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「何者かにならねば」を手放す

いつだったか、和菓子教室を始めたと伝えた旧知の友人が、話をする中で私に、「ふーん。それで結局、何になりたいの?」と問うた。

しばし後に私は答えた。「何になりたいとか、なんもないな」

昔から、何になりたいのか、何がしたいのか、何ができるのか、じぶんに問うてきた。だけどこの時、何になりたいのかと問われ、本当に何もなかった。そしてそれが、なんていうか、すごく真実におもえた。

私の人生の流れはこんな感じだった。

・何者かにならなければ、なれるに違いない(幼少期〜若かりし頃)

・何者になるもなんもそんなこと言ってる場合じゃねー(闘病中)

・わたしは何者でもない、そして唯一無二だ(ここ数年)

しんどかった人生前半期。何者かにならねばを手放した今は、とても楽だ。

和菓子をやる、と、深く決めているけど、それはこの先どこかで変わることがあるかもしれないし、そうなったらそうなったで全然かまわないよ、と思っている。

いかなる選択もあっていいし、大切なのは何をするかよりも、どんな瞬間も本物のじぶんであることだから。

そんなのは、お金に余裕がある気楽な奥さんの言うことでしょ、という声が、もしかしたらあるかもしれない。(面と向かって言われたことはないが笑)

それはそれで、その通りだと思う。

夫は遥か遠い異国の地で働き、お金を生み出して家族を支えてくれている。お金を単なるモノとして捉えたら、私は旦那さんが稼ぐお金で暮らしながら好きなことやって生きてるお気楽な人、かもしれない。

だけど、お金を形のないエネルギーとして捉えたら、夫がもたらしてくれる多大なるエネルギーがあるのと同じように、私が彼にもたらしているエネルギーもまた、多分にあるよなと思う。

それは、ひーこら言いながらも楽しくゆかいにワンオペ子育てしていることかもしれないし、好きなようにBe myselfを追求していることかもしれないし、単純に、愛かもしれないし。

そうやってエネルギーを循環させて2人で創り出している世界を生きているんだろうとおもう。

もらったらお返しする
同じだけ与えて同じだけ返してもらう

そういう取引や天秤の世界ではなくて、勾玉のようにふたつのエネルギーが流れあって組み合わさってひとつになってあるんだよね、ていうふうに見ることができたら、お互い肩の荷を下ろせるような気がするのだ。


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