見出し画像

楽しさもあれば不安もある。おひとりさまの暮らしを、6人の女性作家が描いたアンソロジー。『おひとりさま日和』

今や、生き方のひとつとして現代に馴染みつつある「おひとりさま」。一括りにおひとりさまといっても、その生き方を選んだ、選ばざるをえなかった理由や経緯は人によって異なる。『おひとりさま日和』(双葉文庫)に登場する、6人の女性もそうだ。

本書は、ひとり住まいにおこる出来事を題材に、6人の女性作家が書きおろした短編小説集である。おひとりさまの楽しさだけでなく、不安要素にも触れており、たんに、おひとりさまの良さを描いた一冊ではない。とはいえ、本書にはひとり住まいの魅力もたっぷりと描かれている。

たとえば、岸本葉子さんの「幸せの黄色いペンダント」では、主人公の気質についてこのような一節がある。

このところ夕飯はカレーうどんが続いている。いささかオタク気質であるナツは、一度はまるとつい探求したくなってしまうのだ。

『幸せの黄色いペンダント』p.56本文引用

誰かと暮らすと、一緒に食事をする機会も増える。すると、相手の健康を考えバランスの良い食事を……となってしまい、同じメニューを何日もというわけにはいかない。けれども、おひとりさまであれば、どれだけ好きなものを食べようが誰にも迷惑はかからない。多少健康面に不安を抱くが、自身の欲求のままに好きなだけ食べられることは、お腹だけでなく心も満たされるだろう。

その一方で、ヒヤッとする場面も描かれている。とある晩に、急な腹痛に襲われるのだ。緊急時に助けてくれる人がいない。これは、おひとりさまが避けては通れない問題だろう。その体験がこたえたナツは、見守りサービス「幸せお守りペンダント」を購入する。そして物語は、このペンダントを軸にひとり住まいや人付き合いの話へと広がっていく。


大崎梢さんの「リクと暮らせば」では、パートナーに先立たれひとりで暮らしている照子(てるこ)が主役だ。最近起きた事件に怯えながら生活していたが、とあるサービスを通して番犬リクと暮らすようになり、しだいに心と生活も好転していく。リクとの触れ合いは最初こそぎこちないものであったが、ゆっくりと心の距離を縮め家族になっていく様子は、読む人の心を温かくしてくれるだろう。


新津きよみさんの「サードライフ」の千枝子(ちえこ)は、終の棲家を購入したが、その二か月後にパートナーが帰らぬ人となる。越してきたばかりで、知り合いもいない。どこへ行くにも車が必要だが、運転も久しくしていない状態。先のことを考えると、不安は増すばかりだ。そんな千枝子を支えてくれたのは、近所に暮らす人々だった。失敗もするが、ご近所付き合いを通して自分にできることを見つけ自信をつけていく千枝子の姿に、励まされ勇気をもらう人もいるはずだ。


松村比呂美さんの「最上階」では、主人公である成美(なるみ)が入居しているマンションを舞台に、人との距離感について考える。マンションコミュニティをつくりたい成美たちに対して、慎重な態度を見せるオーナー。

人との付き合いは、シンプルなほうがいいと思うのよね。深く付き合えば、それだけいろいろと問題が出てくるものよ。

「最上階」本文p.275引用

互いの心の距離が近づくと、甘えがでて遠慮がなくなることもある。このくらい大丈夫だろうと思っていても、相手の許容範囲が同じとは限らない。その小さな認識のズレが、やがて大きな問題へと発展することもある。だが、成美たちの気持ちもわからなくもない。困った時に気軽に助け合える場は、御守りのような役割をはたし心の余裕にもつながるからだ。人との距離感について考え、ひとつ屋根の下に大人数で暮らすことの、楽しさや難しさを感じながら読み進めてほしい。


距離感でいうと、咲沢くれはさんの「週末の夜に」も通ずるものがある。中学教師の頼子(よりこ)は高校教師の男性と結婚したが、互いに、親の老後や子どものことなど大切な話を避けていたため、しだいにすれ違うようになる。そして、パートナーのひと言をきっかけに離婚を決意する。

頼子はひとりで生きていけるけど

「週末の夜に」p.169本文引用

それから14年、ひとりで過ごすことにも慣れた。けれども、周囲からの視線や言葉が、まったく気にならないわけではない。人との距離感にも、悩みながら過ごしていた。そんな頼子に変化をもたらしたのが、元教え子の母親である紗由美(さゆみ)だ。週末の夜、訪れた映画館で紗由美と再会し、連絡をとるようになる。この再会が、頼子の凝り固まった考え方をほぐし、新しい風を吹きこんでくれるのだ。読むと肩の力が抜け、心が軽くなる物語だと感じた。


そして、坂井希久子さんの「永遠語り」は、これまでの物語とは一変して、山奥の古民家が舞台となる。草木染め作家の十和子(とわこ)は、恋人から、6年前に他界した叔父を理由に別れを告げられてしまう――。

作中のとある一節では、十和子の叔父に対する愛の重さに身震いした。だが、愛する人と共にいたいという願いを叶えるためであれば、この方法も間違いではないのかもしれない。ひとり残された十和子が生きていくためには、叔父を感じられるものが必要なのだ。「永遠語り」は、穏やかな田舎暮らしの中に、恐ろしいほど純粋な叔父への愛を描いた物語だ。


楽しさあり不安ありのひとり住まいを、さまざまな視点から描いた短編集。彼女たちの言葉や行動は、読む人の背中を支え、時には押してくれるだろう。女性に限らず、多くの人に手にとってもらいたい、そして、手元に置いて何度でも読み返したい一冊となっている。



この記事が参加している募集

読書感想文

最後まで読んでいただきありがとうございました。