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【北欧読書9】 進化がとまらないヘルシンキの図書館Oodi

Oodiとはフィンランド建国100年を記念して作られたフィンランド・ヘルシンキにある公共図書館である。Oodiとはフィンランド語で「頌歌」を意味する。やや古めかしい意味を持つこの施設は、サービスの充実度、建築の素晴らしさ、住民の圧倒的な支持などから2018年12月の開館以来、世界一の公共図書館と称されている。

あらゆることを可能にする図書館とは?

Oodi(正式名称はHelsingin keskustakirjasto Oodi)はフィンランドの首都ヘルシンキ中央駅から、歩いて5分ぐらいのところにある。前を歩いている人びとがどんどんOodiの入り口に吸い込まれていくので、これから行くところは図書館なのに、まるでイベント会場に行くような気持ちになってくる。

 フィンランドの建築事務所ALA Architectsがデザインを手がけたOodiは、全体が大きな船のような形になっている。1階は図書館のクイックサービスコーナー、E Uやヘルシンキの情報提供コーナー、多目的ホール、250名を収容できる映画館、カフェレストラン、ちょっとしたイベントが開催できるポップアップスペースなどがある。

2階は仕事、学習、交流スペースとしてデザインされていて、音楽スタジオ、キッチンスタジオ、VRゲームを楽しめるスタジオ、学習スペース、グループスペース、ワークスペースがある。それぞれのスペースには、作業を進めるための音楽機材やゲームをするための機器、モノ作りのための3Dプリンタ、レーザーカッター、大型プリンター、ミシンなどが備え付けられている。

3階は「ブックヘブン(kirjataivas)」と呼ばれる空間で、すべてが斬新なOodiの中にあって、伝統的な「図書館」らしいスペースとなっている。雲のような柔らかいフォルムを持つ天井の下には、まったく圧迫感を感じない真っ白な背の低い書架が整然と並んでいる。この階の船尾に当たる部分には、Oodiが世界一の図書館と言われる理由のひとつでもある、子どもと保護者のための空間が広がっている。隣接されたベビーカーパーキングはその日も満車で、外にはみ出していた。このスペースは子どもと保護者が最優先。コンピュータを持ち込んでの仕事などは控えるようにとの注意書きがある。 

読書空間「ブックヘブン」

1階から3階まで回遊したあと、ブックヘブンの南端部分でしばらく過ごしてみた。ここは船首に向けて幅が狭くなり急勾配の角度がついたスペースとなっているので、人びとの様子がよく見える。3階にはたくさんの本があるが、本や新聞を読んでいる人は、ごく少数派で、大抵の人はパソコン、タブレット、スマホを使っている。それでもみんな本のある空間に惹かれて3階に来て、本に囲まれる幸せを感じながらデジタル機器を使うのだろう。

気合を入れて作業をしている人の傍には、大抵、飲み物と靴が置いてある。そしてパソコンや資料を開いて、まるで自宅にいるかのように一番楽な姿勢で作業を没頭している。そう、Oodiには靴を脱がせてしまうパワーがあるのだ。

透明の繭の中に入っているみたいに自分の世界を作り上げている人のすぐ傍では、ファシリテーターが見せるタブレットを覗き込みながら5、6人が何かを熱心に議論している。もちろんOodiは観光名所の一つでもあるから観光客もひっきりなしにやってくる。

モノ作り空間「アーバンワークショップ」

2階にはモノ作りのための「メーカースペース」がメインを占める創作空間。本はまったくない。スタジオや工房、ガラス張りの大小さまざまな個室が並び、その中では講義やミーティングが行われたり、VR環境が整備されている部屋で夢中にゲームに興じている人びとが見える。

 2階は圧倒的に若者が多い。フロアーの中心に設置された巨大な木組の下のフリースペースは不思議な空間で、椅子やテーブルを持ち込むことが禁じられていることもあり、まるで畳の部屋に入った時のような気持ちになれる。

 その横には椅子とテーブルがランダムに配置された、少し広めの空間がある。ここにはフィンランドの図書館でよく見かけるタイプの小ぶりのロッキングチェアーも置いてある。みんなが勝手気ままに椅子とテーブルを使うから、あっという間にこのフリースペースはカオス状態となってしまう。でもいつの間にか司書がそこに現れ、その見事までにバラバラになった椅子やテーブルをさりげなく、グループミーティングができるような形に戻しているではないか。Oodiの司書は場づくりのプロに違いない。

2階のフリースペースではひとりで作業する人、グループで活動をしている人、さまざまである。2階は開放的な雰囲気の3階とは対照的に、少し閉鎖的な雰囲気があるのだが、それはそれですごく作業が捗りそうな空気感が漂っている。遅い昼食を食べながら盛大にオンライン会議をしている人もいる。ここでもみんな自宅のような勢いでOOdiを利用している。

「市民のバルコニー」とブラックオリーブの樹

気がつくと2時間ぐらいがあっという間に経っていた。また3階に戻り、カフェで飲み物を買って、「市民のバルコニー(kansalaisparveke)」に出てみる。市民のバルコニーは、その高さが国会議事堂入口と同じ高さになっていて、平等を標榜し民主主義と対話を理念とするOodiを象徴する空間としてデザインされた。

ここではみんな、飲み物や読み物を片手にのんびりと過ごしている。このテラスにいる間にも、厳しい日差しが照りつけたり、強風が吹いたり、雨が降ってきたりと天候は刻々と変化した。そのたびに、椅子の角度を変えて強い日差しを遮ったり、ジャケットを脱いだり羽織ったり……そんな目まぐるしさもまた自然と一体となったOodiのパワーを感じさせてくれる時間だった。

そうなのだ。Oodiにいる時間がこんなにも気持ちよいのは、どこまでも自然を意識した作りになっているからという理由があるだろう。まず船体に当たる部分の素材にはフィンランド産トウヒが使われている。1階部分には4箇所も入り口があり、空気が吹き抜けている。3階のブックヘブンには巨大なブラックオリーブの木が9本あり、目を上げるたびに緑が目に入るのだ。

それから圧倒的な安心感……。入り口で手に入れたパンフレットには、「誰もがOodiに滞在する権利を持っています。特に理由がなくOodiで時間を過ごすことも歓迎されます……むしろ推奨されるぐらいです」と書いてある。利用者は自分の責任において、つまり常識的なふるまいをする限りにおいて、Oodiをどのように使っても良いのだ。利用者の行動に関してあくまでも寛容なOodiだが、Oodiが断固として容認しないことが一つだけある。それはあらゆる意味での差別である。元気よく働く職員の胸に下がっている職員証を吊り下げているのは、レインボーカラーのネックホルダーだった。

開館以来、Oodiについてたくさん話を聞き、ウェブサイトを見たり動画を視聴したりした。だから今回は今まで得たOodiについての知識を確かめるための復習時間のような訪問だった。でも実際のOodiは想像していたよりもずっとすごい場所だった。一番印象に残ったのは、Oodiを自分自身の空間としてごく自然に使いこなす人びとの半端ない熱量と、目立たないけれどサービスに徹する職員の専門職ならではの機敏な所作だった。それらはいつもフィンランドの図書館で感じることなのだが、Oodiではひときわ強く感じられた。

館内で持参したランチを食べおしゃべりに興じる利用者をデンマークで見てショックを受けたこと……そのことは北欧の公共図書館研究を始めたきっかけのひとつだった。2023年8月にOodiで見た利用者の様子は、こうした型破りな北欧公共図書館の究極の姿のように見えた。ここまで図書館でできることが多ければ、もう何も付け加える必要はないだろうとも思った。でもおそらくこの考えは完全に間違っている。なぜならOodiはこれからも進化し続けるに違いないからだ。すべての公共図書館がOodiを目指せば良いのかどうかは、正直言ってわからない。しかしOodiという図書館がヘルシンキに作り出され、それを人びとが新しい公共図書館の形としてしっかりと受け入れていることは確かである。

■Oodi紹介動画
https://youtu.be/f3MPmnpl1lI

■Oodiについて詳しく知りたい方は、以下の図書をぜひどうぞ。Oodiの誕生秘話からオープニング・イベント当日の様子まで、Oodiの魅力を写真と共に余すことなく紹介しています。

吉田右子・小泉公乃・坂田ヘントネン亜希『フィンランド公共図書館』新評論, 2019
https://www.shinhyoron.co.jp/978-4-7948-1139-4.html


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