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【今日読んだ本】両手にトカレフ(ブレイディみかこ著)

読書記録として。

ストーリー

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の著者が14歳の少女の「世界」を描く、心揺さぶる長編小説。寒い冬の朝、14歳のミアは、短くなった制服のスカートを穿き、図書館の前に立っていた。そこで出合ったのは、カネコフミコの自伝。フミコは「別の世界」を見ることができる稀有な人だったという。本を夢中で読み進めるうち、ミアは同級生の誰よりもフミコが近くに感じられて――。
(Amazonのサイト内本の概要より)

書き出し

ミアはお腹が空いていた。
巨大なガラス箱のようなジュビリー図書館の脇を通ったら、1階にある窓際のカフェで、女の人が美味しそうなケーキを食べていた。
ああ食べたい。
食べたい。私もあれが食べたい、と思っていると、図書館に入ってしまっていた。夕べからまともに食べていないせいかもしれない。眠りながら歩く人のようにふらふらカフェのほうに歩いていくと、窓際の女の人は茶色いスポンジ・ケーキを食べていた。

感想

悲しい。切ない。そして腹が立つ。

以前読んだ、虐待を受けていたこどもたちの共通点を書いた本に載っていた、やるせないエピソードを思い出す。

たしかそのエピソードは、親がネグレクトでお金を出してくれず、まともに学校も行けない状態だった子が、修学旅行に行くお金がないからとアルバイトをして必死で貯めたところ、そのお金を両親に取り上げられ、結局修学旅行に行けなかったというもの。

その親を罪に問うことはできないのだろうか。
窃盗罪とか、何かしら罪状がないものだろうかと、その子の無念さを思って悔しくて涙が出た。

イギリスが舞台の物語で、主人公の14歳のミアは、育児放棄をして男をとっかえひっかえしている母親と幼い弟と暮らしている。
母親は働くどころか、まともに暮らすこともできない状態で、生活保護で受け取るお金のほとんどを白い粉につぎ込む。

ミアも弟もお金がなくて食料などなく、まともに食事もできないし、学校に着ていく制服も、古くて明らかに丈が合わない。
貧乏だからといじめられるが、それを甘んじて黙って耐えるしかない。
援助してくれる大人もいるが、救い出してくれるわけでもない。
ただ、弟と離れ離れにならずに済むことだけが、ミアの願いだ。

知的で年齢よりも大人で、いろんなことがわかってしまうミア。
自分のやりたいことをすべて諦めて、弟を守るために必死で動いている。
まわりから蔑まれても、同情されて惨めになっても、それでも仕方ない。
大人になることを、無力な子どもでいなくても済む日が来ることを願っている。

それだけでもう切ない。
だって、子どもなんだよ、まだ。

図書館で不思議なおじさんから渡された、大正時代に生きた日本人女性カネコフミコの自伝の内容と、ミアの体験がリンクしながら進んでいく。
まるでフミコが少し先を歩き、ミアに地獄から抜けていく世界を見せていくようだ。
腹立たしく絶望的な、大人たちの搾取や暴力の中で、時間も場所も離れた二人は、ともに静かに自分の世界を模索していく。

こんな残酷な世界ではない、どこか別の世界がきっとある。
だから諦めないで生き続けてほしい。
地の底から響くような切ないけれどリアルな声がフミコの自伝から伝わってくる。

たまたま国語の時間に作成したラップが、階級が上のクラスメイトのウィルの心に留まったことから、有名なラッパーの活動内容を知り、心が動かされていくミア。

「たぶん、『これだ』って感じる瞬間だけ、私たちは,その違う世界に行っているんじやないかな」
「…違う世界って、それ、どこのこと?」
「わからない。わからないけど、それはここではない世界で、自分が本来いるべき場所っていうか、行ったこともないのになぜか知っている場所…」
ミアはそう答えて口ごもった。
たぶん、その知らないのに知っている場所に一瞬だけ連れていかれるから、まるで失われた場所を思い出すように「ああ、これだ」と直感するんじゃないだろうか。
さっきの動画を見て、ミアは確かにそういう気分になった。あのラッパーの言葉は、ミアをその場所に連れて行ったのだ。だから目に温かい水があふれてきたのだろう。
言葉にはそういう力がある。

だけど世界は簡単に未来を明るく彩ったりはしない。
ある日突然王子様がやってきて、口づけして毒リンゴを吐かせたりしない。

生まれた時から残酷な世界に生きている子どもたちは、簡単に虹色の綿菓子のような世界に移行したりしない。

読みながら何度も絶望したのだけれど、最後はしあわせな気持ちの涙が溢れた。
完全にしあわせになることはないかもしれない。
そうなるには、生きてきた場所が過酷すぎて、負った傷が深すぎる。
だからこそ、そんな経験からはじめて見える物があり、強さが生まれる。
深い傷を負ったから、別の誰かの傷を癒せる道が生まれる。
そんな希望が少しだけ見えてほっとした。

時々思う。
母性ホルモンと女性ホルモン。母でいる自分と女性でいる自分。
この両立は難しいのかなと、ミアとフミコの母を見て思った。

願わくはこの世界から、ミアやミアの弟やフミコのような子どもたちが、ひとりでも減りますように。


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