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【16】進化心理学で考える性差(8)女が惹かれる男とは ④

女性は地位の高い男が好き? 

 あまりに長くなったこのシリーズも今回でいったん終了である。今回は女性が地位の高い男性を好む理由について考えてみたい。世の中では一般に、経営者や管理職、大企業の社員、医者や弁護士など社会的地位の高い職業に就いている男性はモテるとされている。実際、そうした肩書に魅力を感じる女性は多い(これもまた全ての女性があてはまるわけではないが)。
 これはなぜだろうか。まず思いつくのが「地位の高い職業はたいてい収入も高いから」という説明である。しかし、例えば学校のクラスとか趣味のサークルといった金銭的な利益とはなんの関係のない場でも、統率力や発言力のある男性の方がモテる傾向にあるし、ただの飲み会の席でさえ、場を仕切れる男性に人気が集まったりする。

どうやら女性は、経済的な利害があってもなくても

・影響力や発言力のある男性
・集団の中で支配的なポジションにいる男性
・周囲(あるいは社会全体)から認められ敬意を払われている男性


など、地位の高い(様々な意味で優位な)男性に魅力を感じるようなのだ。少なくとも周囲から見下されていたり、軽んじられている男性に好意を持つ女性は極めて少ないと思う。この傾向には進化的な基盤があるのだろうか。

 動物界全体で言えば、一般に地位の高い(優位な)オスの方が、そうでないオスと比べてより多くのメスと配偶の機会を得ている。種によって程度の差はあるが、これは当たり前のように見られる傾向である。動物の世界で言う「地位」とは、ほとんどの場合、身体的な強さとイコールであり結局強いオスがより多くのメスを手に入れられるのだ。

  ゾウアザラシやアカシカでは、優位オスを父親に持つ個体がその年に生まれる子の80%を占める場合もある〈1〉(ゾウアザラシの雄間競争の激しさについては第5回でも触れた)。霊長類でも特に一夫多妻の配偶形態を持つ種ではこの傾向が強く、アカホエザルやヒヒ、パタスモンキーでは一匹のオスが群れの80%以上の子の父親であるという〈2〉。

 ただ例外もあり、ニホンザルではむしろ下位のオスの方が上位のオスより多くの子を残しているという報告もある。ニホンザルはチンパンジーと同様、乱婚的で自分の父親が誰かわからない。メスは、群れに長年滞在している上位オス(自分の父親の可能性がある)との交尾を避け、滞在歴が短い下位オスを好むことで近親相姦を防ぐ性質を持っているらしい〈3〉(チンパンジーでは繁殖可能な年齢に達したメスは群れを出ていく習性があるのでこうした問題はおこらない)。

チンパンジー界の権力争いは半端じゃない

 では、いつものようにチンパンジーではどうなのかを見てみよう。チンパンジー社会は極めて競争的で個体間にはっきりと上下関係がある。オス同士にもメス同士にも序列があるが、通常すべてのおとなオスはすべてのおとなメスより優位である。
 オスは非常に上昇志向が強く、若いオスはまずメスを一頭づつ威圧していき、高順位のメスの大部分を従えた時点でおとなオスの最下位につく。そこから何年にもわたって他のオスと競い合い、最高位(「アルファオス」と呼ばれる)の座を目指すのだ〈4〉。

 オスの序列は必ずしもケンカの強さで決まるわけではなく、どちらかというと腕力のあるオスより政治的な立ち回りの上手いオスが高順位につくことが多い(チンパンジー界では体の大きさと競争力には関係がないという)。

 オスはあの手この手で順位の上昇と維持を図る。上位個体に積極的に毛づくろいをしたり肉を分けたりして機嫌をとる、多数派工作をする(時にはライバルのオスがその切り崩しを図ることもある)、アルファの座を奪うために第2位と第3位のオスが同盟を組む、アルファに昇格したオスがそれまでの同盟相手を牽制するために今度は(第3位に転落した)元アルファと協力する、などなど… 。順位争いがエスカレートして殺しや集団暴行に発展することもある。人間の権力闘争の世界にそっくりなのだ。
 
 序列に伴う緊張関係は様々な場面でみられ、劣位のオスは、食べ物の分配やメスとの交尾の機会をめぐり、常に優位オスの機嫌を損ねないよう慎重に空気を読んで行動する。霊長類研究者の古市剛史はチンパンジーの研究を始めたとき、「こんなことをしていたら、ストレスで早死にするな」と思ったそうだ。それくらいチンパンジーは人間と同じかそれ以上に上下関係に気をつかう生き物なのだ〈5〉〈6〉〈7〉。

下位のオスにも意外と希望がある

 これほど激しく順位を争うのだから、序列が上がるほどそれに応じた見返り(つまり圧倒的な繁殖成功)が得られるのだろうと我々は思ってしまう。ところが、意外とそうでもないのである。
 
 アフリカには長年継続して野生チンパンジーの観察が行われている拠点が10か所ほどあるのだが、その中の一つタンザニアの「ゴンべ」で行われた研究によると、全てのオスが順位に関わらず少なくとも一頭の子をもうけていた。アルファオスは最も高い繁殖成功をおさめていたものの、全体の中でアルファの子が占める割合は30%程度だった。
 また、概して高順位のオスほど多くの子をもうけてはいたが、3位より5位のオスの方が、7位より9位のオスの方が多くの子を残しており、順位と子の数は必ずしも比例していなかった。 
 一方、コートジボワールにあるタイ国立公園での調査によると、アルファオスの独占度合はもっと高く、競合するライバル雄が5~9頭いるときでも父性の38%、ライバル雄が2~3頭のときには67%を占めていたという〈8〉。チンパンジーの生態は地域差や個体差が大きく、何についても「一概には言えない」という面があるらしい(このあたりもヒトとよく似ている)。

その他の研究も総合すると、チンパンジーという種では

・アルファオスは集団の中で最も多くの子を残せるが、ゾウアザラシやアカシカの優位オスほど父性を独占できるわけではない
・高順位のオスほど多くの子を残す傾向にあるが、順位と父性が完全に相関するわけではない


というのが実態のようだ。そもそも乱婚的なチンパンジー社会では、発情期のメスが同時に何頭もいる場合、いくら力の強いオスであっても他の全てのオスを見張ってメスに接触させないようにすることは不可能である。
 オスは多大な時間と労力をかけ、怪我をしたり死んだりするリスクもおかして順位争いをするのだが、その割に繁殖上の見返りは莫大とは言えず、オスがなぜこれほど順位に執着するのか完全には解明されていないという。

これはメスの好みの反映なのか?

ここまでで
動物界では一般に地位の高い(優位な)オスの方がより多くの子をもてること
チンパンジー社会ではオスの序列は身体的な強さだけでなく駆け引き能力や気質など総合力で決まること
チンパンジー社会でも高順位のオスほどより多くの子をもてる(ただし、乱婚制であるためメスを独占できる度合は極端に高くはない)こと

を見てきた。さて、「地位の高いオスがより多くのメスと交尾できる」と言った場合、2つの可能性が考えられる。

1 メスが地位の高いオスを積極的に好んでいる
2 メスの好みに関係なく、優位なオスが、自分より下位のオスがメスに近づくのを(あるいはメスが自分より下位のオスに近づくのを)妨害している

 どちらが正しいのだろうか。このあたりは調べてもあまり多くの情報が得られなかったのだが、ゾウアザラシの場合は1のパターンらしい。ゾウアザラシは一夫多妻の巨大なハーレムを作ることで有名だが、ハーレムに囲われているメスは、小柄で弱そうなオスが交尾をしようと近づいてくると、唸り声をあげて優位オス(激しい競争に勝ち抜いたオスなので当然巨体)を呼びつけ、小柄オスを排除してもらうような行動をとるそうだ〈9〉。

 類人猿ではオランウータンも1のパターンのようである。オランウータンのオスは、成人すると体が大きく優位なオス(「フランジ」と呼ばれる)と小柄で劣位なオス(「アンフランジ」と呼ばれる)の2種類にはっきりと別れる。フランジ雄はメスと親和的に交尾することが多い(メスの方から近づいていくらしい)のに対して、アンフランジ雄は抵抗するメスを力づくでおさえつけて強制的に交尾することが多い。ボルネオ島で行われた調査ではアンフランジ雄の交尾の95%(151回中144回)でメスが抵抗していたという〈10〉。

チンパンジーでは… なんともいえない

 では再びチンパンジーではどうなのかというと、明確に1とも2とも言えず微妙である。これもまた地域によって様子が異なるのだ。
 タイ国立公園で行われた研究では、交尾行動の4分の3はオスが開始し、メスはその約70%で交尾に応じた。一方、タンザニアにある調査拠点「マハレ」では、オスの誘いが成功する確率はそれよりはるかに低かった(つまりメスが拒否する率が高かった)。
 メスの側からみると、タイ国立公園では交尾行動のうち4分の1はメスが開始し、オスはその約80%で誘いに応じたという。高順位のメスほど、みずから選んだオスと交尾することが多かった。メスがあるオスとの交尾を避けようとした場合、約70%の確率で実際に回避することができた。一方、ゴンべではメスがオスの誘いをはねつけることができる確率はタイの半分程度だったという〈11〉。
  
 全体として、オスが交尾を強要したり、優位オスが劣位オスの交尾を妨害する場面は多々あるものの、メスはどのオスと交尾するかをある程度は選択できるようだ。ということは、高順位のオスほど多くの子を残す傾向はメスの好みがそれなりに反映された結果だという解釈もでき、優位なオスを好むメスが一定の割合でいる可能性はある(どの本でもそう断言はされていないので「可能性はある」ぐらいしか言えない)。
 他方、メスが優位オスの監視の目を逃れて好みのオスと隠れて交尾する事例も多く観察されており、順位に左右されない好みを持つメスがいることもたしかである。チンパンジーの繁殖行動は我々の想像以上に複雑なようだ。

一応の結論

 では、やっとヒトについてはどうなのかを考える段である。
 意外に思われるかもしれないが、一般に哺乳類のメスにとって、優位なオスを配偶相手に選ぶことに直接的な利益はほとんどない。第5回で述べたように哺乳類の多くは固定的な配偶関係を持たないし、オスは子育てに関わらないからだ。メスは、どんなに強くて地位の高いオスを配偶相手にしたところで、食料を提供してもらえたり、外敵や危険から守ってもらえたりするわけではない(種によって生態は様々なので例外はあるが)。

 前述のとおりゾウアザラシやオランウータンでは、メス自身が優位なオスを好んでいる可能性が高いが、これは

優位オスは健康で身体能力・繁殖能力が高い
優位オスの子は(オスもメスも)そうした特徴を受け継ぐ確率が高い
そのため、たまたま優位オスを好む気質を持ったメスの方がより多くの子孫を残せた
これが何千世代と繰り返された結果、メス全体の中で優位オスを好む個体が多数派になった

ことによると思われる。メスは子孫の繁栄という間接的な利益しか得ていないのだ(生物としてはそれで十分なのであるが)。

 一方、ヒトの場合は男女が(原則)一夫一妻の固定的な配偶関係を持ち、第6回で述べたように男性も様々な形で子育てに関わる。これらは哺乳類としてはかなり特殊な性質である。そのため、ヒトの女性は配偶相手の男性から食料の提供や外敵からの防衛など直接的な利益も得ることができる。だとすると、ヒトの女性には他の哺乳類以上に地位の高い男性を好む個体の方が有利になる淘汰が働いたのではないだろうか。
 
 石器時代の社会では、男性の地位は体格や身体能力、狩りの上手さ、人望や統率力などの総合評価で決まっていたものと思われる。それら総合力に優れた男性を配偶者にした女性は、より多くの食料を得られる、より確実に外敵(大型肉食獣や、危害を加えようとしてくる者)を遠ざけることができる、より安全な場所に住める、子供に父親と同様の高い地位を与えることができる、など様々な便益を得て繁殖成功度を高めたはずだ。
 こうした淘汰は、前回の後半で述べたのと同じ理屈で配偶形態が多夫多妻から一夫一妻へと進化する過渡期には特に強く働いたのではないかと想像される。
 
 というわけで、女性が地位の高い(様々な意味で優位な)男性を好む傾向には、かなり進化的な基盤があるのではないか、というのが私の一応の結論である。



〈1〉クレイグ・スタンフォード『新しいチンパンジー学 —わたしたちはいま「隣人」をどこまで知っているのか—』的場和之訳、青土社、2019、p.90
〈2〉前掲『新しいチンパンジー学』p.84
〈3〉『ニホンザルにおいて、順位の高いオスはモテるのか?』東邦大学 理学部 生物学科
https://www.toho-u.ac.jp/sci/bio/column/0822.html
〈4〉前掲『新しいチンパンジー学』p.77-79
〈5〉前掲『新しいチンパンジー学』第三章
〈6〉古市剛史『あなたはボノボ、それともチンパンジー? —類人猿に学ぶ融和の処方箋—』朝日新聞出版、2013、p.102-114
〈7〉京都大学霊長類研究所編著『新しい霊長類学 —人を深く知るための100問100答—』講談社、2009、p.112-113
〈8〉前掲『新しいチンパンジー学』p.87-90
〈9〉デヴィッド・M・バス『女と男のだましあい —ヒトの性行動の進化—』狩野秀之訳、草思社、2000、p.22
〈10〉久世濃子『オランウータン —森の哲人は子育ての達人—』東京大学出版会、2018、p.96-115
〈11〉前掲『新しいチンパンジー学』p.159-160

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