に残っているのは、ラストのゆりかが老後に勇大と再会するシーンの雪が降っている時の照明。どことなく暗い青色(だったような)で、それがとても幻想的でドラマチックな印象を与える照明が素敵だった。
あとは、回転舞台が回転しながら時間が疾走するシーンも照明がかなり目まぐるしく変わっていた気がした。あの感じの演出も好きだった。

そして舞台音響。
なんといっても、椎名林檎さんが書き下ろした『青春の続き』が素晴らしい。個人的にはあの曲のテンポが好きだった。曲調が全体的に可愛らしい感じがあって、高畑さんが歌うからまたそれが似合っていた。
そして高畑さんが歌っていたからか、とてもミュージカルチックに音楽が聞こえる。特にラストの高畑さんの独唱はミュージカルだと感じた。
それ以外で個人的に好きだったのは、やはり時間が疾走する演出。ヴァイオリンを上手く使いながら各々の台詞が脳裏で再生されるかのように、速いスピードで繰り広げられる感じが好きだった。
少し気になったのが、ヴァイオリンが入るタイミングだが、ヴァイオリン自体が音が目立つので、ヴァイオリンが演奏され始めると、一瞬そちらに意識が向いてしまう。なんかそれが、会話劇を阻害しているようにも感じた。これは私だけだろうか。
幕間終わった直後の後半の、ゆりかの20年間を回想するシーンがあるが、そこでピアノの演奏と共に芝居が展開される感じも非常に好みだった。今作では、ピアノのメロディが非常に時間の経過を上手く表している感じがして、凄く良かった。音楽の使い方が巧みだった。

最後にその他演出について。
根本さんの台本は、台詞が非常にリアルな女性の会話を感じられて好きだった。たしか『今、出来る、精一杯。』でも同じことを感じた気がする。例えば、ゆりかの「靴、きっつ」みたいな台詞は、実際リアルで言いそうな言葉だと思うけれど、それが象徴的に描写されているのが好き。これは、急にゆりかが成長し始めたことを意味する言葉だし、数回登場することで凄く印象に残る効果がある。
杏香の言葉も多くが非常にインパクトが強くて印象に残った。その辺りの言葉の選び方が素晴らしい。真理恵もまた違った路線でインパクトが強かったが、根本さんは強い女性を描くのが本当に素晴らしかった。
あとは、逆に男性を少し小馬鹿に描き過ぎでは?と突っ込みたくなった。勇大の役は非常に素晴らしくて、自分をあまりにも隠し過ぎるから自分を見失ってしまった男性というのが、非常にリアルで素晴らしいのだが、関や滝本は、ちょっとあまりにもKYでデリカシーがなさすぎて、かなり笑ったけれど、ここまで?ってずっと思いながら観劇していた。

写真引用元:舞台「宝飾時計」公式Twitter


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

今の舞台演劇界隈で大活躍の舞台俳優ばかりで、豪華キャストで素晴らしかった。
特に印象に残った俳優を紹介する。

まずは、主人公の松谷ゆりか役を演じた高畑充希さん。高畑さんの演技を劇場で拝見するのは初めて。映画『こんな夜更けにバナナかよ』など、映像では拝見したことがある。
本当に歌も演技も素晴らしくてずっと感動していた。歌に関しては、ミュージカル『ミス・サイゴン』でキム役をやるほどなので、噂は耳にしていたが、さすがといわんばかりの声の張りと美声に魅了された。特に、ラストの独唱のシーンは、あれだけ切り取っても十分見応えがあった。それくらい歌声にうっとりした。
芝居も素晴らしかった。一番好きだったのは、大小路に対して完全に女の子になっている点。好きな人に対しては、あんな感じになるんだなとそのキュートな演技によって心も動かされた。
そして全体的に声に威勢があるので、観ていて非常にストレスもないし、シンプルに元気が貰えた。
ラストの老女のシーンでの演技、あれは時間が進んだのだろうか、止まったのだろうか、そこは考察のやりがいがある。高畑さんの演技によって、だいぶ考察も変わってくると思うので。

次に、大小路祐太郎役を演じた成田凌さん。成田さんは、2022年6月に『パンドラの鐘』を観劇して演技を拝見したことがある。その時は、成田さんは初舞台であった。
大小路の役は先述したとおり、なかなか掴みどころのない、本心が読めないようなイケメン男性の役。非常に成田さんにはまり役だと感じた(勿論、褒めている)。ゆりかに追及されて、特に口論をする訳でもなく「ごめん」としか言わなくて、本心を語ってくれない感じもそうなのだが、特にこのキャラクター性が出ているなと感じたのは、一緒に食事をした時の会話など。なんか大小路の台詞は、どこか会話を聞いていて話が噛み合っていない感じがある。他のキャラクターに関しては、分かる分かるといった台詞ばかりなのに、なぜか大小路だけはすんなりと、何言っているのか入ってこなくて。
でもそれが、おそらく狙いだと思っていて、きっと大小路は上手く言葉にすることが苦手で、だから自分の今の感情も上手く言語化出来なくて、それであまり噛み合わないように感じる台詞を発していたのだと思う。観客からしたら、これ大丈夫?と思うが、そもそもそれも狙い通りなんだろうなと感じる。素晴らしい。
やはり、そういったキャラクターを描けてしまう根本さんが素晴らしいということなのだろうが。

板橋真理恵役を演じた小池栄子さんも素晴らしかった。
小池さんの演技は初めて劇場で拝見したのだが、凄く真理恵というキャラクターに私は好感が持てた。女優としての道は諦めたけれど、IT企業の社長と結婚して、農業して、自分の好きなように生活していて、かなりストレスなく暮らせてそうな印象を受ける。凄く憧れの存在に感じるし、だからこそ観ていてポジティブになれる。
そして真理恵が発する台詞も、非常に的を得ていて、言い方も相まって気持ちよかった。そんな役を演じられる小池さんが素晴らしかった。

今作のマイMVPは、田口杏香役を演じた伊藤万理華さん。伊藤さんの演技は、月刊「根本宗子」の『今、出来る、精一杯。』や、2021年5月に上演された『DOORS』でも拝見している。
おそらく、多くの人が観ていて嫌いと思うであろう杏香の役を、本当にこれでもかというくらい憎らしく演じていてよかった。
母親に英才教育を受けて、宝塚歌劇団に入ることに全力で取り組んできた杏香。だから一般的な教育がなってなくて、平気でデリカシーのないことを周囲にぶち撒けてしまう。自分に対しての過度なプライドと自信、しかしそれに打ち負かされて精神的にダメージを受けてからずっと引きこもり。
そんな役を伊藤さんは涙ぐまれながらやっていて、これこそリアルの演劇だよなと感じる。凄く熱い気持ちが伝わってきてグッときた。

関一役を演じた後藤剛範さんも素晴らしかった。
いかにも脳筋といった感じで、繊細なこととか何も考えられなそうなキャラクター設定が観ていて本当に可笑しかった。こんなにズレたことを言ってしまうか?と恐怖を感じるくらいKYだったので、凄いなと思う。根本さんの中での男性のイメージどうなっているのだろう。
しかし、勇大と対称的なのは、自分が本当に思ったことを口にするから裏表が全くないこと。だから信頼出来るのかもしれない。真理恵に対して誕生日祝いするタイミングは完全に間違えているけれど、言っていることは全部素直だし、逆にここまで言葉にして伝えてくれる人ってなかなかいないから、凄くこのシーンだけで好感が上がる。
そんなムードを一気に作ることの出来る後藤さんの演技は素晴らしかった。

写真引用元:舞台「宝飾時計」公式Twitter


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

調べてみると、高畑充希さんは2007年から2012年まで6年間に渡って、ミュージカル『ピーターパン』でピーターパン役を演じていたのだそう。6年も同じ役をずっとやり続けているというのも凄いことである。そんな過去があったから、今作のような脚本を根本さんが高畑さんのあて書きとして執筆した理由は良く分かる。
ここでは、私なりに今作を考察してみようと思う。

ゆりかは、特に自分は女優になりたいからという強い志を持って女優を始めた訳ではなく、たまたま児童劇団に預けられてヒロインを務めた所から始まった。それ以外の芝居に対する原動力は、勇大に会いたいという気持ちだった。
ゆりかと勇大が幼少期に交わした会話の、本当に好きなことを言うのが怖いというのは凄くよく分かる。それをさらけ出してしまったら、なんだかそれを否定された時に人生辛くなりそうだから、あえて一番好きでないものを選ぶようにするという思想は凄くよく分かる。しかし、それをしすぎてしまうと、本当の自分という姿を見失ってしまう。きっと勇大がそうだったのだと思う。
一方で、ゆりかは勇大のことが好きだという本心だけはずっと見失わずにいた。その気持が強かったからこそ、幻想として公演後に勇大が現れていたし、身体も成長しなかった。
勇大はゆりかに対しても、結局ずっと本音を語ってはくれなかった。というか、本音を見失っていたのだと思う。ずっと一番好きなことをひた隠しに生きていたから。だから別に意地悪をしている訳でもなく、単純に勇大がゆりかの元を離れた理由を自分の言葉で語ることが出来なかったのだと思う。男性視点である筆者にとって、その状況が良く分かる。

本気で好きになるという気持ちは、人を何十倍も成長させてくれるものである。杏香はゆりかに対して、自分よりもゆりかの方が全然時間が進んでいるように見えるといった。身体的な成長は止まっていたかもしれないけれど、ゆりかの中では勇大のことが好きである気持ちで頑張り続けられていた。だから時間が進んでいたのだと。しかし、杏香は自分の取り柄であった演技を否定され、宝塚歌劇団に入れず引きこもった。
しかし、個人的に思うのが、今まであんなに自己中心的な発言しかしていなかった杏香が、客観視してゆりかのことについて良いことを語った時点で、杏香も成長しているんじゃないかと感じるのだが。

自分が幸せになりたいのか、相手を幸せにしたいのか、そんな軸で結婚の価値観を考えたことがなかった。だから、真理恵の言葉は自分にとって新鮮だった。結婚というのは、何も幸せになりたいだけではない。幸せになってもらいたい、幸せにしたいという気持ちもあるのだと。
真理恵は自分の幸せを自分で掴み取った。真理恵の性格らしい気がする。でも、それも人生の歩み方の一つである。

では、ゆりかはどうするのか。自分が幸せになりたいのならきっと勇大には固執しない方が良く、次の相手を探した方が良いのだろう。ずっと掴みどころのない勇大のことを思っていても解決しない。しかし、相手に幸せになってほしいのなら別だ。あえて勇大の気持ちを詮索せず、好きな時に自分の元へやってくる。それがおそらく勇大の思う幸せだろうと。
だからこそ、ゆりかは敢えて勇大を最後まで失踪した理由を聞かなかったのだろうし、逃げても良い選択肢を与えたのだろうと思う。

さて、最後のゆりかが老女になったシーンで2人は再会して、ゆりかは年をとっていたのだろうか。『宝飾時計』で少女役を演じていた20年間は、勇大の帰りをずっと待っていたから、一日たりとも忘れたことがなかったから姿が変わらなかったのだろう。もし老後姿が変わっていたら、それはゆりかが勇大を諦めて別の人生を歩んでいたということ、もし変わっていなかったら、勇大をずっと諦めていなかったということ。
容姿は老女という感じはしなかったが、高畑さんの演じ方はやや年をとっていることを意識していたように私は感じた。そこをどう解釈するのかも、演劇の一つの魅力な気がする。

とにかく私は、一人の松谷ゆりかという女性の半生を垣間見たことで、生きる希望が湧いてきた。これぞ根本宗子さんの作品が起こすエネルギーなんだと再認識させられた。


↓根本宗子さん作演出作品


↓成田凌さん過去出演作品


↓伊藤万理華さん過去出演作品


↓後藤剛範さん過去出演作品


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