(小説)2人の探偵と教団S

1話(プロローグ)


 児童連続失踪事件から半年が経ったとある日。
 俺は新たな依頼を受けていた。
 探偵事務所のソファーに座っているのは新井信一(あらいしんいち)。
 22歳。
 会社員。
 独身。
 彼女なし。
 髪はベリーショートで坊主に近い。
 ジーパンにTシャツというどこにでもいそうな青年だ。
「それではご依頼の内容を確認させていただきます」
 彼の話はこうだった。
 彼の実家は3代続くとある宗教一家で、生まれて1ヶ月後に自動的に入信させられた。
 小さな頃は疑問を抱くこともなかったが、成長するにつれこの宗教に不信感を抱くようになった。
 ある日、母親に辞めたいと伝えるとヒステリーを起こしてそのまま縁を切られ家から追い出された。
 しかし、引越し後に教団からストーカーを受けるようになった。
 郵便受けに脅しの手紙が入っているのは序の口で、この間は仕事から帰ってきたら家の前に包丁が刺さったままの猫の死骸が置かれていた。
 身の危険を感じ、この探偵事務所を訪れたという訳だ。
「つまり、ストーキングを辞めさせればいいんですね」
「はい。その内容であっています」
「警察には届けなくていいんですか?」
「警察沙汰にしたら後で何をされるかわかりません」
「なるほど。分かりました」
 ストーカー被害者には警察に届けを出さない者もいる。
 彼のように下手に相手を刺激してより危険な目に遭ってしまう可能性があるからだ。
 そういった意味でも彼の行動は正しい。
 幸い直接の接触はまだない。
 今のうちに犯人を特定して警察に届けるなり示談するなりしたほうがいいだろう。
「では何か分かりましたら連絡しますので、名刺を渡しておきますね」
「田中健二(たなかけんじ)さん」
「はい。この探偵事務所の所長です」

ーーーーーーーーーー

「所長いいんですか? 怪我も治りきってないのに浮気調査以外の依頼受けちゃって」
 彼女の名前は橋本美紀(はしもとみき)。
 この事務所の事務員だ。
 だがそれは表の顔。
 この前の事件で彼女は大きく成長した。
 彼女の活躍で例の組織は壊滅へと追いやられた。
 もう探偵と言ってもいいだろう。
「大丈夫。また橋本さんに手伝ってもらうから」
「またですかあ」
 パソコン画面から目線だけこちらに向けてため息をつく。
「とりあえず橋本さんは依頼者の入っていた教団について調べておいてくれる? 俺は依頼者の自宅近辺を調べてみるから」
「もう。分かりましたよ」
 盛大なため息を背にして俺は現場に向かった。

2話(調査開始)


 依頼者の住んでいるアパートに到着した俺は周辺を確認した。
 大通りの外れにあるアパートはかなりさびれており人通りも少ない。
 見たところ1階は全部で4部屋あり、どれも空室のようだ。
 その1室のドアに付属している郵便受けに入っているチラシを取る。
 教団とは関係の無いピザ屋のチラシだった。
「無差別にやってる訳無いよな」
 上を見上げると階段はサビだらけで今にも崩れ落ちそうだ。
 本当に大丈夫なのかここは。
 パッと見、築50年以上は経っているように思われる。
 依頼者の部屋は2階の角部屋。
 この時間は仕事に行っていて不在と聞いている。
 俺は階段を上り2階に行くと異様な光景を見た。
 一室だけ大量に郵便物が入れられているのだ。
 封筒を1枚取り出して中を確認すると、
「間違いない」
 そこにはこう書かれていた。
「我々の事を口外したらどうなるか分かってるんだろうな。今すぐ戻ってこい」
 筆跡が分からないように新聞の文字を切り抜いて貼り付けてある。
 俺は証拠として封筒を懐に入れた。
 ここまでやる犯人だ。指紋なんか出てこないだろうが一応回収しておく。
 それから他の封筒も確認したが全て同じ内容だった。
 念の為、周辺を15分ほど見回ったがこれ以上依頼に関係するものは見つからなかった。
 そう簡単に尻尾は掴ませてくれないか。

ーーーーーーーーー

「所長、これが教団の情報です」
 事務所に戻った俺は橋本さんから調査書類を受け取った。
 教団名は世界学会。
 会長は中田大溯(なかだだいさく)。
 信者数1000万世帯。
 本部は東京にあるが、全国に拠点となる建物が何ヶ所もある大きな組織だった。
「世界を平和にする団体ねえ。いかにも怪しい臭いがするな」
「この団体、過去にもストーカー事件を起こして逮捕者を出しています」
「確信犯だな」
「そうですね。今まで捕まった人数は50人を超えています」
「そんなに捕まっていてよく組織が解体されないな」
「どうやら教団のトップが警察と議員にわいろを贈っているようです。それと、教団が排出した国会議員が自民党を裏で操ってる噂もあります」
「かなり根が深いな。それで、今までストーキングをしていたのは末端の会員か?」
「はい。全員そうですね。調べたところ依頼者が所属していた地域にいる末端会員は20名ほどだと思われます」
「全員調べる時間はさすがに無いな」
「どうしますか所長」
 俺は腕を組んで考える。
 組織は巨大だ。
 下手に動くと依頼者の身に危険が及ぶ可能性がある。
 教団の尻尾を掴むためにはストーキングしている人間を把握する必要がある。
 そのためにはやはり。
「橋本さん。張り込み行くよ」
「えー。もうちょっとで定時だったのに……」

3話(潜入)


 定時を過ぎた午後7時。
「所長。肉まん買ってきましたよ」
「おう。ありがとう橋本さん。やっぱり寒い時はこれだよな」
 夕食を受け取った俺は早速頬張る。
 あれから俺と橋本さんは車で事務所を出て、依頼者のアパートを見張ることにした。
 教団は巨大でなかなか尻尾を出さないが、依頼者へ脅迫の手紙を届けに末端の会員が来るはずだ。
 そう睨んだ俺は、現場を押さえるために望遠カメラを片手に目線を向ける。
 直接取り押さえることはできないが、顔が分かれば進展があるかもしれない。
 浮気調査でも相手の写真を撮るのは基本中の基本だ。
 そう考えていると、
「あ、所長! 誰か来ました」
 橋本さんが指さす方を見ると、若い男がトートババッグを手にアパートに近づいてきた。
「怪しいな」
 男はアパートの方に歩いて行くと階段を登り依頼者の部屋の前で止まった。
 俺がカメラを構えると、トートバッグから手紙のような物を取り出すと郵便受けに入れる。
 すかさずシャッターをきる俺。
「所長どうしますか。尾行しますか」
「もちろんだ」
 俺はエンジンをかけると男の尾行を開始した。
 男は大通りに出るとタクシーを捕まえて乗り込んだ。
 どこに行くんだ。
 この先は民間は少ないぞ。
 家に帰るわけではないのか。
 30分ほど追いかけると、タクシーは郊外にある大きな建物の前で止まった。
 ここは。
「例の教団の施設ですね」
「そのようだな」
 男はそのまま建物の中に入ってしまった。
「どうしますか所長」
「潜入してみよう」
 車を降り、入り口に近づくと、
「こんばんわ」
 職員らしき人に挨拶された。
「ここに入りたいんだけど」
「では券はお持ちですか?」
「それが忘れちゃって」
「では、ここに記入をお願いします」
 そこには、名前と所属部署を記入する欄があった。
 名前はもちろん偽名、所属部署は事前に橋本さんが調べてくれた部署を書いた。
「はい。大丈夫ですよ。荷物検査を受けて中にお入りください」
 そう言われ通されると女性職員2人に荷物検査を受けた。
 俺は荷物を持ってなかったからパス。
 橋本さんはポーチを持っていたが、一瞬中を見せただけで通ることができた。
 建物の中はとても広く清潔感がある。
 例えるなら学校の体育館を洋風にして、とても豪華にした感じだ。
 下駄箱に靴を入れて階段を登ると、大広間に着いた。
 そこには正座して大きなテレビで映像を見ている信者が大勢いた。
 テレビには初老の男性が映っており、信者に向けてメッセージを伝えている。
 写真で見たのと同じ。教団の会長だった。
 男性がそれなりに良いことを言うたびに信者たちは拍手をしたり、中には涙を流すものもいる。
 妙な熱気に包まれて放送は終了する。
 その後、大広間の奥にある巨大な仏壇に全員でお経を唱えて会は終了した。
 テレビの内容では、この教団は世界平和を目指す団体で世界各国にも信者がいるらしい。
 悪に対しては徹底的に糾弾して、全国民がこの宗教に入ることを目標としているとのこと。
 そのために依頼者のような被害者がでていることも知らずに。
 その後、建物の入り口で待ち伏せをしていると、
「所長。あの男が出てきました」
 例の男は建物から出てくると、チャラチャラした男性の信者と親しげに会話を始めた。
「灰田さん。お疲れ様っす」
 どうやら男の名前は灰田というらしい。
「今日の放映も良かったな。俺泣いちゃったよ」
「灰田さん信心深いっすもんね」
「もちろんんだ。俺は会長のためなら死んでもいいと思ってるからな」
「今日も来るの遅かったっすけど、新井さんのところに言ってきたんすか?」
「ああ、もちろんだ。辞めたいって言われた時はドキッとしたが、この宗教は絶対だ。このままでは彼は地獄に落ちてしまう。どんな手を使っても組織に戻さないといけないんだ」
「でも猫の死体はちょっとやりすぎなんじゃないっすか?」
「本当は手紙だけで戻ってくれれば良かったんだけど反応が無いからな。あれぐらいしてくれないと戻ってくれないと思うんだ」
「そういうもんすかね。俺ならちょっと引いちゃうかもしれないっすよ」
「君はまだまだ信仰心が足りないな。そんなんじゃ会長に喜んでもらえないぞ」
「そうっすね。俺も灰田さんみたいにもっとがんばります」
 会話が終わると、灰田は再びタクシーを拾って走り出した。
「橋本さん。追いかけるぞ」
「はい」
 急いでエンジンをかけると車を走らせた。

4話(犯人特定)


 次の日。
 事務所に出勤した俺は橋本さんに調査資料をまとめるように指示した。
 依頼者にストーキングしている犯人は灰田という男。
 灰田の顔写真と住所はおさえた。
 あとは依頼者に確認して処遇をどうするか確認するだけだ。

ーーーーーーーーーーー
「こんにちは」
 昼過ぎになって依頼者の新井さんが事務所を訪れた。
「どうぞこちらにおかけください」
 橋本さんが案内してお茶を出す。
「こんにちは新井さん。証拠出ましたよ」
「本当ですか」
「まずはこちらの写真に見覚えはないですか?」
 灰田が手紙を郵便受けに入れる瞬間の写真を見せる。
「やっぱり彼でしたか」
 妙に納得した新井は沈んだ表情をする。
「この男とは知り合いなんですか?」
「……はい」
「どういったご関係で?」
「私が教団に入っていた時に熱狂的に布教をしていた人で、いつも私と行動を共にしていました。あの時は最高の友だと思っていました」
「そうでしたか。ではこちらの音声もお聞きください」
 俺は、昨日の灰田の音声を再生した。
 聞けば聞くほど寒気がするほどの熱狂ぶりだ。
 心なしか新井さんの顔色が悪い。
「犯人は分かりましたがどうしますか?」
「……」
「今なら証拠もありますし警察に差し出すこともできますが」
 おそらく宗教活動をしていた時の情があるのだろう。
「……分かりました。警察に届けます」
「ではこちらで届けます。ご安心ください」
 これで依頼は完了だ。
 俺は集めた証拠をまとめると封筒に入れた。

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 証拠は無事に警察に届けられ受理された。
「これで新井さんも安心だな」
「本当にそう思ってるんですか所長」
「橋本さん。何が言いたい」
「あれだけ巨大な組織ですよ。灰田がいなくなってもいくらでも代わりがいると思いませんか?」
「だが一度警察ざたになれば……」
 そう言いかけて俺は言葉を止めた。
 教団は今まで多くの逮捕者を出している。
 それが一人増えたところで気にしないだろう。
「つまり、ストーキングはまた起きると?」
「はい。おそらく」
「だが、それじゃあいくら捕まえてもキリがないな」
「そこで所長。これはどうでしょうか」
 橋本さんがタブレットを俺に渡す。
「霊感商法が悪質とされ解散命令を出された教団の記事か」
「そうです。教団の悪質性を大きくアピールすれば解散に追い込むことができるかもしれません」
「だが、そのためには多くの署名や体験談が必要だ」
「そこは私に任せてください。こう見えて私パソコンに強いんですよ」
 そう言うとパソコンのキーボードを忙しく叩き始め、
「できました」
「どれどれ」
 画面を覗き込むと、教団の被害者の会というホームページが目に飛び込んできた。
「この短時間でこんなすごいの作っちゃったの?」
「はい」
 画面の下までスクロールすると署名欄とメモ欄があり、誰でも投稿できるようになっている。
「まずは署名を集めましょう所長!」
「だけど俺がそこまでやる義理あるかな」
「ここまで来たら徹底的にやっちゃいましょう」
 そう言う彼女の目はキラキラと輝いていた。

5話(署名)


 サイトを立ち上げて1週間が経った頃。
「所長。これを見てください」
 橋本さんに呼ばれ、俺はパソコンの画面を見た。
 そこには多くの署名と、今までどれだけ苦しかったかという文章が多く表示されていた。
「何軒ぐらいきたんだ?」
「10万人を超えています」
「そんなに集まったのか」
「これだけ集まれば教団を壊滅できるかもしれません」
「分かった。それ全部印刷してくれる? 警察に出してくるよ」
「分かりました!」

ーーーーーーーーーーー

 橋本さんに準備してもらった署名は辞書より分厚く、警視庁に届けるのに苦労した。
 俺は受付を済ますと会議室に通され剛(つよし)に書類を渡した。
「と言うわけだ。剛、いけるか?」
「お前、こんな依頼も受けてるのか?」
「まあ、そんなところだ」
「探偵ってのも大変だな」
「で、これで組織に打撃は与えられるか?」
「そうだな。正直これだけでは弱いな。お前も知ってるだろう。ここの教団は政界にも警察にも通じてる。解散命令を出すにはかなり大きな証拠が必要だ」
「これだけストーカー被害者の署名があってもダメなのか?」
「普通の団体ならそれでもいいだろう。だが相手が相手だ」
「なら、どうしたらいい?」
「政界を動かすならマスコミを動かすことだな」

ーーーーーーーーーーーー

 剛に紹介されて、俺はとある放送局に来ていた。
 受付を済まし待っていると、
「あなたが田中さんですね」
 私服姿の初老の男性が現れた。
「あなたは」
「あ、申し遅れました。こちらを」
 名刺を渡され、
「山下次郎(やましたじろう)さんですか」
「はい。ここの責任者をしています」
「よろしくお願いします」
「それではこちらにどうぞ」
 山下に案内されて会議室に通された。
「電話でもお伺いしましたが、どんなネタですか?」
 おれは署名の束を彼に渡す。
「とある教団を追ってたら大量の署名が集まったんです。ぜひこれをワイドショーで流してもらえませんか」
「ふむふむ、なるほど」
「そちらでは以前、ある教団を解散命令まで追い込んだ実績があるとお聞きしました。この教団も追い込んでもらえませんか」
「確かにうちではそんなこともしましたね」
 顎に手を当ててうーんと唸る彼を見て、
「ダメですかね?」
「いや、これはいいネタですね。立て続けに宗教組織の闇を暴くのは特番になりますからね」
「と言うことは」
「はい。うちのワイドショーでこれを流しましょう」
「ありがとうございます」
「それと、この教団の元信者さんとか来てくれるともっといいんだけどねえ」
「それなら私に任せてください」

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「所長やりましたね。これでワイドショー独占ですよ」
 相変わらずパソコンと睨めっこしてる橋本さん。
「これで教団を追い込むことができるな。あとは新井さんがOKしてくれるかどうかだ」
「あの人、教団の人にまだ未練持ってるみたいですから厳しいかもしれませんよ」
「そこなんだよなあ。どうやって説得したものか」
「そういえば、新井さんへのストーキングって止まったんですか?」
「まだ聞いてなかったな。ちょっと連絡とってみよう」

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「もしもし。新井さんですか。探偵事務所の田中です。あれからどうですか?」
「……それが」
「何かあったんですか?」
「手紙は来なくなったんですけど……。毎晩のように組織の人が尋ねてくるようになって困ってるんです」
「何時ぐらいにくるんですか?」
「夜中の2時です」
 それはどう考えても迷惑行為になる。
「新井さん。ちょっと相談なんですが。教団を解散させるためにも元3世信者としてワイドショーに出てもらえませんか?」
「え、私がですか」
「新井さんがワイドショーに出れば、同じ境遇で苦しんでる人の助けになると思うんです」
「……わ、私なんかが出ても」
「そんなことありません。顔は隠して声も変えてくれるそうですから。どうですか」
「そうですか。私なんかがみんなの力になれるなら……。分かりました。出演させてください」

6話(ワイドショー)


 俺はすぐに山下に連絡をとって、元3世信者の出演が決まったことを伝えた。
「放送はいつですか所長」
「ちょうど1週間後だ。これで政界を動かすことができるぞ」
 今回は依頼された内容を超えた仕事をしたが、これで少しでも教団の被害者が減るのならよしとしよう。
 俺は橋本さんから新たに受けた浮気調査の調査の書類に目を通しながらぼんやりと考えていた。

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「所長。これを見てください」
 橋本さんがパソコンの画面を指さして俺に声をかけてきた。
 そこには、
「ついに教団解散か」
「やりましたね」
 ワイドショーが放送されてから教団にメスが入れられ、信仰2世、3世の被害者の声が政界に届けられた。
 この話題は連日ワイドショーで流され、教団の会長が言い訳にも聞こえる会見を開いた。
 それがさらに炎上し、教団へ解散命令が送られたのだ。
「ついにこの事務所も政界を動かせるようになったか。なんだか鼻が高いな橋本さん」
「私たち、正義の味方みたいでかっこいいですね。この仕事暗くて陰気だなあって思ってましたけど、私今すごく楽しいです」
「はは、そのいきだよ橋本さん。よーし。今度プロの探偵のスキルをただで教えてあげるよ」
「それは遠慮しておきます」
「えー、なんでー」
 日本にはまだまだ苦しんでいる人がいるかもしれないが、これでまた一つ世界が平和になった。
 俺たちは俺たちの正義で困っている人を救っていきたいと思っている。


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