【再録】空が溶ける【SS】

そらが、とけている。
段々とずり落ちていく水色を見ながら、僕は首を傾げた。

いつから「そう」なっていたのかはわからない。
ふと、上を向いたら。まるでとろみがある液体の乗った板を立てかけた時のように青が下がっていたのだ。それは未だに何時間も何日もの時間をかけてゆっくりとずれ続けている。本来鮮やかに着色されるべきはずの場所は今は真っ黒に染まっていて、きっと下に隠れていたはずの宇宙が見えてしまっているのだと、僕は思った。

生活にはほとんど困らない。空の一部が無くなってしまった分、太陽が見えなくなる時間があるからか、夜は一日にいつもより多く来てしまうけれど、洗濯物が乾きづらくなった事以外は特に支障がないように思える。元々出不精だからか昼も夜も関係ない生活が長かったかもしれない。
だが、昼夜に操られ仕事や学業で家と外を行き来している他の人間の生活に支障が出ているようには不思議と感じられなかった。自宅にはテレビがないから、僕はネットニュースや掲示板を毎日チェックしている。勿論、こんなビックニュースが話題にされない訳がないと確信していたのだが、空が溶けた事に対しては全くと言うほど言及がないのだ。
まるで、それが当たり前のように、空が青いのは当然のことだと話題にしないのと同じように、誰も何も言わなかった。
代わりにここ数日は別件のニュースでもちきりだ。ぼくの中の現在のトレンドは、専ら空が溶けてしまった謎についてなことも相まって詳しくは把握していないが、どうやら何処かの研究所が変なウイルスをバラまいてしまったのだとか。
だけど世界にとっては、それが将来的に毎日が夜になってしまうかもしれないことより大事らしかった。
全く、呑気な話だ。もしこの世界が空を跨がずに直接宇宙に包まれてしまったら、宇宙人に見つかってしまうかも。重力や空気が無くなってしまうかも。そうしたら僕等はどうなるかわからないのに。
内心、問題無関心な世間に憤りながらも僕は視界に違和感を覚えて洗面所に向かった。デキモノが出来たのか見える範囲が狭まっているらしくここ数日、視界が変に暗い感じがする。外に出る用事が無いのだ、鏡を見ることなんてほとんどないが、もし状態が酷いなら病院に行かなければならないし、様子を見ておく必要があるだろう。そういえば久しぶりに鏡を見るな、と思いながら目の様子を確認するために、僕は鏡に顔を写した。
「あっ」


『ーーます。……次のニュースです。△◯県、××研究所から流失したウイルスは拡大を続け、世界各地に感染者が確認されております。発症した場合、数日で頭部から溶解したように変形を始めますが、ウイルス自体に致死性は無いようです。しかしその特性から日常生活が困難になる感染者が多発しており一刻も早く治療法をーー』



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