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物思い

  彼と結婚してそろそろ5年になる。結婚生活は幸せで、いつまでもこの時間が続いてくれたらと願うばかりではあるけれど、一つだけ不満がある。彼がタバコを吸わないのだ。

 私は喫煙者だ。今の時代タバコを吸わない人は多いし、女は尚さらそうだけど、私はタバコを吸っている。なぜ?別に深い理由なんてない。なんとなくタバコを吸ったら、案外いいなと思っただけ。非喫煙者の中には、タバコをわざわざ吸うなんて一体何故だとか、時には喫煙している背景にある種の「ストーリー」を求める人までいるけれど、ちょっと大袈裟過ぎるのではないか。

 彼もそういう人だった。付き合っている時、何気なくタバコを吸っていいかと尋ねると、彼は驚いて喫煙者なのかと質問してきた。うんと答えると、今度の質問は、何でタバコを吸うの……?まあ、これくらいのやり取りは人生で飽きるほど繰り返してきたからいいのだけれど。

 彼は私がタバコを吸うことに疑問を持つことはあれ、反対はしなかった。少なくとも、面と向かってタバコを控えてほしいと要望を受けたことはない。何でも、彼の父はヘビースモーカーだったから、タバコを吸う人間に対する耐性はついているのだと言う。その言葉が本当かどうかは分からない。お義父さんがタバコを吸うのを見たことがないからだ。もしかすると、私に気を遣っているのかもしれない。別にそんなことしなくていいのに。

 なぜ彼にタバコを吸ってほしいと思うのかって?これまた、合理的な理由を提示するのは不可能だ。敢えて言うなら、自分だけでタバコを吸うよりも、二人でタバコを吸った方がもっと気分がよくなるから。それだけ。好きな人に自分の好きなことを知ってもらったり、中には一緒にやってほしい(山登りとかはその代表例だろう)と思うのは変なことじゃないと思う。それと一緒だ。

 ただ私も流石に面と向かってタバコを吸ってほしいと頼んだことはない。いやまあ、酔っぱらった勢いでそれと似たようなことを思わず口にしたことはあるけれど、それも冗談として言っただけで強制はしてない。唯でさえ喫煙者は肩身が狭いのだ。せめて自分の立場というか立ち振る舞いとかに気を付けないと、あっという間に責められる。だから喫煙者に第一に求められるのは、自制心だ。それも自分に対してのではなく、他人に対しての。それでも、一度くらいは吸ってもいいんじゃないかな……と考えてもやっぱり口にはしない。私の思うにタバコを吸ってほしいと言うのは、もっと給料を稼いでほしいとかもっと美人になってほしいって面と向かっていうのと同じくらい、あるいはそれ以上に失礼なことだ。下手したらそれだけで今の生活が破綻しかねないほどに。タバコを吸ってほしいなんて、言わない。いや、心の中では言うかも。

 彼は私にタバコをやめてほしいのだろうか?多分、そうだろう。当然のことだと思う。タバコなんて金はかかるやら、健康に差し支えるやら、良いことは一つもない。私は割り切っているからそれも納得しているけれど、彼は割り切れないのだ。たぶん人は、納得できない事柄については、自分のことよりも他人のことのほうが始末をつけるのが難しいのだ。それを分かっていてもなおタバコを手放させない私は中毒なのだろうか、ただ最低なだけなのだろうか?

 じゃあ、タバコをやめようかなと思っていると、彼が家に帰って来る。私は幸せな気分になる。幸せな気分になると、タバコを吸いたくなる。幸せをより大きなものにするために。ああやっぱり、無理だ。

 

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