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のこったもの[1600]

それが私の生き方だった。

冒険はいつも避けた。
安定や平穏には、ドキドキも挑戦も必要ない。

生きている意味なんて考えたこともなかった。
やりたいことがまだあるし、死ぬのはちょっと嫌っていうか。

人並みに友人を作った。課題もこなした。
それなりに日常を楽しんでいた。満足だった。



中学3年の春、恋をした。

同じ部活の、高校生の先輩。
笑顔が可愛くて、目が離せなくて、一言交わすだけで汗をかいた。

何度だって聞いた、ありきたりなシチュエーション。
でも私には初めてだった、誰かを好きになるなんて。


ご朋友によると、先輩はとても愛らしい人とのことだった。
うっかりしていて、でも憎めなくて、ペースに飲まれてしまうのだと。

廊下ですれ違えば、必ず名前を呼んでくれた。
中高が合同で所持しているグラウンド。
体育の授業が、毎週の楽しみだった。

喧嘩の仲裁に入ったり、進んで小間使いになったり、
とても視野が広くて、思慮深くて、そして穏やかな人。



一緒にやりたいことも思いつかないのに、気づいたら言葉が漏れていた。
『ほんとに好きです!』

そんな言葉にいつも笑って応えてくれた。
ちょっと照れたように、居心地悪そうに「ありがとね」って。


まったく気づいていないわけじゃなかった。
同級生にちょっかいをかけられてること、
努めてムードメーカーになっていること。

ぎこちない笑いも、暑がりの長袖も。

だけど、好きだった。憧れていた。
周りをパッと明るくする魔法。あんなふうに、生きていきたい。


先輩を見かけなくなって、もうしばらく経った。
いつも会うはずの時間、居るはずの場所。

『ツイてないなあー!会いたいよ〜』
深く考えもしなかった。


時間だけが過ぎていく夏休み

部活の同じ友人から、チャットが飛んできた。
「先輩、死んだらしい」

友人は、それしか言わなかった。
いや、覚えてないだけかもしれない。


賑やかしい蝉の声。行き交う車のエンジン音。
外から聞こえる話し声。規則正しい冷房の音。

すべてわかった気がした。
気づいたときには、涙が溢れていた。



だって先輩が死んだ証拠は、たくさん散らばっていた。
テレビにも、スマホにも、街中にも。

どうせ卒業したら会わなくなるのに

わざわざ強調していた。
もうこれ以上先輩との記録は増えないこと。



いままで「人身事故」の四文字で済ませてきた事実。
外見を評価する「顔 10点中XX点」の文字列。

何もしなかった、何も知らなかった。
先輩のことも、自分のことも。


私の理想の生き方も、
いつか終わるんだ。



勉強が好きだった。

知っていることが増えれば、たくさんの感じ方や目線を持つことができた。
お話が弾む、想像が進む。毎日が楽しくなった。

学びたい分野、就きたい仕事もいくつかあった。
でも、何のためか急にわからなくなった。

私は何がしたかったんだろう。
疑問がしぼむことはない。


周りはすっかり元通りだった。

私はまだ眠れないのに、夢で会うことも叶わないのに

先輩の消えた駅も、先輩の消えた教室も
「何もなかった」ことになっていた。

ニュースの話題も、先生の説教も、
「変わり映えしない日常」だった。


誰にも言わなかった。

先輩が好きなことさえ、誰にも伝えていなかったのだから。
言えなかった。言っても、何も変わらないでしょう。

被害者ぶるには、何も知らない。
兄弟は何人いるのか、嫌いな食べ物は?


一回相談してみた。それ以上、迷惑はかけられなかった。
もう過去のことで、もう忘れたことで、もう終わったことだから。



高校で街を出た。

先輩が使った下駄箱も、気にしていないふうの教師陣も、
何も変わらない授業内容も、もう限界で

そのまま逃げるように退学した。
小学校からちょうど10年。目にした景色、友人。

最後まで、愛着も名残惜しさも、
憎さも、飽きっぽさも
何もないままだった。


将来の夢には、投資できないって言われたけど


人が死んだくらいでと馬鹿にされた





年上になってしまった


-2023年8月10日 15:13-

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