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【北欧読書8】 オランダ公共図書館:図書館カードさえあれば社会とつながれる     

オランダは北欧と同様、福祉や文化への公的支援が手厚いことで知られ、そうした公的援助を積極的に享受すると同時に徹底した個人主義を追求する人びとが暮らす国として知られる。そんなオランダの公共図書館について紹介したい。

 オランダの公共図書館には、世界でも稀に見る有料会員制度がある。この制度に関しては新自由主義の影響によるものだと誤解されることが多いのだが、それは事実とは異なっている。オランダで公共図書館制度が確立したのは20世紀初頭のことであったが、当時の図書館は自治体の公的機関ではなくコミュニティの私的読書施設だった。施設は趣旨に賛同する有志のメンバーによって運営され、運営経費もメンバーが出し合っていた。その後、自治体の補助を受けつつも、公共図書館において会員制度を基盤とする自律的な運営が継承され、今日に至る。

    つまり、オランダでは公共図書館の誕生から現在まで一貫して会員制が保持されてきたのである。そして大切な点は、ほとんどの図書館には、難民への会費免除制度や経済困窮者への会費割引制度が設けられていることである。

 2014年に制定された「公共図書館サービス法」第4条では、図書館の公共的価値を「独立性、信頼性、アクセス可能性、多様性、公正性」とし、これらの価値に基づいて図書館の任務を遂行すると定めている。また第5条で図書館の機能として「集会および議論の場の提供」があげられていることからもわかるように、図書館は読書のみならず、地域住民が集い議論する公民館のような機能を有している。

 公共図書館では法律に定められた図書館の価値や機能を踏まえて、識字能力が低い住民、高齢者、失業者、移民・難民、非市民、読字困難者といった社会から疎外されがちな人々が、文化や芸術に接触するためのサービスをとりわけ重視している。

    オランダの公共図書館の見どころはなんといっても建築や館内の設えにある。街に古くからある建物をリノベーションして公共図書館として使うケースも多い。

写真1:図書館は元チョコレート工場(ゴーダ図書館)


 誰もが知っている建物が図書館に生まれ変わることで、住民は図書館への愛着心を強くする。建物には人びとの記憶が残されているため、記憶と共に図書館が存在していくことはコミュニティの記憶の継承にも一役買っている。

 そして館内に入っていくと、ほのかに薄暗く心地よい空間が広がり、そこにはダッチデザインと呼ばれる機能性と美しさが調和したテーブルや椅子が並んでいる。多くの公共図書館には一見スペースの無駄にも見える階段がある。  利用者は自然とそのスペースに吸い寄せられおしゃべりが始まることも多い。もちろん読み聞かせスペースとしても、階段は最適の場所である。

写真2:図書館内の巨大な階段(ゴーダ図書館)

 アムステルダム中央図書館はこのようなユニークで楽しいオランダの公共図書館を凝縮した場所として知られる。近隣の住民はもちろん、オランダに来たばかりの移民や旅行者など、誰にとっても敷居が低く居心地がよいこの図書館は、近年北欧の都市部に次々と誕生している大型公共図書館の先導モデルでもある。最上階にはBabelと呼ばれるレストラン・バーがあり、テラスでの食事を楽しむ人でいつも賑わっている。

『図書館雑誌』2023年6月号, p. 353より転載

■オランダの公共図書館についてもっと知りたい方へ
『オランダ公共図書館の挑戦:サービスを有料にするのはなぜか?』
https://www.shinhyoron.co.jp/978-4-7948-1102-8.html

  • 見出し画像 吉田右子『オランダ公共図書館の挑戦:サービスを有料にするのはなぜか? 口絵

  • 写真1 吉田右子『オランダ公共図書館の挑戦:サービスを有料にするのはなぜか?』p. 192

  • 写真2 吉田右子『オランダ公共図書館の挑戦:サービスを有料にするのはなぜか?』p. 233

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