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紫がたり 令和源氏物語 第百五十七話 絵合(三)

 絵合(三)

斎宮の女御は深更に入内されました。
落ち着いた女御らしく、上品にしつらえられた輿に揺られてのしっとりとした参上で後宮には華やぎが添えられました。
傍らで控える源氏はもしも御息所がこの日をここで迎えられたらばどれほど喜んでおられただろう、そう思うと目頭が熱くなります。

帝は新しく年上の女御が入内されるということで少し緊張しておられるようです。
「先の斎宮を立派に勤められた御方ですので、お気をつけになってお会いなさい」
母君の女院もそのように仰るので、背筋をぴんと伸ばしてお渡りあそばしました。
「数年の斎宮としてのお勤めご苦労様でした。今宵あなたとお逢いできるのも神の結んでくれた縁と感謝いたしましょう」
そう優しく笑んだ帝の御尊顔が輝くばかりに美しい様子に、斎宮の女御は扇で隠した頬が見る間に染まってゆくのを感じました。
「さぁ、あなたのお顔を見せてください」
「お主上、わたくしは父も早くに亡くしたもので殿方に慣れておりません。お気に障るようなことがありましても、どうかお許しくださいませ」
そっと指先に触れた帝の指は温かく、姫は静かに扇を畳みました。
斎宮の姫は目尻が優しげに下がった小柄で華奢な美しい人でした。
「ふつつかな点もあろうかと思いますが、これからどうぞよろしくお願い申し上げます」
はらりとこぼれる額髪が美しく、どことなくおっとりとした印象も好もしい。
九つ年上と気を張っておられた帝でしたが、不思議と年齢差は感じられません。

斎宮の姫は帝の背がお高くて源氏の君によく似た美しい面であるのにどきりとしました。
朱雀院も優しげな美しい方だと思っておりましたが、帝のご容貌は理知的で精悍な印象です。その少年らしい瑞々しさは姫宮が気恥ずかしく感じられるほどでした。
「なんだか照れてしまいますね。少しお話しでもしましょう」
帝のはにかむ笑顔が清らかで、斎宮の姫もにっこりとそれに応えられます。
その姿が可憐で帝はこの女御に親しみを覚えられました。


斎宮の女御の入内は女院が思召したとおりの効果があったようです。
それまで同様に昼の遊びには弘徽殿に渡られることが多くありましたが、夜の御座所は斎宮の女御がお住まいになっている梅壺へも等しく渡られ、帝は男女の契りというものを知り、ぐっと大人びてこられました。
どうやらまだ幼い弘徽殿女御とは本当の夫婦というものではないものの、律儀に通っていらっしゃるので、いずれ自然とそうしたこともあろうかというもの。
権中納言はそれまで競うような女御の存在もなかったので、斎宮の女御の存在を警戒しております。
斎宮の女御は体も成熟しておられるので、先にあちらに皇子でも生まれたならば、後々は我が娘を中宮にと密かに願っているので、気が気ではありません。
なにしろ女御の後見はあの源氏なのですから。
あの辣腕で中宮にまで押し上げるのも難なくやってのけるでしょう。
かつては親友であった二人ですが、今は政敵としてライバルになりつつあるのです。
純粋に慕いあった者たちがいずれ権勢の為に争うとは。
政の実情、時の流れというものはまこと無慈悲で残酷なものなのです。

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