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Drive My Car

  大学に入ったから免許でもとろうかと思って自動車教習所に通うことにした。自分と同じような若者が多いが、中には3、40代くらいの人もちらほらいる。

  運転はすぐに慣れた。まあ、この国には免許を持ってない人より持っている人の方が多いくらいだから、特別苦労することでもないのだろう。2ヶ月ほどで、無事に免許を習得することができた。

  免許を取ったはいいものの、別に特別車を運転しなければならない事情がある訳でもない。第一、我が家は車を持っていない。別に自家用車がなくてもカーシェアリングなりレンタカーなりで事足りるだろう。自然と運転の機会は遠のいていった。

 そんなことを考えていると10年が過ぎ、気付くと20年経った。既に技術の進歩で自動車運転が基本となり、運転手はハンドルの前に座るだけの存在になっている。

  数年前に子供が生まれたのを機に、私は車を購入していた。何十年ものブランクがあっても、車は勝手に移動してくれるのだから問題ない。今では免許を持つ者が乗車していることが車を運転させる条件として課されているが、その上免許がない人だけでも車を動かしていいことになる見通しである。確かに、免許なんて必要ないだろう。結局、免許を取る必要なんてなかったのだ。

  そしてついに、誰でも自動車に一人で乗れる時代が来たのだ......。

「......こんな将来を予期して免許を取らずにいたんですけどね、いつになっても自動運転なんて普及しない。もう昔からずっと自動運転の話なんて出ていたのにね。いや、全くひどいもんです」

  薄暗い照明が照らす自動車教習所の待合室で、私はたまたま一緒になった男と話をしていた。

「車なんて要らないとずっと思っていたんですけどねえ、子供生まれたんだからアンタも免許くらい取りなさいって嫁がうるさくて、年甲斐もなく教習所通いという訳ですよ。40代の男が教習所に通う理由です」

  彼がなるほどと頷くと、教習所の中にどこか調子の外れた音を鳴らすチャイムが響いた。技能教習の時間が来たのだ。私は立ち上がりながら、彼に向かって言った。

「まあ兎に角、若いうちに免許を取るに越したことはないですよ、本当」

  ……2時間分の教習を終えると、私は家に帰り近くのコンビニで買った缶ビールを飲んでいた。一人暮らしだと、自然とコンビニに行く回数が増えてしまうのだ。

  先程私が青年に語った、「40代の私が自動車免許をとる理由」は嘘である。そもそも、私は40代ではないのだ。

   私は大学生である。今の大学には一浪して入ったが、それでもまだほんの20を越えたくらいなのだ。だが、極度な老け顔のせいで実年齢より10、ひどい時には20も上に見えることがあるらしい。前までは一々実年齢を明かしていたが、言っても信じてもらえないのが面倒臭くて、40代の妻子持ちサラリーマンという設定で日常生活を過ごしている。 

  教習所にいた青年はきっと興味本位で、「なぜその歳になられて免許を取ろうと思われたのですか」と聞いてきたのだろう。それは私にもわかる。別に文句を言うつもりはない。私の人生は、多分こんなものなのだ。おじさんに見えるなら仕方がない、おじさんのごとく生きるしかないのだ。

 私はビールを飲みほした。20年後も同じように酒を飲み続けていることだろう。その時、私は何歳に見えているだろうか?

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