スズメの巣 第12話

第12話 あなたが欲しいんです。

暑い夏が続く中で、会社に出勤するのも一苦労だった。
冷たい麦茶のペットボトルを1リットル。
コンビニで買った。

暑さでぐだっとしながら、橋口はオフィスに入った。
「おはよーございまーす。」
「おう。おはようさん。」
「愛田さん、早いですね。」
「資料を作り直してたんだ。あと、熱くなるって予報に出てたからな。早めに来たんだ。」
「なるほど。」
感心しながら、自分の席に着いた。

「そういえば、太平さんっていつ交渉する予定だ?」
愛田が問いかける。
「いやー。早ければいいと思ってるんで今日でよければと思っていましたが、昨日連絡したら太平さんの都合が悪いらしく。」
「今日明日は無理だな。世后戦本戦がある。」
「今日明日ですか?」
「俺も初めてのタイトル戦だからよくわかっていないんだよ。10時かららしいが。」
「そっかぁ。」
橋口はパソコンを開きメールを確認したのち、改めて世后戦について調べてみた。

世后戦は、リーグ・ザ・スクエアルールで行われる。
世后戦本戦1回戦は、20代トーナメント・30代トーナメントと世代別にトーナメントを実施。
最大10回戦で行われる。50分+1局打ち切り。
1stステージは、各ブロック(A・B)ごとに5人打ちで1人4半荘行い(各回戦1人空き番)、4半荘終了時1位は、その時点で2ndステージ進出が決定。
残った4人でポイント持ち越しで2半荘行い、最終ポイントが最高の選手が、もう1枠の2ndステージ進出権を獲得する。
2ndステージは、各ブロック上位2人合計4名で行われる。
4半荘終了時、ポイント1位が世代別代表として翌日の2回戦進出となる。

2回戦はシード選手も参戦し行われる。
シード対象は、全日本姫頂位。天姫位(夏)。女王グランプリ。電姫位。雀士協会女子ツアー優勝者。スポーツ麻雀女流選手権優勝者。
そして、女流が優勝したら麻雀天下人も対象だ。合計12名が争う。
ABCの3ブロックに分かれて、各世代覇者とシードがぶつかる。
5半荘終了時、各卓の1位が決勝進出というシンプルなルールだ。

残り1枠は、1週間後の決勝当日に敗者復活戦とプレーオフで決まる。
ブロック2位はプレーオフ進出決定。
敗者復活戦・プレーオフは1発勝負。
敗者復活戦は、1stステージで2回戦3位の中で最低点の1人と4位の3人で争い、2人勝ち上がり。2ndは3位2名と勝ち上がり2名で戦い、トップが敗者復活となる。
プレーオフは、各ブロック2位と敗者復活者でトップが決勝進出となる。

決勝は4半荘勝負で、ポイントトップが優勝となる。

「確かに、戦術分析したいなぁ。」
橋口がそうつぶやくと。

「おはよーさん。」
「鳳さん。おはようございます。」
「あっついねぇ。」
「愛田さんは、8時過ぎには来てたみたいです。」
「早すぎるねぇ。」
「ありがとうございます。」
「褒めてないから。しっかり休みなよぉ。そういえば、金洗ちゃんは?」
「早速、交渉に行ってます。交渉してるので今日は来ないはずです。」
「ほぉー。布崎さんか。」
「いい返事がいただけるといいんですが・・・。」

15時50分。
金洗はとんでもなく緊張していた。

大丈夫大丈夫。
何度も呪文のようにかけていた。
そんなことをしていると、待ち合わせ場所に着いた。

表参道にある、とんでもなくおしゃれなビルだった。
雀荘があるとは到底思えない。
雀荘ってだいたい雑居ビルにあるから圧迫感がすごいはずなのに。
金洗はそう思いながら、エレベーターで5階に向かった。
扉が開くなり金洗は驚きを隠せなかった。
南国みたい。カフェか間違えたかな。若者が異常に多い。
そう思っていると、「こんにちは!いらっしゃいませー。」
声をかけてきた。

服装を見ると、またまたオシャレだった。
黒髪だったが、おそらくギャルだ。
金洗は意を決して聞いた。
「ここって雀荘ですか?」
「よく間違えられるんですけど、そうなんですよー!!」
一瞬本当に間違えたと思ったが、とりあえず一安心だ。
「あっそうですか。本日16時から布崎さんとお約束してるJOYグランドスラムの金洗と申しますが。布崎さんはいらっしゃいますか?」
「あぁ。伺っておりますーー!ちょっと待っててくださいねー!」

店員さんが呼びに行った。
しばらくして、恰幅のいい男性が出てきた。
色黒でいかにも沖縄にいそうなほんわかした外見だ。

「もしかして金洗さんですか?布崎です。」
「JOYグランドスラムの金洗です。お忙しいところ大変申し訳ございません。」
「いえいえ。こちらこそ今日以外に予定が多く今日しかなかったものですから。急なお願いありがとうございます。では、こちらへ。」
「失礼します。」
案内されるままに部屋へ入った。
名刺交換を簡単に済ませた。

「ではこちらにお願いします。」
「失礼します。」
少しのスペースで、お話することに。
「ところで、金洗さん。おなかすいてますか?」
いきなり変化球の質問だ。

「いえいえそんなお気遣いなく。」
「いえ。そうではなくて、開発中の新商品の評価を第三者の視点から伺いたいもので。メインとデザートを考えているんですがね。もし、良ければお召し上がりいただきたいのです。」
「あっ左様ですか・・・。しかし私は競合他社でもありますし・・・。」
「JOYグランドスラムさんは、カフェを運営していることも存じ上げています。だからこそ、意見を聞かせてほしいのです。あくまで仮なので。
おそらくご飯は食べていると思いますので、スイーツを試食してもらってもいいですか?」
「ええ。分かりました・・・。」
雰囲気にのまれている。
「じゃあ。ちょっと待っててくださいね。」

食べないといけない雰囲気になった。
まあ、少しおなかすいていたからいいか。とも思う金洗は、おしぼりで手を拭いた。

「お待たせしました。開発中の桃のパンケーキです。」
「かなり本格派ですね。打ちながら食べるにはあまり向いていないんじゃ・・・。」
「心配は無用です。うちは、麻雀を打ち終わった後にカフェスペースでお食事やスイーツを提供しています。だからうちのスタッフには、麻雀を打てないのも何人かいますしね。」
聞くと、麻雀とお食事かスイーツのセットと麻雀のみ、お食事のみという料金体系でやってるそうだ。
「そうなんですね。じゃあいただきます。」
一口入れると、衝撃が走る。

「美味しいです!!」
「それはよかった。」
気が付けば、スイーツの感想を話していた。

2分ほど経っただろうか。
布崎がふと思い出したように話し始めた。
「そういえば、昨日のドラフトありがとうございます。」

金洗は、一気にその話を初めて本人から聞いた。
スイーツモードから仕事モードへ戻す。
「あぁすみません。ついおいしくて。では本題に移らさせて頂きます。」
「はい。」
「改めて私は、リーグ・ザ・スクエアに今シーズンより参入しますJOY V-deersのチームスタッフを務めます金洗と申します。」
「よろしくお願いいたします。」
「今回はですね。ご存知の通りだと思いますが、弊チームは昨日のドラフト会議におきまして布崎さんを指名させていただきました。」
「恐れ入ります。」
「チームのサイトには記載していますが、選考レースを実施しておりました。その中で実績と今回の結果を踏まえまして今回指名しました。」
「ありがとうございます。では、今回チーム入りできる形ですかね。」
「ええ。ただ、昨日の今日ですからいきなり判断は難しいと思うんです。なので、2週間ほど考えて頂いてお返事を頂きたいと思うのですが・・・。いかがですかね?」
「うーん・・・。」
布崎は、渋い顔をした。

「どうかしたんですか?なにかご不明な点でもございますか?」
「いや・・・。今日は無理なんですか?」
「えっ。と言いますと?」
「今日返事するのはダメなんですかね?私自身腹は決まっているのですが。」
「ただ、契約書がまだできてなくてですね。正式な契約はまだできないのです。ちなみに、お気持ちはどちらですかね・・・。」
「まだ契約できないにしても、あなたのチームで全力で戦わせていただきます。」
「そうですか!分かりました。そのように報告します。契約書はお待ち頂いていいですか?」
「もちろんです。今後ともよろしくお願いいたします。」
「こちらこそありがとうございます!!よろしくお願いいたします!では、ミーティングなどの予定や契約についてはまたご連絡しますので。」
「了解しました。それじゃ、ディナー営業の準備がありますので私はこれで。」
「私も失礼します。ありがとうございました。」

ビルを出た。
暑い日差しもあったが、そんなのは関係ない。
すぐにスマホを取り出し、電話をかける。

一方その頃会社では、アポイントを取ったりチーム資料の再作成など進む中で、世后戦の映像が流れていた。

すると、橋口のスマホが鳴った。
「さくちゃんからです。」
「交渉の結果だな。」

「お疲れ様です。橋口です。」
「あっ。うーみんお疲れ様です。」
「お疲れ。どうだった?」
「実は・・・。」
少しの沈黙が流れる。

「布崎さん。うちのチームに参加してくれるって!!」
「本当?!とりあえずよかった~。」
「本当は今日契約したかったみたい。」
「そっかぁ。まぁでも仕方ないね。お疲れ様。ゆっくりしなよ~」
「オッケー。じゃあ帰るね~。お疲れ~。」

「布崎さん参加です!!」
「快諾と言った感じだな。」
「ええ。今日契約したかったそうで。」
「あと3人ねぇ。」
「この調子で全員参加してもらいましょう。」
「了解。」

各自の持ち場に戻る。
その流れでスマホにメッセージが届いていた。
太平だった。

「こんにちは。太平です。都合が悪くて本当にごめんなさい。来週の月曜日でも大丈夫ですか?一応チームには参加したいとは思ってます。詳しい話はその時に話したいと思っています。」

「全然問題ないです!!来週月曜日に会いましょう。あと、世后戦頑張ってね!」

まだ、確定じゃないからあの二人には黙っておこう。
そう思った橋口だった。

第13話に続く。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?