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短歌作品

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主に「短歌人」誌に掲載された短歌作品です。
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記事一覧

「短歌人」2024年5月号掲載作品

「短歌人」2024年5月号掲載作品

春の日

ミュシャの絵を見れば思ほゆ棺桶に寝てゐたといふサラ・ベルナール

絵の前にたたずむ人も絵になりて常設展のモネの「睡蓮」

歌ひながらショパンを弾けるピアニスト「猫のワルツ」を幸せさうに

制服のスカートすこし寒かりし春の日ジョルジュ・サンドを読みき

公園に夕暮れは来て遊具らはめいめいの影曳きて静まる

樹木へと歩みを進めゆくときの気後れに似たためらひひとつ

暮し分かちあはざる逢ひは美

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「短歌人」2024年4月号掲載作品

「短歌人」2024年4月号掲載作品

08

「08珈琲」その店名の由来知らずまた「イチハチ」と言ひまちがへる

図書館の裏手の旧き建物の二階にありてしづかなる店

珈琲に詳しくあらずいつ来ても頼む「季節の珈琲」ひとつ

夕闇が窓に迫りてくるころをタルト・タタンにフォークを入れる

ナナハチぢやあなくて一か八かでもなくてなくて08珈琲ここは

一人でも二人で来てもいい店だ図書館通り見下ろせる窓

すこしだけ秘密をわかちあひたくて小声に

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「短歌人」2024年3月号掲載作品

「短歌人」2024年3月号掲載作品

ポタ

ぽつぽつと零す言の葉カフェラテのカップを覗き込むやうにして

空つぽになつて何かを待つてゐる誰かではなくあなたでもなく

冬の朝のひかりとともにかき混ぜるコーンクリームポタージュスープ

ポタージュのポタの部分が旨いのだ木のスプーンがさう言つてゐる

ぽたぽたと落とす涙はくやしさのなみだ ここから出られぬことを

ここは何処ここは辺境おほごゑに泣いたところで届かぬほどの

ひとまへで号泣を

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「短歌人」2024年2月号掲載作品

「短歌人」2024年2月号掲載作品

モモ

切り抜きはエンデの死去を告ぐる記事函入り本の『モモ』に挟まれ

一刷の発行年は一九七六年わが生まれ年

祖母逝きし雪深き冬くり返し読みたる『はてしない物語』

美しい二冊の本が書架にあることを支へに生き延びて来し

引越しや蔵書整理の幾たびを経て残りたるエンデの二冊

暗記するほど読みしゆゑもう読まずされど手放すこともできない

モモは桃。桃は生命のシンボルと知らざるままに名づけしエンデ

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三十首連作「いつか明るい」

三十首連作「いつか明るい」

たくさんの「いいね」がついた投稿にゆびさきあててわたしも媚びる

さくらもちさくらもちつて買ひにゆく食べるためよりアップするため

白鳥が北へ帰つてゆくを撮るスマホかざして首をそらして

ほんたうの気持ちはどこにあるだらう仰いだ空を雲が流れる

感情もきれいになるといいのにと手を洗ふたび思ふこのごろ

雪の下よりあらはれて春あさき散歩の道にあまたのマスク

桃始めて笑ふの候にかくてがみインクのにじ

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「短歌人」2024年1月号掲載作品

「短歌人」2024年1月号掲載作品

ボンボン

てのひらにのるボンボンの缶ひとつまこと小さきものは愛おし

ボンボンをしづめし紅茶ほんのりと香りをたてて三時をまはる

懐かしい未来の匂ひ古びたる雑誌の隅の星占ひは

ときとして記憶の底になるあれは祖父母の家のぼんぼん時計

北に居て北を恋ふこと ゆつくりと舌の上にてボンボン溶ける

ハッカの香嗅ぎつつ憶ふ若き日の旅といふ旅、海といふ海

横浜と神戸の記憶が混ざるのは港の風と洋館のせゐ

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「短歌人」2023年12月号掲載作品

「短歌人」2023年12月号掲載作品

うさぎ

秋の陽が差しこむ窓に近く読む絵本の中のうさぎの愁ひ

ラズベリーいろのうさぎのぬひぐるみ抱きて眠る淋しきときは

ミッフィーの表情のなき丸き目が哀しき日には哀しげに見ゆ

子ぐま座が月のうさぎと恋をする童話を書きし高校時代

陶器市に一目ぼれせしお茶碗のもやうは紺の波うさぎなり

色とりどりのうさぎの耳のやうだねと舞ひ散る木の葉見て言ひし人

南天の実と葉と雪の小さき塊きのふ雪うさぎのゐ

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「短歌人」2023年11月号掲載作品

「短歌人」2023年11月号掲載作品

お気持ち

だつて夏は冬へ向かつてゆく季節 熱中症はさみしさのせゐ

環境に優しい簡易包装のお気持ちですよここにサインを

耳鼻科医の趣味はピアノといふ噂おもひつつ耳診てもらひをり

婚姻は何も解決しなかつた遠い花火を数へる夕べ

でも今日もモーツァルトを聴いてゐる他のすべてを忘れるために

雨垂れと本と紅茶と詩の話すこしづつずれ恋愛談義

詩を見せることは自分を見せることあなたにだけは見せない所

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「短歌人」2023年10月号掲載作品

「短歌人」2023年10月号掲載作品

濃淡

心には濃淡があり濃い方の心で人を憎んだりする

ゆつくりと時間をかけて煮込みゆく君がわたしにくれた嘘たち

紫陽花の青に溺れてゐる人が写真を撮つてくださいと言ふ

珈琲を断ちてをりたるある朝全細胞が珈琲を乞ふ

ブックカフェ〈赤居文庫〉に小半刻寺山修司のメルヘンを読む

てきたうに料理することできなくてレシピなぞるもうまくいかない

テレビでは土井善晴がにこやかにささがきごばう指南してをり

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「短歌人」2023年8月号掲載作品

「短歌人」2023年8月号掲載作品

「風」

風光る 肺腑の奥にきらきらと痛みのやうな言の葉がある

桜蕊ふるゆるやかな坂道をくだりてゆけり古本の店

バス停に歌集を読みてゐる人と隣りあはせて横目をつかふ

岩波文庫の紋様すこしカバーより覗かせにつつ歌集よむ人

歌集よむ人の降りゆくまでを目に追ふ風薫る五月のある日

「小公女セーラ」の主題歌を歌ひ己励ます夜もありたり

錠剤によりて心の平安を保つ日もあり風が見えるよ

※同人2欄 

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「短歌人」2023年7月号掲載作品

「短歌人」2023年7月号掲載作品

水辺へ向かふ彼女らの

A•ウェイリーが英訳したる物語さらに和訳をされてわが手に

エンペラーの統べるパレスに育ちたる光源氏をめぐるレディら

原作と英文学のイメージが重層的に薫り立つなり

「ゲンジ・ザ・シャイニングワン」その孤独その弱さ克明に描かれ

后の位も何にかはせむ心地にてヴィクトリアン源氏を読み耽る

二十年前に訪ねし宇治のこと思ひつつ読む宇治十帖を

オフィーリア、浮舟、ヴァージニア

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「短歌人」2023年6月号掲載作品

「短歌人」2023年6月号掲載作品

うつとりと弓形になり列島は桜前線のぼらせてゐる

誰にでも優しい人でありたいと振る舞ふうちに消える輪郭

人生は日向ばかりぢやないけれど明るいはうを目指して歩く

蜜蜂の羽音のごとく聞いてをりブームブームと遠く近くに

コンビニもない町内に忽然とケーキの移動販売車をり

ストロベリームースケーキの4号を高いか安いかわからずに買ふ

美しい菓子を自分に贈るのは何でもない日を祝ふためなり

※同人2欄

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第68回短歌人賞佳作「壊れるまでは」

第68回短歌人賞佳作「壊れるまでは」

石けんを泡立てる間も刻々と死に近づいてゆくからだあり
身のうちに雨雲を飼ふことなどもたれに告ぐるとなく過ぎて来つ
寝室に時計は置かず秒針の音がこはくてこはくてならぬ
真夜中に起きてのむみづ食道をつめたくとほりすぎてゆくなり
この朝にめざめて捧ぐあたらしき日に感謝するみじかき祈り
鳥たちの声が聞こえて少しづつ窓のまはりが明るくなつて
でも今日も遠く近くに打ち寄せる流行り病や戦の知らせ
一度づつ僅かば

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「短歌人」2023年5月号掲載作品

「短歌人」2023年5月号掲載作品

なまはげ柴灯まつり

雪まつり柴灯まつりへと誘ひくれしやや年若き歌友の一人

「道の駅おが」までは彼女の車そこよりは臨時のシャトルバスに運ばる

バスを降り会場までの道をゆく足もとの雪てらす篝火

杉材のミニチュアの出刃包丁が入場券の代りだと云ふ

松明をかかげ山から下りてくるなまはげたちが近づいてくる

腹にひびくなまはげ太鼓なまはげのこゑ火の粉舞ひ粉雪舞ふよる

「怠け者は山さ連れでがねばなら

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