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野蛮な告白

noteを舞台に一発目にあげる予定の記事を半年も放置しライブドアブログから移るタイミングがなかなかはかれなかったけど、いつも読んでくれているみんなにどうしても伝えたいことがあって書いてる。
新しい舞台なので、れから私を知って読んでくれるみんなにも届きますようにと。

ひとはなかなか変わらないといいます。
ひとにひとは変えられないから、変えようとするなのとか。ひとを変えたければ自分が変われとか。

私はロマンス至上主義なので愛というなにか得体の知れないものがいとも容易くひとを変えることを実は知っていて。良くも悪くも。私が恋慕に夢中になる理由のひとつに、相手を良い方向へ変えることができる!から、なので、す。いや、これ、マジな話なんで。

たとえば、女性に傷ついてきた男性は心から女性を信じることができないとして、どこか冷めていたりどこか女性を蔑視していたりして恋慕の楽しみの50%も満喫できていないとします。基本、信じていない対象を心底尊敬したりするとこができないので、人間て。たぶん。
そんな男性が、私と付き合ったことでプラスな方に好転し女性を信じられるようになったとします。そのあと私と別れたとしても、その彼がのちに女性不信だった俺をあいつが変えてくれたんだ的な存在として私があったらめちゃくちゃ嬉しいわけです。べつに忘れちゃってくれてもいい。そのひとがのちに誰かと心底信じ合える恋が実れば。

前の彼女は浮気グセがあってだから女は信用ならない、なんて好きになった男に言われたらその元カノのこともそいつに対してもイラつくけど。今まで女性不信だったんだけどイイオンナと付き合って俺は変わったんだよ、今は心から信じて付き合うことができるようになったんだよ…なんて吐露されたらもうぐうの音も出ないし、その女性に感謝と敵わないって畏怖を感じちゃうじゃないですか。ねぇ。

ちょっと綺麗事っぽいことばっかり並べてしまったけど、思いかえせば大昔は男なんて信用しない本気で誰かを好きになんかならない愛なんて嘘どうせ裏切られるし、、、みたいに冷めた傍観者だった。
傷つくことが怖かったのかも?
今は、傷つくことさえもまるっと受け止める前提で愛す。じゃん。ね。
防御していると感情が不感症になって楽だったのかも。なにそれって感じだけどいまじゃ。どんどん魂が凍てついて生きていること自体に実感がわかなくなって世界がモノクロになっていく気がして。冷静にものこどをやりこなせたつもりだったのか、楽で生きやすかったのか、いまいち思い出せないけどそういう黒の時代があった。
こんなこと書くの凄く厭だけど、誰とでも平気でセックスできた。そんなの大したことじゃないって自分になんて価値ないから、って道具みたいな気分。若さというお金じゃ買えない偉大な美と価値があったけど肉体も魂も屍に近い女に抱く価値は当時今よりはるかに低かったよね。自己肯定がドブの底でした。

二十代前半、ある男性と出逢った。

ドブの底女私は、一瞬、で恋に、堕ちた、。ので、す。


彼と過ごす日々はモノクロームな世界を色鮮やかに、流れていた血に鮮明な命の色や音や温度がきちんと宿っていることを実感させてくれた。
痛みを怖れて逃げて知らないふりをしてきた自分が、痛みを感じることさえ幸福であるとおもうようになって。彼といるときにもしも痛みを感じるならば、それは私に痛みを与えるだけの存在感でありそれすらも人間としても生きて知る人生讃歌であるなんて陶酔していった。

今でも思うのは、べつに裏切られたりフラレたりするとことなんて全然怖くない。私はその相手の出す決断すべてを受けとめる覚悟で好きになっているわけで。好きになった相手に裏切られたらたぶんショックなのかもしれないけどそれも含めてそのひとだしそのひとを好きになったのは自分なのでべつに相手のせいじゃない。そういう相手を好きになった自分の問題、責任なだけなので、とおもってしまう。


要するに、冷静さを捨てたら激しくまばゆいほどの苦楽が生きる悦びを連れてきたのだ。

ひとと真剣に向き合うことの素晴らしき、を、その男性を本気で好きになって知った。

たぶんだけど、人生で初めて愛し合った。

そのひとといるあたしにはそんときものすんっごいっ価値があるようにおもえて、だから誰にも触れさせない。この肉体も魂も自分のもんだしあのひとのもの。って信じて疑わなかった。
その恋愛経験以後から、感情なく誰とでも寝てしまうような自分とはキッパリと決別したの。べつにそうなれって相手に強制されたわけじゃない。自分がそうしたいって決めてなった。このひとにもっと愛してもらうために愛されるためにもっと自分を大切にしたいって考えるようになった。

人間の存在はその人自身のもんだし誰にも侵害される権利はないし独りで生きて死ぬっちゃそうなんだけど、、、
愛し愛されると雨の日でさえも目に映る景色が鮮やかさを宿してキラキラ輝き潤うわけじゃ。

愛し、愛して、世界が変わった経験をした理由のさわり。書きました。超、乱文じゃん。なんかいつもこんな感じの身勝手な文章に付き合ってくれてみんなありがとうね。

このときの恋慕にはまあ色々あったけど今回は詳細端折ります。
ライブドアブログを読んでいてくれたみんなは知ってるかもしれないんだけど。

あえて隠さずに表明しておくならば…
歳の離れた、家庭のある、私が風俗嬢だったときにお客さんで通ってくれた男性との激しく純情な恋慕でした。

喫茶 フジ のクリームソーダ
カラフルなクリームソーダの誘惑

はい、新橋〜↑
おじの原宿〜♪

↓はい、芸術充〜♪
マティス展〜♪

という、乱文、テキトー、文章テイストはこれからも変わりません。

東京都美術館 マティス展 
撮影OKゾーン
芸術充の自撮り

SMの仕事をしていて、
セッションが終わったとき、涙を流して「救われました」とか「生きていけそうです」などの類を言われるのがたまらなくてずっとこの業界にいるのかもしれない。

傲慢かもしれないけれど、
恋愛でも仕事でも相手を救いたいとか良い方向に変えたい無理矢理じゃなくて一緒にいることで気づいたら変わっていた、ってくらいでいいの。そんな影響力があると過信してる。
仕事のときはもちろんだけど、恋愛のときはさそりゃ趣味特技がロンマンスだからさ、真剣に相手と向き合ってるからそれくらいのことできちゃうからね私♪って謎のポジティブマインドに揺るぎがないわけよ。

自分の選んだ愛に、覚悟と責任を常にしている。
女の愛がこのひとと添い遂げる覚悟で、男の愛がこのひとの人生の責任をとるとりたいとらせてくださいって覚悟、ならば私は覚悟も責任も大いに受け止める。なんだって、どんなんだって、誰のせいにもしたくない。全部自分が選んで決めて覚悟して責任とってやってく。

愛で傷つくことがあるなら、その傷すらも愛おしく。

あんたがいつかの昔に愛で傷ついた傷口くらい舐めてあげる。

あたしは傲慢で、野蛮で、薄情な、あんたにとって運命の女だからねぇ。
大切なのでもう一度云うけど傲慢で野蛮で薄情な、離れがたい最愛のイイオンナなんで。
やっぱりあたし、あんたの最期の女。確信。
男は女のなんでもかんでも最初になりたいらしいけど、女は最期になりたいじゃん。あんたの最期眼光に映るのは、あたしだけや。


必ず、死ぬのよ、私たち。

傷つくことを怖れている時間なのて無駄じゃん。

べつに、そんなこと大したことじゃない。
そんなこと怖れて、誰かのこと心底好きになれずに愛を謳歌できずに死ぬ方がよっぽど惨めでつまらん。し。


ちょっとそこの貴方、
もうあたしのことを好きになっちゃっていたら諦めたほうがいい。

こんな野蛮なカノジョ、出会うことはできても付き合うことはできないからね。あんたの人生かけて愛してくれなきゃ困るよ。

もう俺の人生は、お前に出逢ったことでなんとなく意味を充分にもったから。ってトチ狂ってうわ言吐いて逝ってね。

新橋 むさしや オムライスの絶景

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本気で行こうぜ!!

本気で!

かっこ悪くても、

地面に突っ伏してさ、ゲロ吐いて、泣いたってわめいたっていいよ、傷ついた方が勲章、スカして傷つくこと怖れてる奴のほうがダセェじゃん。

わたしはなにも恐れない、ので、どうぞ、
どんな剣でも、受け止めます。


ロマンス至上主義。舐めてもらっちゃ困るよ。



今夜も恋する愛するみんなの夜空に幸福の星屑が、降り注ぎますように。



愛を込めて、

きょうこ。


最後まで読んでくれてありがたきなので、毎度持論で申し訳ないけど愛される為に必要なのは「愛すこと」なんだってば。よぉ。
先に愛せ!愛することを怖れるな!

んで、も、まあ、愛なんてなくたってなぁ人間はべつに生きてはいけます。息をして、生活には日常には愛があろうとなかろうとやってはいけます。

けどまあせっかくの人生なんで、
愛、なんてもんを信じてみては?いかがなもんか。

老いも若きも関係なく、
ロマンスに死ぬまで身を捧げてみてはいかがなものか。
あたし、いま、ロマンスに溺れちゃって気づいたら息すんの忘れててたぶんだけど死ぬ瞬間もそんなかんじで溺れて死ぬんだろうなぁってなんとなくおもう。ロマンスに溺れて死ねるなら本望。

っちゅーテイストでこれからもやっていくんで。

こんなクソみたいな素晴らしき世界、
愛なくしては
味気ない
じゃないのさあ、

ご唱和ください、

人の世は愛に生きる

でな。もし。

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