歴史の勉強をした感想 死

 中国の歴史の勉強をしている。4000ページぐらいあるのだが、1000ページぐらいしか読めていない。夏王朝から始まって、殷、周、春秋戦国、秦、漢、まで読み進めた。
 
 最近、物凄い虚しい気持ちになることが多くて、なんでだろうと思っていたら、多分歴史の本を読んでいるからだ。天下を統一した始皇帝の天下は15年しか続かず、策謀と権力欲の渦巻く朝廷の悲劇が凄い苦しい。戦果を挙げすぎた将軍は、謀反の恐れがあるので誅殺されたりする。なんのために頑張ったんだろうと虚しくなる。というか安らかに死ぬ人がほとんどいない。
 項羽と劉邦の戦いとか熱いけど、勝った方の劉邦も結局死んでしまう。こういう視点で「死」を見たことはなかった。「自分の死」と「身内の死」しか視界になかった。何千年単位の中で、泡のように死んでいく王や皇帝や臣下の死を淡々とした筆致で見せつけられると、虚しくなる。人生ってなんなんだろう…。

 無限の時間と無限の空間、の中に存在している無意味なシミ、という抽象的な存在として自分を把握していたが、数千年単位で見ると、「俺の人生の終わり」という一番具体的なものと、抽象的な無限な時空の中間である「大河の一滴」みたいな自分を想像して、虚しくなった。歴史という数千年単位の営みの中で自分って一体どういった存在なのだろうか?なんの書物にも名前が残らない人間だろうし、残ったとしても始皇帝や劉邦って一体なんだったんだろうか?

 物凄く卑小な自分を発見した。多分いい発見だと思う。なんなのだろう?

露と落ち 露と消えにし我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢

豊臣秀吉

勉強したいのでお願いします