ゆあさよ。

埼玉ポエジー。

ゆあさよ。

埼玉ポエジー。

最近の記事

駆け抜けてゲッセマネの丘

 ちんちんぶらぶらソーセージだよ、まったく。ってゆうね。もう、なにをいってるの。漸く、司馬遼太郎著「坂の上の雲」を読み終えた。やった。ながかった。全八巻。くぅうう。まさか正岡子規がそんな早く死ぬとは。ってゆうか中盤の主役は児玉源太郎では……なんておもったりおもわなかったり、秋山兄弟というよりは、日露戦争にかかわる一種の能力者たちをぜんたいてきにえがいた作品なのだろう。はは、壮絶におもろ。  いやしかし、おれは「竜馬が行く」という、これもたしか全八巻ある創作本に眼をとおしたこ

    • 文末に「念で」をつけるとエスパーな生活になる

       夏。清冽な陽光が世界を照射している。そんな朝、眼が覚める。念で。  朝の身支度、というのは個人差がある。というのもやはり、歯みがきのタイミングというのが十把ひとからげにできぬのであろう。おれはまず歯をみがき、顔をあらう。そうして整髪し、頭部における朝の身支度を完成させるのである。念で。  さいきんフルグラ生活はじめました。念で。  浅鉢皿にフルグラを投入する、念で。牛乳を混入させる、念で。ちなみにおれは牛乳派だが、妻はヨーグルト派である。匙ですくって食う、念で。フルグ

      • 歩いて帰ろう

         人生って短いナァ。と馬齢を重ねてようやく判明することに、人生の幽邃さ、というか、おもしろみがありますナァ。例えて言うなら、ライフがギリギリになるとめっちゃ必死、しかしその逆、悟りの境地になって敵の攻撃を回避できまくるロックマンのかんじというか。  住宅ローンという十字架を背負い、土地と家屋を購入したということは、畢竟、もう二度と「帰り道」が増えない、ということになるんじゃないか? なんて、ハッ! っとしたのは頃日。いやまぁもしかしたら経済的なもんだいとかで家を差し押さえら

        • 革命をおこすんだ

           トゥトゥピッドゥー。トゥットゥピッ。トゥトゥピッドゥー。トゥットゥピッ。デュワ~。とくに意味はありません。気分です。ちくわはやっぱり紀文です。  さぁ。日記を書きます。っちゅうか、書いてきました日記を。倒置法です。かくなる体言止め、倒置法などは、安易に「なんだかカッコいいこと書いたぞ」みたいなかんじがでてしまうので剣呑だ、と花村萬月が言ってました。まぁハゲの言うことを気にすることはありません。でもブルースとゲルマニウムの夜は名作です。  産院にいってきた。つぎも男の子だ

        駆け抜けてゲッセマネの丘

          ラッキープール庭にだして

           暑い日は/思い出せよ/ふじの山。この句、正岡式。なんつってごっついあつい。もうだめ。気がどうにかなりそうだ。過日土曜。この日、気象庁によると気温は摂氏三十五度を観測するという。正気の沙汰ではない。  そんな灼熱のデイ。ついうかうかとビニールプールなんぞを開き、腕や肩に重度の灼きあとをこんがり残したのはだーれだ。ちがうんです。ぼくは脅されてやったんです。うそじゃないです。  三歳児が、「プールをやらないとどうなるかわかっているのか」的な、比較的強制的なニュアンスをもって迫

          ラッキープール庭にだして

          人生の迷い

           生活とは迷いの連続である。そしてその迷いを快刀乱麻、決断することというのは、とてつもないエネルギー必要とするなぁ、なんておもった朝であった。  朝餉にスパゲティを食った。さいきんコストコというアメリカの販売店で購入した乾燥麺をつかったのだが、これがこまったことに「一人前」の設定がされていないのである。  ふだんなにげなく使っているスパゲティは一人前の分量が帯封によってなされている。そうめんや蕎麦などもそうなっておって、やはり日本の企業というのは繊細な心遣いが配慮されてい

          人生の迷い

          鉛筆削りがないもんで

           鉛筆削りがない。だってつかわないから。でも鉛筆はある。その黒鉛のさきは、まるまってしまっている。じゃあ削ればいい。でも鉛筆削りがねぇの。かつて竹原ピストルという歌手が「タバコ自体はあるのに火がないときってのがすんごく耐え難い」みたいなことを歌っていて、ヤー! ヤー! そんなフォーリナー的ノリの首肯で、おれもそうおもう。  おもうに。にんげんの出来不出来とは問題解決能力の差である。おれだって出来るにんげんになりたかった。だがミスター粗忽のとはおれのことだし、あのGショックで

          鉛筆削りがないもんで

          狂人

           この世には目には見えない闇の住人たちがいる…ってのは、「地獄先生ぬ~べ~」の皮切り口上であるが、おれはおもう。この世には目にみえる狂人たちがいる、と。そのなかの一人が弊社、島田である。  いったい島田のどこが狂人なのか。闇に乗じて若い女を付けねらい、フロックコートのしたの赤裸を開陳することに無窮のよろこびをかんじるのか。もしくは、自宅に設えた地下室で、乾燥トカゲ、かえるの臓腑、マジックマッシュルーム、タクラマカンの砂、脱脂粉乳、ウユニ塩湖に降る雨の最初の一粒、ありんこの涙