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誰の共感もいらない、1人でどっぷり愛したいだけ。

店から漏れるエアコンの冷たい空気とぬうっと湿った外の空気が、私の気持ちを「今ここ」から遠い「甘い過去」に散らした。

ここに残る微かな排気ガスの匂い、
飲食店から漏れてくるジャンキーな匂い、
それと深夜まで路上営業している花屋の香りが、
ごちゃまぜになって、私の奥底の記憶にアクセスしている。

切り取ったワンシーンで現れたり、感情だけが色濃く心を占めたり。
甘いような苦いような。
セピア色に染まったパンドラの箱が、今私にだけ蘇る。

こぼれるほどの愛しさと幸せを抱きしめては、次の瞬きで涙に変わる。
自分が無敵に思えた次の瞬間、側にいてほしくてたまらない。
地球の裏側で。

目に見える世界では、とても寂しくてちっぽけな今夜。
目覚めたくない夢のように、瞳を閉じて、あなたに会いに行きたい。
この足で旅するより、遠く高くもっともディープなところに行ける気がして。
ここには正しい・正しくないの裁きもない。
今私が想うこの瞬間は、あなただけのものだから。

瞳を閉じれば、温もりまではっきり感じられる、寒かった夕暮れ。
夜に踏み込めなかったあの日。
眠りの麻薬は、傷ついた記憶を癒しながら甘いものに書き換えてくれる。
いいとこだけハイライトして、繰り返し再生する自由を楽しみたいの。
目に写る世界と、溢れる感情の間を、また行ったり来たり。
今はただ愛したいだけ。

そこらの女と一緒にしないで。
なんて強がるプライドも、街の灯りに埋もれてしまう。
誰も知らないこの街で、ぼんやり夜を歩く。
昼と夜の境目に気づかないほど、この街に慣れちゃったみたい。

隠しきれないため息が、迷子になった少女の感情を癒し始める。
指先と唇に愛を載せて、
あなたの頭をぐしゃぐしゃにした当たり前だったあの場所。

だけど今日は、長すぎる夜の味をあなた抜きで味わいたい。
どんな想いもロマンチックに味付けされるこの街で。

ーブエノスアイレスー

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