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ローラ・ポイトラス監督『美と殺戮のすべて』闘い続ける写真家



<作品情報>

「シチズンフォー スノーデンの暴露」で第87回アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞したローラ・ポイトラス監督が、写真家ナン・ゴールディンの人生とキャリア、そして彼女が医療用麻薬オピオイド蔓延の責任を追及する活動を追ったドキュメンタリー。

ゴールディンは姉の死をきっかけに10代から写真家の道を歩み始め、自分自身や家族、友人のポートレートや、薬物、セクシュアリティなど時代性を反映した作品を生み出してきた。手術時にオピオイド系の鎮痛剤オキシコンチンを投与されて中毒となり生死の境をさまよった彼女は、2017年に支援団体P.A.I.N.を創設。オキシコンチンを販売する製薬会社パーデュー・ファーマ社とそのオーナーである大富豪サックラー家、そしてサックラー家から多額の寄付を受けた芸術界の責任を追及するが……。

2022年・第79回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞。第95回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞にノミネート。

2022年製作/121分/R15+/アメリカ
原題:All the Beauty and the Bloodshed
配給:クロックワークス
劇場公開日:2024年3月29日

https://eiga.com/movie/97623/

<作品評価>

75点(100点満点)
オススメ度 ★★★☆☆

<短評>

おいしい水
非常によくできた作品です。オピオイド危機とナン・ゴールディンの個人的な物語が次第に交錯していく様を上手く描いています。
『シチズンフォー』を観た時点では映画祭向きの監督ではないと思いましたが、本作を観てみるとアーティスティックな感性が光る作品に仕上がっていました。ゴールディンの写真、スライドショーに展覧会など印象に残るアートがたくさんありました。
美術界に片足を突っ込んでいる身としては「美術館にも責任がある」という主張は耳が痛いものでした。確かにそれはそうですが美術館として少しでも多くお金が欲しいのは事実なんですよね…
このタイトルの意味が哀しいですね。「美と殺戮のすべて」を感じていたのは誰だったのか。考えると哀しくなってきます。
ポイトラスの作品の中では飛び抜けていい作品だと思いますし、金獅子賞も納得の強度を備えた秀逸なドキュメンタリー作品でした。

吉原
写真家の人生と社会問題を平行線で描くことの必要性はあまり感じませんでしたが、社会問題に対する活動もまた芸術であり、その芸術家の人生の一部であると捉えると納得がいきました。
彼女の撮る写真はセクシャルマイノリティやドラッグ、AIDSなどを題材とし、反骨的でありつつもその時代に生きる人々の心の叫びを投影する様なものが多く、作中で流れるスライドショーでは彼女の作品を堪能でき、映画を観に来たのではなく、美術館に来て映像を観ているような感覚に陥ってしまいました。
その一方で、このドキュメンタリーの中では、医療用麻薬の問題に対して、アメリカの医療用麻薬の処方制度や医療者以外に対してのオピオイドの説明、それを根底においてもサックラー家が悪であると断言できる根拠がイマイチ薄いという問題点があり、情報よりもデモ活動のシーンが前に出てきてしまい、観客に本意ではない印象を与えてしまう可能性があるのではと少し不安になりました。
話が進んでいくにつれて、会社の矛盾点にようやく気づけましたが、せっかくのドキュメンタリーなのだから問題点は明確に示してほしいものです。
ナン・ゴールディンの芸術世界を堪能できたことや医療系学生としてアメリカにおけるオピオイドの問題について学べたことは非常に有意義でしたが、120分は流石に長く、途中からかなり退屈でした。まぁ、映画代を払ってナン・ゴールディンの個展に来たと思って良しとします。

豚肉丸
写真家ナン・ゴールディンの半生と現在のデモ活動の様子を彼女の作品のスライドショーと記録映像によって構成していったドキュメンタリー映画。サックラー家への抗議活動と彼女の歩んできた道のりが同時並行で描かれるような構成となっているのですが、それによって「何故薬害によって数十万人を殺したサックラー家への抗議活動に至るようになったか」が単に動機だけでなく、バックグラウンドも含めることで彼女の思想の観点からも明らかになっていくようになっています。
その構成は純粋に面白いのですが、同時に非常に心打たれるものとなっていました。
死が不可視化されてしまう現状を告発する......という活動を聞くと、最近起きた国立西洋美術館でのデモを思い出しますが、まさに『美と殺戮のすべて』は国立西洋美術館でのデモのように社会的なものと密接に結びついています。マイノリティの死が不可視化されてしまう現状や声を上げ続ける大切さなど、現代のデモ活動の意義を知るためにも観て良かったなと素直に思える映画でした。

<おわりに>

 レビュアーの中でも賛否が分かれました。どういったスタンスで観るかでかなり左右される作品ではないでしょうか。

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