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ロシアW杯 観戦記|日本 vs セネガル|1

 徐々に視界が開く。身体に疲れは残っているが、仮眠のおかげで頭はすっきりした気がする。外の喧騒は眠る前と何も変わらない。大勢の人がいる気配。その空気が音として伝わってくる。太陽は永遠に終わりが訪れないかのように、光沢のある日光は輝きを失わない。時刻は三時三十分を過ぎたところ。目覚まし時計が鳴る前に目が覚めてしまったようだ。隣のベッドでは、蓮木くんが寝息を立てていた。四時までまどろみの中で意識を整える。

 四時を迎え、二つの目覚まし時計が静寂を突き破るように振動音を鳴らす。僕はすぐにスイッチをオフにする。蓮木くんのスマートフォンはしばらく震え続けた。眠そうな目をこすりながら、スマートフォンに眼を凝らして操作する。震えはぴたりと止まった。天井を数秒間見上げて、蓮木くんは僕に視線を送る。数秒の沈黙が訪れる。

「準備しましょうか」と彼は言う。

開けたままのスーツケースから服を選び、その場で着替える。浴室に行って鏡を見ながら意識を整えるように歯を磨いた。いつもと同じルーティーン。疲れは微熱のように身体の芯に残っていたが、その熱を冷やすように、蛇口をひねって顔を冷水で洗う。蓮木くんはネイビーのTシャツにジーンズという格好。赤いトートバッグを肩からかける。部屋のドアを開けて一階へと向かう。デスクに座っている女性のスタッフが僕たちを見かけ、はにかんだような笑顔で見送ってくれる。エントランスを開けて、薄暗がりの中から一気に光の世界へと足を踏み入れる。明と暗がスイッチで切り替わったように、眩しさが一気に押し寄せる。僕はサングラスをかけて、早朝と同じように、エカテリンブルク・アリーナへと足を踏み出した。

 朝は気にもしなかったが、スタジアムまでの道の途中には多くの飲食店が並んでいた。テラス席に座ってビールを飲みながら、道ゆく人々を笑顔で眺めていたり、暗い店内で真剣にテレビを見ていたり。思い思いにその時間を楽しんでいる。整然と並んだ街路樹が、太陽の光を遮ってくれた。人は多いが、神経質になるほどの人混みではない。スタジアムへと向かう一直線の通りが、実際にどれほど多国籍な空間だったかはわからない。ただ、僕の印象ではスタジアムへと伸びる三キロほどの通りには世界中の人たちがいた。そして、皆そこにしか存在しない瞬間を楽しんでいた。これほどまでに純粋な笑顔と高揚感に満ちた空気を僕は知らない。それは正真正銘、ワールドカップがかけた魔法なのだと思う。大きなモールのような建物を過ぎ、少ししてからスタジアムが見えてくる。雲が太陽を隠し、幻想的な雰囲気を作り上げていた。

続く


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